第27話~異なる神話~

 蒼魔族の戦士ミスリアと別れた後、アンジェと魔王はピエタ村へと戻っていた。双頭の蛇へと転生を成功させた魔王は上機嫌だった。


「先ほど彼が言ってた女神って、いったい誰なんですか?」


 アンジェはそこが気にかかっていた。メリダ法国の第二階位の候補となった事のあるアンジェには、中央教会の教義が教え込まれている。それなのに女神の名など聞いたことがなかった。


「人の言う創世神バレンシアは男神だ。それを不思議に思ったことはないか」

「確かに、バレンシア神様は唯一無比の創世神ですけど」

「全ての種はつがいで生きる。なぜ、神のみが例外でいれる」

「えぇ! バレンシア神様にも奥さんがいるってことですか! それちょっとショックです」


 アンジェはまるで好きな人に彼女がいると知った時のように、落ち込んだ。


「なぜ、お前が落ち込むんだ」

「だ、だってぇ」

「人と同じように、北の大地に住む魔族にも神の名が伝わっている。創世の巫女と呼ばれるユミルだ」

「創世の巫女ユミル? アンフィスバエナは女神の使徒だって言ってましたが」

「それも伝承だ。だが因果関係は無い事もない。双頭の蛇のような希少種は魔力が集積した土地で生まれる。蒼魔族にとってその場所が女神の加護を受けた場所とされているのだろう」


 魔力の乏しい北の大地に生きる魔族にとって、魔力の集積地は貴重な場所だ。


「それじゃあ、女神ユミルが魔族を産み出したって事ですかね」


 創世神バレンシアが生み出した人と、創世の巫女ユミルが生み出した魔族。そう考えたほうが現在の対立は理解しやすい。しかし、あらゆる種は単体で子孫を残すことはできない。神が自分達に似せて生命を創ったのだとしたら。人は男だけであり、魔族は女だけになってしまう。バレンシアとユミルによって作られた種が二つに分かれたというほうが腑に落ちると魔王は考えた。


「お前たち人の教義では、魔族が創世神バレンシアの復活を妨げていると言ったな」

「はい。ですからバレンシア神様の復活の為、魔族を滅ぼすというのが中央教会の教えです。中央教会の教義は全て神の復活の為にあります」

「その教会の教えは忘れるのだ」

「えっ?」

「教えは歪められている」


 魔王蛇の言葉に驚いたが、魔王の事を神の使徒だと完全に信じきっているアンジェは首を立てに振った。蒼魔族の戦士であるミスリアと契った事が、アンジェに魔族に対する恐怖を和らげていた。思い出すと、彼の事を可愛いとさえ思うアンジェであった。


「それで、これからどうするんですか?」

「問題は、ピエタの村に来るリスタルトの女騎士だ」

「言ってましたね。ピエタ村を調査に来るって」

「その女騎士について、お前が知っている情報を教えてくれ」

「確か、魔王を倒した不屈の勇者リリア。その片腕、清風の騎士フィリーですね」

「清風の騎士?」

「はい、その佇まいは清らかで、いざ戦いとなると風のように素早いって話です」


 リスタルト王国には騎士王リスタルトの下に四つの騎士団が存在する。そのうちの一つ、白の騎士団の団長の娘がフィリーだ。白の騎士団には、女騎士のみの部隊があった。肉体の能力では男に劣るものの、魔力の内包量で言えば女のほうが優れている為、魔法への耐久性が高い。さらに、補助系の魔法を使えるものも多くいるらしい。魔王は思い出していた。フィリーの露出度の高い鎧と白い肌を。そして、どうにかして、女騎士をアンジェと同じような《眷属》にしてやろうと考えていた。


「ピエタ村に来るのは女騎士団の可能性が高いか」

「カリア様のところにも中央教会から何らかの知らせが来ているのでは。ピエタ村は、もともとリスタルト王国所属の村ですから。もしかしたら、そのまま復興支援も騎士団に譲渡されるかもしれません」


 神官カリアがメリダ本国から受けていた命令はアンジェには知らされていなかった。


「よし。フィリーとやらに会う前に、魔力を満たす必要がある。アンジェ。戻ったら湯浴み場に行くぞ」

「また、男湯に入れっていうんですか?」

「違う、今度はわしを連れて、女湯に行くのだ」


 今の器である双頭の蛇は、これまでの蝸牛や蜥蜴とは違って、比較的魔王が自分で動くことができた。しかも、頭が二つあるので視界が効く。魔王は女湯で魔力を補充するついでに、この器でできることを知る必要があった。







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