第3話

モンスターから取り戻したものの、車には乗らないことにした。

死体とモンスター、車で道路が塞がっている今の状況ではいい選択ではない。

多くのモンスターに狙われる可能性もあるので、とりあえず歩くべきだろう。


レベルアップという目標を考えれば、ゲリラ戦の方が有利だろう。

俺が住んでいるのは中心地から離れた郊外である。

幸いモンスターの数は中心地より少なく、ランクも低い。

回帰前、山に隠れてラジオから流れてくる避難所の場所を聞いて動いていたが、それは最も避けるべき行動である。

郊外に住んでいる利点を活かして、ゲリラ戦でレベルアップを目指すべきだろう。


覚醒者たちとモンスターの大激突、所々で起きる殲滅戦(せんめつせん)、そして覚醒者同士の喧嘩。

力と権力、そして安全を求めて無数の戦いが起きるのは、もう少し後のことである。

今はただ力をつけることだけを考えるべきだ。

未来を知っているだけでは、この地獄のような世界を変えることはできないのだ。


「夢綺渚、歩いて帰ろう。大丈夫かな?」

「車で帰らないの?」

「あとで説明するよ。とりあえず歩こう」


俺は怪訝(けげん)そうな顔をしながら頷く夢綺渚の手を取り、もう片手に手斧を持って歩き始めた。

こっちの路地を下っていけば居住区があり、そこにはそこそこ大きなホテルがある。

きっとモンスターがいるはずだ。


つまり、これから路地にいるモンスターを倒さなければならない。


「パパ、パパ」

「なんだい?」

「あそこ!」


歩いていると、夢綺渚がある方向を指差した。


「グルルルル!」


そこにはモンスターがいた。

山の下り道にあるコンビニの前だ。


「ふう、まずは3匹か」


手斧を握りしめた俺は、夢綺渚に言う。


「夢綺渚、今からあの怪物たちを倒してくるから、この電柱をしっかりと掴んでなさい!」


モンスターは人間を認知した瞬間、暴れ出すため、常に暴れているわけではない。

視界にいるモンスターを除けば、突然別のモンスターが現れる可能性はほぼないと言えよう。


「信じられないかもしれないけど、地球に異変が起こったんだ。だから、あんなモンスターがあちこちに現れて世界がおかしくなってしまった。どこも危険だけど、パパの隣にいれば安全だよ。だから、パパの言うことをよく聞いて欲しい。ギュッと目を閉じていてね。そうすれば、すぐにあいつらを片付けて戻ってくるから。不安だろうけど、こうしないとパパも夢綺渚も食べられちゃうんだ。パパのこと、信じてくれるよね?」

「でも……」


夢綺渚は混乱して目を泳がせた。

回帰前なら夢綺渚のそばにいることを選んでいただろうが、今は違う。

これが最善なのだ。


「夢綺渚!」

「分かった。パパはすごいから……!」


俺の厳しい口調に、夢綺渚は仕方なく目を閉じて俺の手を離す。

とにかく、娘の中で俺はすごいパパなのだ。

今のところ、それが一番嬉しいことだ。


そんな彼女の姿をしばらく見守っていた俺は、リュックを地面に降ろしてコンビニの前にいる3匹のモンスターに近づいた。


[F級モンスター]

[F級モンスター]

[F級モンスター]


モンスターは全部で3匹いるが、うち1匹はレベル3で少し手強い。

レベル3が混ざっているなら、作戦を考える必要がありそうだ。

ここで一度スキルを使うしかないだろう。


そう決めた俺は、モンスターに向かって走り出す。

すると、俺の存在に気づいた1匹のモンスターが襲いかかってきた。

先ほど人間を食べていたのは、後方にいるやつだった。


今度は自分の番だと言わんばかりに、モンスターが涎(よだれ)を垂らしながら迫ってくる。

飢えているモンスターはより一層凶悪な表情と行動を取る。

しかし、そんなやつらほど攻撃パターンは決まっている。

飢えに耐えられず、群れから単独で飛び出してくるのだ。

群れとの距離が開くので、こちらからすればラッキーな状況でしかない。


「グルルルル!」


隠れていたコンビニの店員を他のモンスターに譲ったのか、腹を空かせたモンスターは狂った犬のように大量の涎を垂れ流している。


電柱との距離は十分ある。

それに、モンスターは一度獲物として認識した人間を喰らうまで他の人間は攻撃しない。

夢綺渚は安全だろう。


俺はすぐにモンスターに向かって5秒ルールの連撃を繰り出した。

微かな光が漏れ出て、俺に襲いかかろうとしていたモンスターの動きが止まる。

動きが止まる時間は約5秒。

この間に連撃を食らわせることもできるが、俺は別の選択をした。


俺は目の前のモンスターを通り過ぎ、新たに出没したモンスターの頭に手斧を振り下ろす。

ガッ——!ガッ——!ガッ——!ガッ——!

