第28話~女騎士、二人~
坑道を出たアンジェは一度教会に戻った。教会の前に村のものではない馬が二頭繋がれていた。二頭とも白馬で、鞍にはリスタルト王国の紋章が入っていた。
「誰か来ています」
「みたいだな。村に騎士団が到着した感はない。おそらく、リスタルトの先遣隊といったとこか」
魔王蛇はアンジェの法衣の中に引っ込むと、片方の頭を胸の谷間に押入れ、腰に巻き付くともう片方の頭をお尻の割れ目に入れた。
「ひゃっ! もう少し、違う隠れ方ができないんですか!」
文句を言いながら、アンジェが教会へと入ると、来客用の部屋からカリアが声を荒げるのが聞こえた。アンジェは静かに部屋に近づいた。魔王が魔力を探ると、部屋にいるのはカリアの他に三名。一人はこの村の村長だろう。他の二人はリスタルトの女騎士と思われた。
「それでは、メリダ法国に、いえ中央教会に手を引けということですか」
「おかしな事を言う。そもそもここピエタ村はリスタルトの領地。それはご存じなはずです」
短く刈り込んだ髪に、細くつり上がった眉をした女騎士は責めるような口調で言った。
「では、魔族がこの村に侵攻した際、あなた方騎士は何をしていたのですか?警備するはずの兵士は逃げた。そうですよね村長」
カリアの横にいた村長が静かに頷く。
「わしらの中には子どもも老人もおった。あまり遠くまで避難はできん。だからこそ、もっとも近くの中央教会を頼ったのです」
「報告によると、魔族の軍勢は圧倒的な数でした。ですから、兵士達は戦略的撤退をしたのです」
「守るべき村人をおいてですか?」
カリアも負けてはいなかった。今まで復興を手伝ってきたのは、リスタルトの為ではないのだ。
「置いていったわけではありません。現に村人には一人も被害は出なかったではないですか」
「それは、タルスの知らせがあったからです。彼が魔族の侵攻を事前に教えてくれたから」
村長の言葉に傍に控えていたまだ幼い感じのする、もう一人の女騎士が、つり眉の騎士の耳元で囁いた。
「そのタルスという男ですが魔族と通じているという嫌疑がかけられています」
「タルスが魔族と?」
村長は驚いた。噂では耳にしてはいたが、まさかリスタルトの騎士まで知っているとは思わなかった。
「村長、それは本当の話なのですか!」
カリアが村長に詰め寄った。その話が本当ならば、中央教会としても、無視できる話ではなかった。
「告発がありました。魔族どもはこのピエタ村を無傷で手に入れる為、その男を使い村人を逃げさせたのだと。そちらの神官様はご存じなかったようですが」
「くっ・・・」
「その告発を、我ら白の騎士団は重大な事であると認識しております。その為にも、ここピエタ村の村人の出入りを制限し、徹底的に調査いたします。ですから、他国であるメリダの方々には村から出ていって頂きたい」
カリアは返答に窮した。その時ドアが開いてアンジェが部屋に入ってきた。
「待ってください。そういう事であれば、私達中央教会も黙っているわけにはいきません」
「アンジェ。朝からどこに行っていたのだ?」
「実は私も、その噂の真相を確かめるべく坑道の調査をしていたんです」
「一人でか?」
アンジェは頷くと、坑道の中で蒼魔族の姿を見たことを伝えた。もちろん、ミスリアとの情事や双頭の蛇の事は黙っていた。
「魔族が坑道に……ほとんどの道は封鎖したはずなのですが」
坑道を全て封鎖してしまえば、ピエタ村の産業が成り立たなくなる。村長にとっては、頭の痛い話だった。
「もし、魔族が再び村に現れるようでしたら、私達の魔法の力は必要なはずです」
「それは……」
つり眉の女騎士は眉をひそめ暫し考えていたが、魔族の姿が見られている以上、神官の持つ治癒魔法は戦力として貴重であると認めざるをえなかった。
「わかりました。そういう事でしたら話は違います。本国にも伝えておきましょう。数日後には本隊がピエタ村に到着します。我らが白の騎士団の副団長フィリー様が来れば、例え魔族が現れたとしても、心配はありません」
「清風の騎士フィリー様ですね。お噂は聞いております」
それから女騎士は村長に、すぐにタルスを拘束すること、坑道内部の地図を求めた。タルスのもとにはアンジェが向かう事になった。
「そうだ、知ってますか。ここピエタ村にはとっても良い温泉があるんです」
「温泉?」
「はい。来客用の個室の部屋もありますので、ぜひ旅の疲れを癒されるとよいですよ」
温泉と聞いて、ポニーテールの騎士が瞳をキラキラさせた。それを見てつり眉の女騎士が仕方ないという感じで席を立った。
「それでは、お言葉に甘えるとしよう」
アンジェの胸元で、怪しい光が灯った。
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