第33話~タルス、村を出る~

「えぇ、今からですか!」


 アンジェがタルスに要件を伝えると、彼は驚愕した。その要件とは、タルスの恋人である蒼魔族の娘に会わせろということだった。


「で、でもどうして?」

「えっとですね。数日後には白の騎士団の本隊がこの村に到着します。そうなったら、どうなると思います?」

「どうなるって……」

「彼らの中には、人の心を読むことができる《読心》の魔法を使えるものもいます。あなたがいくら彼女を庇っても、隠し通すことはできません」

「心を読む……」


 アンジェは言葉を続けた。


「どうせバレるなら。先手を取りましょう。そもそも、あなたはどうしたいのですか」

「どうしたいって……」


 アンジェはタルスを問い詰めた。メリダ法国がピエタ村をリスタルト王国から切り取ろうと画策しているのは、単に領土だけの問題ではなかった。ピエタ村が採取する鉱石、そして鋳造する良質の武器には価値があった。その中でも若手の有望株と言われ、優れた武器を作ることのできるタルスの腕は貴重だろう。ピエタ村の重要性を認識しているからこそ、リスタルトは白の騎士団副団長のフィリーをむかわせたのだ。


「あなたが決断すれば、その蒼魔族の娘と一緒になる方法があるわ」

「ほ、本当ですか!」


 アンジェの言葉にタルスは目を輝かせた。人と魔族が一緒になれるなんて、到底考えられないことだ思っていたからだ。


「だから、私を彼女に会わせてくれる」


 タルスは即決断した。


「しばらく村を離れることになるかもしれないから、支度をして。それと、持っていける鍛冶道具は持ってきて」


 その指示に、タルスはすぐに身の回りの物を整理し、支度を始めた。陽が落ちたら、坑道の前で落合うことを約束し、アンジェは家を出た。


「言われた通りに言いましたけど、どうする気なんですか?」


 胸元に潜んでいる魔王蛇に語りかける。


「蒼魔族を味方につける。その為にもこの男が必要なのだ」

「えぇ、魔族と手を組むんですか!」

「組むといっても、蒼魔族の中の一氏族だ」


 蒼魔族は四つの氏族に別れており、それぞれが希少鉱物由来の名を持っていた。ミスラの一族はミスリル銀と呼ばれる希少鉱物に由来し、その加工に優れた技術を持っていた。彼らは蒼魔族四氏族の中では、最も力が弱い部族だった。だが魔王により《眷属》に加えられたミスラの力で、他の氏族長をねじ伏せた。強き者が一族を従えるのが魔族達の掟だ。ミスラは魔王直属の四将軍の一人として、蒼魔族を率いて南の大地へと侵攻した。だが、魔王は勇者によって滅ぼされ、魔族達は北の大地へと退却した。


「……ミスラのやつもあの性格だ。魔力の補充には苦労しておるだろう」


 魔王の力により《眷属》となったものは、アンジェのように男の精気から魔力を吸収する事ができるようになる。魔王は《眷属》とした四人の将に自らの精気(魔力)を注ぎ込むことで、彼女達の力を増大させた。


 元々朱龍族の姫であり、類まれな力を宿していたセリカや、高い戦闘能力を持っていた黄獣族のバーニなどと違い、蒼魔族のミスラは魔王によって力を与えられた。その為、蒼魔族の他の氏族、特にアダマンの名を持つ一族からは疎まれていた。しかも、ミスラの一族は特に操を大切にし、初めて身体を許したものに添い遂げる気性があった。


「本当にいいんでしょうか……人が魔族と手を組むなんて」

「言ったであろう。中央教会の教えは捻じ曲げられている。魔族達を滅ぼしたところで、バレンシア神は復活などしない。いや、むしろ神の復活を妨げているのは、人間達だ」

「えっ? どういう事ですか?」

「故意なのか、勘違いなのかはわからん。だが、中央教会にしろリスタルトの騎士にしろ、禁欲によって魔力を蓄えるという教えは、何者かにとって、都合が良いからだ。そうではないのか?」

「……そう言われれば」


 アンジェは第2階位の候補となった時、連れていかれたメリダの首都で垣間見た光景を思い出した。


「神の復活には魔族の協力は不可欠なのだ」


 双頭の蛇に転移した事で、ある程度の魔力量を得た魔王であったが、まだまだアンジェの助けは必要だった。魔王自身の復活と復讐の為に必要な事を、神の復活の為とすり替える事にした。


「それに、ミスリアの事はどうなのだ。あいつはお前を女神の使徒と信じ、操(みさお)を捧げているのだぞ」

「そ、それは……」


 ミスリアの逞しい鋼のような肉体と、硬直なモノを思い出すだけで、アンジェは子宮が疼いた。


「よいか、タルスと共に坑道に赴き、蒼魔族の娘とミスリアを合わせ、一族の長であるミスラに会う。全てはそれからだ」


 陽が落ちてからアンジェはタルスと共に坑道に入っていった。

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