4連撃。

グワアッ——!

叫び声とともにF級モンスターが倒れた。


拳で3回殴られる間に、手斧では4回以上の攻撃を与えることができる。

その瞬間、横にいた別のF級モンスターが俺の腰目がけて攻撃してきた。


[HPが25低下しました]


しかも5秒が過ぎたため、最初のモンスターも俺の方に迫ってきていた。

やつが俺に襲いかかるまであと5秒。

俺は目の前のモンスターにもう一度5秒ルールの連撃に繰り出す。

短いと言えば短いが、十分な時間だ。


その間に、俺は動きを止めたモンスターを容赦なく叩きのめした。

そして、モンスターの頭を薪のように割る。

しかしまだ攻撃力が弱いせいか、丈夫なモンスターの頭は一撃では割れなかった。

とはいえ、連撃を食らわせればいいだけだ。


やがてモンスターの頭が真っ二つに割れた。

青い脳みそが割れた頭からビチャッと垂れ、モンスターはそのまま絶命した。


そして再び1対1の状況になった。


「グルルルルル!」


口を大きく開け、俺の首に噛みつこうと突進してくるモンスターに向かって、俺は最後の3回目の5秒ルールの連撃を使う。

5秒ルールの連撃は言葉通り、連続での攻撃が可能だ。

つまり、攻撃速度の数値が10以上に跳ね上がるという意味である。


こいつらを倒せば、レベルアップは確実だ。

その計算を基に、俺は最後の5秒ルールの連撃を繰り出し、モンスターに手斧を振り下ろした。


3/3という数値において、3は1日に使用可能なスキルの回数を意味する。

前の数字が0になれば、その日はそれ以上使用できないのである。


「グオオオオ?」

「グワアアッ!」


やはり一撃では仕留めることができず、攻撃を続けているうちに5秒が過ぎてしまった。

身動きが取れるようになったモンスターの爪が俺に襲いかかる。


[HPが50低下しました]


しかしその瞬間、攻撃を受けながらもモンスターの腰目がけて放った一撃が命中し、先ほどの連撃によってダメージが重なっていたモンスターは地面に倒れ、そのまま最期を迎えた。


[モンスターを退治しました]

[経験値を獲得しました]

[レベル3になりました]

[スキル:情報を獲得しました]

[スキル:連携を獲得しました]


[広塚詠至]

[レベル:3]

[HP:500]


[スキル]

[5秒ルールの連撃3/3]

[情報][連携]


[能力値を配分してください。80]

[攻撃力:20-?]

[防御力:20-?]

[速度:]

[幸運:]


基本スキルである情報と連携が追加された。


情報は言葉通り、モンスターの情報を見ることができるスキルだ。

そして、連携は他の覚醒者とパーティーを組める機能である。

2つとも、レベル2になると自動的に追加されるスキルだ。

ただ連携の場合、連携を結んだパーティー員が死ねば、そのパーティー員の経験値とアイテムが引き継がれるため、悪用されることが多い。


基本スキルはレベル2になると自動的に与えられるスキルであり、連携を除けば特に重要なものはない。

だからこそ能力値の配分が重要になってくる。

そしてレベルが上がるほど、その重要性は高まると言えよう。

攻撃力と防御力のどれを重視するかを考えていかなければならないのである。


もちろん、自分の中で答えは持っている。

モンスターとの殲滅戦において、最も重要になるのは防御力である。

防御力とHPの数値が高くなければ、大量のモンスターを一気に相手にするのは無理がある。

いくら攻撃力が強くても、防御力が足りなければすぐにやられてしまう。

モンスターとの戦いは1対1ではないケースがほとんどなのだ。


そして攻撃力に関しては、後に登場するアイテムや武器のレベルアップだけで補えるものだ。

そのため、基本能力値はあくまでも防御力に重点を置くべきだ。


[攻撃力:20+20]

