モンスターの時代、回帰したらチートを得た。 今世は絶対娘を守ると誓ったら最強になってしまった話
わるいおとこ
第1話
夜空を見ながらキャンプをするのが唯一の楽しみだ。
時折、濁った空の下に鮮明な雲が垣間(かいま)見える時がある。
夜なのに昼間みたいな感じの空、そんな空が好きだ。
今日は東京を離れ、箱根に来ている。
山に来ると、静かでゆったりとした雰囲気を味わうことができる。
周囲を見渡していた俺は、テントがある方に戻る。
やがてテントに近づくと、7歳くらいの女の子がテントから顔をひょっこりと出してきた。
足音を聞いて反応したのだろう。
「パパ!」
「はいはい、夢綺渚(ゆきな)、そんなにパパに会いたかった?少しも我慢できないくらい?」
「うん?そんなんじゃないわ!ちゃんと確認したの?」
「したさ。落ち葉も片付けたし、完璧だよ」
テントの前にアウトドアチェアを広げると、娘がテントから出て寄ってくる。
大人用と子供用のアウトドアチェアに並んで座ると、夜空が一気に目に入ってきた。
テントの入口にかけてあるランタンの灯(あか)りがゆらゆらと揺れる。
俺はバーナーにコッヘルをセットしてお湯を沸かし、ステンレスのコップにスティックコーヒーを入れた。
「はい、夢綺渚の」
「うん!」
カバンから飲み物を取り出して渡すと、娘はニコリと笑いながらそれを受け取る。
山に着く前に立ち寄ったコンビニで、彼女自ら選んだものだった。
お湯をコップに注いで箸で混ぜながら、俺は娘の隣に座る。
「パパ……!」
夜空を眺めようとしていると、夢綺渚が小さな体を動かしてテントの中に入り、カサカサと音を立て始める。
「これをいっぱいにしてくれるって約束、忘れちゃダメだよ!」
すぐに戻ってきた彼女は目を輝かせながら、4分の1ほどしか満たされていない自分の手のひらよりも大きなブタの貯金箱を差し出してきた。
この貯金箱をいっぱいにすることこそ、娘がキャンプに同行する上で出した条件だった。
夢綺渚は貯金箱をいっぱいにするのが好きだ。
しっかりとしていると言うべきか、独特と言うべきか。
年齢に似合わない趣味である。
家にもいっぱいになった貯金箱がいくつもある。
「分かってるって。パパが嘘をついたことなんてないだろ?」
「えへへ」
もう少しで貯金箱がいっぱいになるところを想像して気分がよくなったのか、夢綺渚はこの上なく楽しそうな顔で、ブタの貯金箱を子犬のように撫でながら目を輝かせた。
肩までかかる髪がゆらゆらと揺れる。
本当に可愛らしい子だ。
少し頬が赤いけど、寒いのかな?
俺的にはちょうどいいんだけど。
ほんのり赤く染まったその顔は、生きているという躍動感を感じさせる。
内心涙が込み上げてきた。
生きている夢綺渚の姿に、感情が込み上げる。
しかし、表に出すわけにはいかない。
リュックから毛糸の帽子を取り出し、娘の頭に被せた後、さらに毛布をかけた。
「窮屈だよ……」
「風邪を引いたら大変だから温かくしてようね」
「うん……」
彼女は小さな声で答え、飲み物をちびちびと飲む。
夢綺渚は言うことをよく聞く子で、今まで特に反抗したこともない。
「これでも食べながらお空を見てみようか」
好物の棒菓子を差し出すと、彼女はニコニコと笑いながら袋を開けて美味しそうに食べ始める。
妻は俺に夢綺渚を託し、数年前に天国へと旅立った。
夢綺渚は空が好きだ。
ママが住んでいる場所だかららしい。
だからか、夜空の下でキャンプをするのも好きなようだ。
しかし、すべてはすでに始まっているのだ。
朝起きたら、すべてが変わっているだろう。
しかし、まだ何も行動を起こすことができない。
今のところ、最も重要な“条件”について何も知らない。
下手に動くわけにはいかないのである。
「夢綺渚、今日の空はどう?」
「星があんまり見えないよ。でも、それ以外は最高!」
「そうか、今日は曇りだったしね。今度は星を見に行こう」
「本当?その時も貯金箱、いっぱいにしてくれるよね?」
自分も出かけるのが好きなくせに、貯金箱をいっぱいにしろだなんて。
「分かった、分かった。可愛い夢綺渚のためだからね!」
「わーい!」
夢綺渚が勢いよく頷く。
打算が働く子だ。
こういうところは亡くなった妻にそっくりである。
ふと妻の顔が思い浮かんだが、首を振って再び夜空を見上げた。
気持ちいいそよ風が吹いてくる。
キャンプにうってつけの天気だ。
平和なひと時が過ぎていく。
少なくとも、空だけは平和であり続けるはずだ。
空と風を感じていると、夢綺渚がウトウトし始める。
首が項垂(うなだ)れている。
「夢綺渚、歯磨きしてから寝ようね」
「歯磨き?面倒くさいよ」
俺の声に顔を上げた夢綺渚は、目をこすりながら渋々椅子から立ち上がる。
小さな手に歯磨き粉を乗せた歯ブラシを持たされると、彼女は歯磨きを始めた。
その間に、俺はテントの中に寝袋を敷く。
