第2話

俺は覚醒者だった。

しかし、覚醒者としての力は弱かった。

力のない覚醒者は冷遇され、モンスターから家族を守ることすらままならない。

俺はそんな情けない父親だった。

覚醒者であるにもかかわらず、娘を守り切ることのできない、死んだ方がマシな情けない人間だった。


目に入れても痛くない存在の死。

妻の死を乗り越えた俺でも、到底耐えることのできない自責の念に駆られた。

そして挙句の果て、俺は自殺を選んだ。

娘を守ることができなかった罪人である俺はモンスターの群れに身を投げ、そのままズタズタに引き裂かれた。


そうだったはずだ。


しかし目を覚ますと、時間はゲートが初めて開かれた直後に戻っていた。

その時、俺の目の前にこんなメッセージが表示された。


[あなたの父性愛により、回帰券が1枚支給されました]

[回帰特典が支給されます]


驚きのあまり周囲を見回した俺は、やがて気がついた。

覚醒する前、平和にキャンプを楽しんでいた日に時間が戻っていることに。


ゲートが開かれた後、覚醒者になったにもかかわらず俺と夢綺渚の生活は悲惨そのものだった。

覚醒者の力をろくに発揮できず、強者に翻弄され続けた。


しかし、夢綺渚はそんな情けない父親を最後まで頼りにしてくれた。

そんな夢綺渚が目の前に生きているということだけで、情けない俺にも目標ができた。

詳しい理由は分からないが、回帰券が1枚ということは、これが最後のチャンスということなのだろう。

訳も分からず手に入れたチャンスだが、決して無駄にはできない。

この世で一番明るい笑顔の娘を守れる最後のチャンスである。


夢綺渚が安全に暮らせる世界!

今度迎える5年後は、回帰前と違うものにならなければならないのだ。

そのためには強くならなければならない。

惨めに生きてきた俺と夢綺渚の人生を変えてみせる。


ゲートが開かれ、覚醒者が誕生して以来、覚醒者になった瞬間から行動を起こした者はいない。

ここから差を作れるはずだ。


この世界では日々の差がはっきりと見て取れる。

実際、俺が初めてモンスターを倒したのはゲートが開かれてかなり経った後だった。

そのため、他の覚醒者より優位に立てなかった。

しかし、今の俺には少なくとも5年分の知見がある。

モンスターの対処法も数多く見てきた。

その知見を利用すれば、今度こそ優位に立てるだろう。


5年後、クソみたいなギルドの上層部から下されたクソみたいな作戦のせいで、夢綺渚は死を迎えることになる。

それを回避するためには、ギルドすらもねじ伏せるほどの強い力を手に入れなければならない。

そのために回帰したことに気づいていたものの、俺はむやみに行動したりはしなかった。

覚醒者になるための条件がまだ分からなかったからだ。

覚醒者にすらなれないのなら、それこそ埒(らち)が明かない。

強くなるための知識がなければ、モンスターを倒すことができず、当然生き残りを図ることもできなくなる。

俺の何気ない行動のせいで、覚醒者になれなくなることもあり得る。

そのため、俺は回帰前と同じように行動していた。

そしてその結果、幸いにも俺は再び覚醒者になることができた。


しかしここからが重要だ。

覚醒者になったので、ここからは回帰前と同じにはいかない。

とはいえ、ゲートが開かれる瞬間まで回帰前と同じ行動を続けるつもりだ。


覚醒者の特徴として、覚醒者になった者はシステムウインドウを開くことができる。


[広塚詠至(えいじ)]

[F級覚醒者]

[レベル1]

[HP:300]

[攻撃力:20]

[防御力:20]


[スキル]

[5秒ルールの連撃0/3]


すぐに回帰前と違う点を見つけることができた。

この時点ではなかったはずのスキルが追加されていたのだ。

5秒ルールの連撃は、回帰前の俺が持っていた中で最も強いスキルだ。

レベルからして底辺の覚醒者だったため、当時はさほど威力を持たなかったが、モンスター時代の初期である今なら話は変わる。


まさか、回帰してスキルも継承されたのか?

どうして俺にこんな恩恵が与えられたのか、理解ができない。

だが、深く考えたところで答えは出ないだろう。


スキルが継承されるなんて、まるでゲームのようだ。

もちろん、相当なメリットであることは間違いない。

5秒ルールの連撃を使えば、モンスターの動きを5秒間止めた後、攻撃を繰り出すことができる。

たとえ5秒でも、相手の動きを止められるのだ。

そして1日に3回しか使えないが、レベルアップをすれば、回数は初期化される。

適切なタイミングで使えば、レベルアップに大いに役立つことだろう。


何はともあれ、最も重要なことは覚醒者になったという事実だ。

そうとなれば、今度は俺の車の前でうろついているモンスターを片付けなければならない。


回帰前、周囲に飛び散った血とモンスターの恐ろしい牙、そして鋭い爪を見て、俺は本能的に車を捨てて逃げてしまった。

もちろん夢綺渚のことを考えれば、それが正しい選択ではあった。

一般人にとってモンスターは避けるべき存在なのだ。

しかしこの時逃げてしまったせいで、モンスターを初めて倒すタイミングがだいぶ後になった。

そのため、他の覚醒者たちに次々とレベルを越されてしまったのである。


以前はなかったが、今はあるもの。

それは覚醒者としての知識である。

そして、5年の時間をかけてモンスターの弱点を知ることができた。

つまり、今この瞬間、ためらう必要はどこにもないのだ。

必要なのはただレベルアップだけだ。


「グルルルル!」


モンスターが奇声を上げながら周囲をうろついている。

その時、システムウインドウにモンスターの情報が表示された。


[F級モンスター]