[防御力:20+60]


配分を終えると、すぐにメッセージが現れた。


[キャンプ用の手斧のレベルが上がりました]


[攻撃速度+2+1]

[攻撃力+20+10]


その時、夢綺渚がリュックを引きずりながら近づいてくる。

俺は驚き、彼女に向かって叫んだ。


「夢綺渚、目を閉じてなさいって言ったじゃない!」

「でも、相手は怪物なんでしょ?パパが危なくなったら、私がパパを助けてあげなくちゃ!」


夢綺渚の片手にはリュックが、もう片手には小さな石ころが持たれていた。

そんな小さな石ころで俺を助けるのは無理があるだろうが、その姿がとても愛おしく思えた。

モンスターを見てブルブル震えていたのに、パパが危ないからと助けに来るなんて。

それほど俺の娘は俺のことを愛してくれているのだろう。


しかしそう思えたと同時に、胸が苦しくなった。

あまりにも危険な行動だったのだ。


「夢綺渚、気持ちは嬉しいけど、パパがお前を置いてやられるわけないじゃない。パパが戦っている時はじっと目を閉じてなさい!」

「ううっ……パパの言うことなら何でも聞くけど、目を閉じているのだけは嫌なの!目の前が真っ暗になるのは怖いもん」


確かに目が見えなければ、恐怖は倍になるだろう。


子供が見るには残酷な光景ではあるが、すでに世界は変わってしまったのだ。

この世界はもはや平和ではなく、戦闘やモンスターに慣れていかなければならない。

こんな世界がこれからも続くのだから。


「分かった、目は開けていい。その代わり、パパが言った場所から離れちゃダメだからね!」

「うん!パパが見えるところでじっとしてるから!」


目を開けていいという言葉に、夢綺渚はニコリと笑顔を浮かべる。

俺はそんな夢綺渚の手を取って、コンビニへ入っていった。

いや、入ろうとした。


[当該プレイヤーとの連携を始めますか?]


え?


その瞬間、俺は夢綺渚の手を離す。

すると夢綺渚が驚いた顔で叫んだ。


「パパ!ま、前に変なのが見える!」

「なんだ?」


一体どうしたのかと夢綺渚に視線を向ける。

すると、夢綺渚が目を丸くして俺を見上げながら言った。


「当該プレイヤーとの連携を始めますか?……って書いてあるけど?」

「なんだって!?」


どうやら夢綺渚の目の前にメッセージが現れたようだ。

それがどんな文章であれ、メッセージが表示されたということは、覚醒者になったということを意味する。

これは一体どういうことなのか。

一瞬、頭の中が真っ白になった。

しばらくぼーっとしていた俺は、頭を振って我に返る。

今は現実を直視しなければならない。

どうして夢綺渚が覚醒者に?

過去が変わるなんて、こんなことがあってもいいのか?

とりあえず、確認してみなければ。


「パパ、パパ?」


夢綺渚は驚いた顔で、呆然としている俺を呼びながら腕を揺する。


「連携を始めますか、というメッセージが出てきたのかい?」

「うん、何これ?」

「とりあえず、承諾してみて。手をこうやって動かせばいいよ」


俺がシステムを動かす真似をしてみせると、夢綺渚はすぐに俺を真似した。

俺の動きを真似できていること自体、目の前にメッセージが現れたという証拠である。

一般人は覚醒者がシステムを動かす行為を全く理解することができないのだ。


「連携を承諾するんだよ」


夢綺渚が頷くと、すぐにシステムウィンドウの片側に夢綺渚のステータスが表示された。

これぞ連携である。

互いの情報をすべて共有し、一体になって戦うことができるのだ。


「パパ、パパ!また変なメッセージが出てきたよ!これは何なの?」


[広塚夢綺渚]

[F級覚醒者]

[レベル1]

[HP:300]

[攻撃力:20]

[防御力:20]


夢綺渚のステータスはレベル1。

完璧な初期状態である。


理由は分からないが、夢綺渚が覚醒者になったことはこれではっきりした。

逃れようのない現実となってしまったのである。


これでよかったのだろうか?

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