第32話~魔王、考える~

「本当にあれで良かったんですか?」


 二人の女騎士を男湯に送り込んだ後、闇の魔法を解除してから温泉を出ると、アンジェは、法衣の中で身体に巻き付いている魔王蛇に問いかけた。

 胸の谷間からひょっこりと、片方の頭が出てくる。


「これで、あの二人は、もはやこの村に居れんだろう」

「そうでしょうね。ここは小さな村だから、噂はあっという間にまわるでしょうし。はぁ、そう考えると、私もギリギリだったんだ」


 昨日、男湯で同じ事をしたアンジェにとっては、他人事ではなかった。


「でも、魔力を頂くだけでも、よかったんじゃないですか」

「この村に来る魔王を倒した女騎士。その女を仲間にしたい」


 本当は隷属させ、凌辱したいと言いたいとこだが魔王は言葉を選んだ。


「確かに、清風の騎士フィリー様に協力して頂ければ、バレンシア神様の復活にも光明が見えますが、それならどうして先遣隊の二人に、あんなことを?」


 仲間にしたいのであれば、先遣隊を追い出すような事は、逆効果だし、もっと穏便に事を進めてもよかったのではないかと、アンジェは思った。

 魔王は言葉に詰まった。フィリーを捕らえる為には、戦力はできるだけ削いでおいたほうがいい。しかし、そうと言えるわけはなかった。アンジェにとって、今の魔王は神の使徒であり、人間の味方と思われているのだ。


「お前達は、色々と誤解をしている」

「誤解」

「欲望を抑え込むことによって魔力を蓄える。中央教会の教義では、そう言われていると言ったな」

「私達メリダの神官はそう教えられます」

「それは一つの方法ではある。欲望は抑え込むことによって、より凝縮される。以前にも言ったが、魔力の総量とは欲望に比例する。欲望はそれを認め、開放させる事によってしか、増大しない事もある」

「欲望を……認める。わかりました! だから、二人の魔力を奪った上で、男湯に……。そうすることによって、二人に自らの欲望に気づかせて上げたんですね」

「ま、まぁ、そういう事だ」


 アンジェは、魔王にとって都合の良い勘違いをしてくれた。


「誰もが他者から魔力を奪えるわけではないが。まあ、あれだけの人数を相手にすれば、多少は補充できるだろう」

「魔力を頂くのって、やっぱり難しいんですか?」

「言ったであろう、お前は選ばれて、その力を与えられたのだ」


 交配(セックス)により異性の魔力を摂取できるのは、魔族の中でも夢魔族と呼ばれる者達で、男はインキュバス、女はサキュバスとも呼ばれていた。個体数の少ない氏族であり、身体能力の低い事から魔族達の間では、蔑まれていた。


 魔王は玄魔族という、他者を食らう事で魔力を得ることができる《同族殺し》とも呼ばれる氏族の出だ。夢魔族と同じ、いや、それよりも個体数の少ない一族でもあった。魔王は玄魔族の中でも特別で、その身体能力は魔族最強と言われる朱龍族をも超えていた。他者を食らう事でしか生きる事のできない玄魔族。その中で最強とくれば、当然ながら他の魔族に取っては脅威でしかなく、他の魔族から命を狙われる生活を送っていた。


 そんな中で魔王は夢魔族の女、アイリと出会った。そして女の絶頂から魔力を吸収する術を得た。その後、魔王は禁呪を手に入れ《眷属の萌芽》を作り上げたのだ。これを女の胎内に埋め込む事で、効率よく魔力を吸収できる力を与えられるようにした。アンジェが男の精を取り込むことによって魔力を吸収できるのも、この《萌芽》のお陰だった。


「次は、どうするんです?」

「タルスのとこに行くぞ」

「やっぱり、彼を捕らえるんですか? 魔族と繋がっていたから」


 アンジェ自身、ミスリアとの交わりで魔族を身体で知ってから、タルスの気持ちが理解できた。 


「私、魔族って、もっと人間とかけ離れたものだと思っていました」

「人も魔族も、造りにそう違いはない」

「以前、メリダの王宮で、檻に入った魔族を見せられた事があるんです。獅子の顔の部分が、老人みたいで、サソリみたいな尻尾があって、とても気持ち悪かった……」

「それはおそらく、マンティコアだ。魔族というよりは魔物だな」

「えっ? 魔族と魔物って違うんですか?」

「お前は、人と牛を同じだと思うか?」

「それは……」

「ミスリアと会った時、言葉が通じる事を不思議に思わなかったか?」

「あっ、そう言えば」


 人間も魔族にしても、言語と魔法言語は共通している。それは、元々同じ種である事の証でもあると魔王は考えていた。バレンシア大陸を南北に分かつ隔絶の山脈、その北と南で、魔族と人は隔てられ、異なる進化を遂げた。北の大地で崇められる創世の巫女ユミル。南の大地で崇拝される、創世神バレンシア。魔王はその異なる神の意味を考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る