第9話~法王メリダ15世~
金色に輝く巨大なバレンシア神の像の下、法皇メリダ15世は居た。齢50を超えるはずだが、その肉体は法衣の上からでもわかるほど、筋肉で盛り上がっている。バレンシア神は雄々しき男神であり、その代理とも言われる法皇の持つ力は魔力だけではない。その左右には法皇に仕える四人の少女、第2階位「純粋な愛」が控えている。
法皇の座へと続く豪華な赤い絨毯の右側にはメリダの騎士達が、左側には神官達が居並ぶ。四人は歓声を持って迎えられた。
法皇に謁見する多くの者が、恐縮に縮み上がるというのに、表情と態度を改めないリリアに、メリダ15世は興味を持った。
「お前が魔王を倒した勇者、リリアか」
「だとしたら、何だってんだよ」
その不遜な返事に、周囲の空気が凍り付く。しかし、メリダ15世はそれを意に介さなかった。
「存外に可愛いので、驚いてたとこだ」
左右に控えている四人の少女達が、一斉にリリアに厳しい視線を向けた。
まさか、そんな返事が来るとは思っていなかったリリアは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「か、か、可愛い! てめえ、何言ってんだ!」
慌てるリリアを楽しげに見ている法皇に、クレアがまるで弟にでも怒るように言った。
「ダメですよ法皇様、リリアに手を出しちゃ」
「クレア! てめえまで何言ってんだ!」
慌てるリリアを見ながら、これは役者が違うとフィリーは感じていた。メリダ15世から感じる力の圧力は底知れなかった。それは、魔王と対峙した時と同じ感覚だった。
「この者達が魔王を倒したというのは、間違いないのだな」
「はい、それは見事でしたー」
クレアはメリダ法国の第2階位「純粋な愛」を務めた後、外交大使となりアーバンへ赴いた。そこで、リリアとアリスに出会い、行動を共にすることになった。フィリーはクレアが第2階位であった事を聞いてはいたが、普段の性格からはとても信じられなかった。しかし、こうして法皇と対等に話をしているところを見ると、信じざるをえない。
「まさか、魔王城に奇襲をかけるとはな」
「全部、アリスちゃんの作戦なんですよ」
魔王城は北の大地のほぼ中央に位置している。魔王は占領した人間の村に魔法陣で転位門(ゲート)を開き、直接軍勢を派遣していた。それを逆に利用し、リリア達は魔族の軍勢が出払っている時を狙い、転位門(ゲート)から直接魔王城に乗り込んだのだ。
「して、どのようにして魔王にとどめを差したのだ? 魔王はその膨大な魔力で、あらゆる傷を回復させると聞いていたが」
「おそらく、この剣のお陰です」
アリスがリリアが背中に担いでいる大剣を示した。
「剣だと?」
法皇の目が大剣に向く。納められた鞘には、何重にも防魔の印が描かれていた。
「なるほど、先ほどから感じる力の流れは、それか?」
「私の魔法でもその力の全てを封じる事はできません」
「ほぅ、サニバールの再来と言われるそなたの術でさえ、封じることができぬものか」
アリスは魔法国家サニバールの魔法学院を飛び抜けた成績で卒業した、エリート中のエリートである。
「この剣は魔力を食らうのです。魔王城の地下深く、封印された部屋の祭壇に刺さっていました」
「魔力を食らう? なぜ、魔王は自らの城にそのようなものを」
「これは私の推測でしかありませんが、順序が逆なのだと思います」
「逆?」
「城に剣が封印されていたのではなく、剣を封印する為に、城が建てられていたのではないかと」
「なるほど、興味深い仮定だ。リリアよ、その剣、私に譲る気はないか?」
「なんだって?」
「金なら出すぞ」
「いくらだ?」
「好きなだけ持っていけばよい。金で不服なら領地でもかまわん。魔王を倒した勇者だ。それ相応の報酬は必要であろう」
「さすがは法皇様、気前がいいねぇ」
「なんなら国でも持つか。リスタルトのようにな」
その言葉にフィリーは身体を強張らせた。フィリーの父親は騎士王リスタルトがメリダから独立するさいに従った一人だ。それを法皇が知らないはずはなかった。
「そんな事言っていいのかよ。本気にするぜ」
「よく勘違いされておるが、そもそもメリダは領土的野心は持ち合わせておら
ん。国の形を成していたほうが、中央教会にとって都合が良いだけだ。リスタルトにもそう伝えておいてくれるか、女剣士よ」
フィリーができたのは、頷くことだけだった。
「どうだ、悪い話ではないであろう」
リリアは両手を組んで考え込んでいたが、大きく一度頷くと、法皇に向かって白い歯を見せた。
「悪いけど、国も領土もいらねえし、この剣を手放すつもりもねえ」
「そうか、勇者が決めたことなら仕方あるまい」
「えっ? いいのかよ」
リリアが拍子抜けするほど、法皇はあっさりと引き下がった。
「宴を用意している。存分に楽しんでいくがよい。クレア、久しぶりに少し話がしたい。後で部屋へ」
法皇は意味ありげな視線をクレアに送ると、四人の少女達を引き連れ、下がっていった。
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