「パパは?一人で寝るのは嫌……」
「そうかそうか、じゃあ、一緒に寝ようか」
家では自分の部屋で一人で寝ているが、外では話が違う。
眠りにつくまでそばにいてあげるべきだろう。
さっきもウトウトしていた夢綺渚は、寝袋に入るや否やスヤスヤと眠り始める。
俺はテントの中を暖かくしてから、再び外に出てアウトドアチェアに腰かけた。
当然と言えば当然だが、なかなか眠りにつけない夜である。
これからの人生について、俺は数時間かけてイメージしてみた。
***
「パパ、パパ?」
「うん?」
目覚まし時計の代わりに、娘の声で目が覚めた。
俺はぼーっとした顔でテントの天井を見つめる。
横には夢綺渚が座ったまま俺の寝袋を揺さぶっていた。
「夢綺渚、いつ起きたんだい?今、何時?」
「うーんと、これ!」
俺の質問に、夢綺渚は手首の時計をチラッと見て、指を9本立ててみせた。
9時という意味だろう。
俺は体を起こす。
外で寝ると体がだるくなる人が多いと思うが、俺は少し特殊な体質を持っている。
自衛隊にいた時も、野外訓練の際にスヤスヤと眠ってしまったほどだ。
その体質が遺伝したのか、夢綺渚も俺と同じくスッキリとした顔をしている。
俺は伸びをしながら外に出た。
簡単に朝食を済ませ、テントを片付けてから荷物をまとめた。
あれこれしているうちに1時間が経っていた。
そう、これくらいの時間だったはずだ。
午後1時。
すべてが変わる時間だ。
俺にとっては非常に重要な瞬間である。
世界が白い光に包まれる5秒間。
その一瞬が俺にとっては重要なのだ。
バチッ——!
そう、今だ。
まさにその瞬間、世界が真っ白に染まった。
あまりにも眩(まぶ)しく、まるで世界の終焉(しゅうえん)が訪れたかのようだ。
そしてきっかり5秒後、世界は何事もなかったように元通りに戻った。
実際、何事もなかったわけではない。
その瞬間から世界が変わったのだから。
俺は子供用のクロスバッグに貯金箱と宿題のノートを入れて娘と手を繋ぎ、もう片手には折りたたみ式のテントを持った。
そして背中にはキャンプ用品と寝袋が入ったリュックを背負い、下山を始めた。
しばらく歩いて人気のない山道を抜けると、湧き水の流れる場所へと続く大きな道に出ることができた。
俺が降りてきた抜け道は元々使われていないので、人通りがほぼないが、こちらの道は朝混み合っていることが多い。
それなのに、今は人の姿が全く見当たらない。
以前ならともかく、今は誰もいなくて当然なのだ。
俺は一度周囲を見回し、車を停(と)めておいた路地へと再び歩き出す。
しかしすぐに足を止めた。
‘路地にモンスターが1匹’
そう、ここまではすべてが同じだ。
全く同じである。
二足歩行をし、2メートルを超える身長を持ち、ゴリラよりも大きな体格をしている。
体は黒い毛に覆われており、初めて見た時は未確認生命体だと思った、あのモンスターである。
回帰前、俺の行動はこの時点から間違っていた。
つまり、変わらなければいけないのはこの時点からだ。
何があっても夢綺渚を守ってみせる。
***
201●年10月。
世界の各地に多数のゲートが突如現れた。
そして、そのゲートからは映画でしか見たことのないようなモンスターが次々と出てきた。
人類はゲートを無力化するために様々な手を使ったが、すべて無駄に終わった。
モンスターは銃やミサイルといった火力兵器が全く通じないという特性を持っていたのだ。
普通の人間にはモンスターを倒すことができない。
モンスターを倒すことができるのは、覚醒者のみなのである。
歴史の流れはこうだ。
白い光が現れる前日、全国の主要都市に大型ゲートが開かれた。
それからモンスターの時代が始まり、この時点ではモンスターに対抗できる存在などいなかった。
軍隊は無力化され、モンスターが世界を覆い尽くした。
そして次の日の午後1時、真っ白な光が溢(あふ)れ出た。
この白い光によって、人々の中からランダムに覚醒者が誕生した。
覚醒者は人類の希望であると同時に、問題でもあった。
覚醒者のおかげで、人類は滅亡の危機から脱することができたものの、その後の世界は覚醒者中心の世界となってしまった。
覚醒者同士でも弱肉強食のルールが適用されたのだから、一般人の立場は言うまでもない。
そうやってできた覚醒者の集団は、モンスターを駆逐した地域に安全な空間を作り、人々の上に降臨した。
覚醒者たちが作ったギルドはやがて政府となり、ついには国となった。
そして誕生と消滅を繰り返すモンスターと、安全な居住区域を確保するために戦争を続けた。
モンスターが危機を作ると、今度は覚醒者がまた別の危機を作った。
俺はそんな地獄のような世界から戻ってきたのだ。
正確には、5年後の世界から回帰している。
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