モンスターの能力はランクによって決まる。

幸い、俺が住んでいる郊外の方に出没するモンスターはF級である。

ランクが低い分、F級モンスターは視野が広くない。

当然ながら、やつらは俺と夢綺渚をまだ見つけられないでいる。


「パパ!あれ何⁉」

「さあ、何だろうね。でも凶暴そうだし、近づいたらダメだぞ!」

「うん、怖い顔してるね」


夢綺渚が怯えた顔で俺の手をギュッと握る。

俺はそんな夢綺渚の前に膝をついて言った。


「安心しなさい。この世界では必ず守るから」

「この世界?」

「いや、何でもないよ。夢綺渚はここで待ってなさい。あれは人を襲う怪物なんだ。だから、絶対にここから動いたらダメだよ?」

「パパは?」

「少し周りの様子を見てくるよ」

「嫌だ、一人は怖いもん!」

「夢綺渚はもう立派なお姉さんだろ?」

「でも、でも……」

「心配するな。すぐに戻ってくるから」


俺は夢綺渚の頭を撫で、立ち上がる。

夢綺渚は落ち着かない表情を浮かべるも、俺に言われた通り、その場にじっと立ったままこちらを見つめていた。

その様子を確認した俺は、ゆっくりとモンスターに近づく。


実際、F級モンスターは大した相手ではない。

覚醒者なら誰でも相手にできる程度の強さだ。

しかし人を噛み殺し、銃に撃たれても死なない姿を見た覚醒者たちのほとんどは、モンスターに戦いを挑むことができなかった。

それに、突然手に入れた力がどんなものかも分からないまま、むやみに飛びかかるわけにはいかない。

俺もそんな覚醒者たちのうち1人だったわけだが、今は違う。

この力については、うんざりするほどよく知っている。


「グルルルル」


モンスターの視界に入る距離まで近づくと、やつは俺を獲物と認識した。

俺もそんなやつに飛びかかる。


[HPが25低下しました]


モンスターが俺の体を引っ掻(か)く。

普通の人間であれば、この瞬間、命を落としかねない。

しかし、覚醒者の最大の特徴はHPにある。

いくら攻撃を受けても、HPが0にならない限り、動きに支障が出ない。

システムによって、まるでゲームのような戦闘状態が作り出されるのである。

そのため、攻撃によって体が貫かれたり引き裂かれたりすることはない。


レベル1の状態でF級モンスターを倒す方法は簡単だ。

攻撃力20のパンチを、何度か腹部に食らわせてやればいいだけだ。

ボコッ——!ドスッ——!バババッ——!

回帰前も経験していることだけに、すでに慣れている。

モンスターは腹部に立て続けに攻撃を受け、徐々に昏睡(こんすい)状態に陥る。

こんな時、ふらついているやつにパンチよりも攻撃力の高い飛び蹴りをお見舞いすれば——

グアアア——!

F級レベル1のモンスターは簡単に倒せるのである。


これでもこの世界で5年間を生き抜いた。

この程度もできないなら、やり直す資格なんてないだろう。

こんな風にモンスター狩りをしながらレベルアップに集中する。

それがこれからの最優先事項だ。


HPはレベルアップと同時に回復するが、それ以外にも休憩や食事を取ることで少しずつ回復できる。

もちろん、スキルやアイテムを使っても回復できる。


しかしたかがF級モンスターを1匹仕留めたくらいで、レベルアップは期待できない。

そのことを知っていたので、とりあえず5秒ルールの連撃は使わなかった。


俺は一息つき、夢綺渚に駆け寄ろうとする。

すると、夢綺渚が驚いた顔で俺の方へ走ってきた。


「パパ!」

「夢綺渚、待ってなさいって言ったじゃないか」

「でも、でも!パパがあの怪物にいじめられてたから!」


夢綺渚は今にも泣き出しそうな顔で俺に抱きつく。

顔色を真っ青にしてブルブルと震えている。

しばらく夢綺渚の背中をさすっていた俺は、彼女に言い聞かせた。


「夢綺渚、よく聞いて。理由は分からないけど、世界にモンスターが現れたんだ。これからは怪物を見ても、絶対に近づいたらダメだよ、分かったかい?」

「パパは?」


夢綺渚が心配そうな顔で俺を見上げる。

俺は首を横に振った。


「さっき怪物を倒したのを見ただろ?パパは強いから大丈夫だよ」

「うん、見たよ。かっこよかった!」


見栄(みえ)を張る俺に、夢綺渚は激しく頷く。

俺への信頼がひしひしと感じられる。


モンスターを倒して車を取り戻した俺は、キャンプ用品が入っているトランクを開ける。

以前は使ったことがなかったが、武器として使える物が1つあった。

キャンプ用の手斧だ。

小さな薪を割るために作られた物で、普通の斧に比べて軽い。

手斧を手に取ると、メッセージが表示された。


[キャンプ用の手斧を装備しました]

[キャンプ用の手斧 レベル1]

[攻撃速度+2]

[攻撃力+20]


武器の使用は覚醒者の特技のうちの1つだ。

キャンプ用の手斧は軽量である分、攻撃速度が上がる効果がある。

一般的な重さの斧なら、攻撃力がもう少し上がる代わりに攻撃速度が落ちるだろう。

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