第8話~勇者の憂鬱~
「あー、やりてぇー」
机の上に両足を投げ出し、椅子を傾かせながらリリアは叫んだ。その言葉にリスタルト王国の正装を身につけたフィリーが睨みを効かせる。こちらは対称的に背筋をピンと伸ばし、椅子に浅く腰掛けている。
「リリア、お前は、魔王を倒した勇者なのだぞ。少しは場をわきまえろ」
その言葉に、一瞬視線を向けたと思うとリリアは「あぁ、殿方とまぐわいたいですわ」と艶をつけた声で、しなをつくった。
「ハハハ、それじゃ、余計に卑猥じゃない」
カラカラと少女が笑った。不釣り合いな大きな杖を抱え、外見こそ幼く見えるが、数百を超える魔法を使いこなすと言われる魔法使いアリスだ。
魔王を倒した勇者一行は、メリダ法国で行われる式典に招待され、今は控えの間にいた。
「まったく、こんな不自由な思いするなら、魔王なんて倒さなけりゃよかったぜ」
魔王を倒したリリア達の名は大陸全土に瞬く間に広まった。詩人は詩で称え、画家はその肖像を描き、英雄譚は芝居となって各地で演じられた。
不屈の勇者リリア。清風の騎士フィリー。知恵の泉アリス。敬虔なる使徒クレア。魔王討伐の四名はそう呼ばれていた。
リリアに言わせれば、堅物女騎士、耳年増、神の奴隷という事になる。そして本人は三人から強欲勇者と呼ばれていた。
「だいたい、お前が魔王を倒せば金になるって言ったからだろ!」
リリアはアリスに悪態をついた。無理はなかった。魔王を倒した後、どこに行っても歓迎は受けた。しかし、誰一人として報酬をくれる者はいなかった。
「魔族どもが北に引っ込んじまって、戦が無くなって、稼ぎ場所もなくなっちまっただろうが」
魔族との戦いで傭兵として金銭を得ていたリリアにとって、自分の仕事場を自分で無くしてしまったようなものだ。
「気を付けろ。聞こえようによっては、戦を欲しているように思われるぞ」
「私はそう言ったつもりなんだよ」
「貴様!」
フィリーが立ち上がると、部屋の扉が開いて間延びした声が聞こえた。
「みなさーん。そろそろ出番ですよー」
パーティーの一人、神官クレアだった。中央教会の儀式用法衣に身を包んでいるが、その豊満な身体のラインは隠しようがなく。突き出た胸と尻の肉で法衣が膝まで上がり、妙な艶めかしさを醸し出している。
「はぁ、何でこんな式典に参加しなきゃいけねえんだよ」
溜息をつきながら、リリアが立ち上がる。
「法皇猊下に謁見できることは、大変名誉な事なんですよぉ」
「名誉なんていらねえから、金くれよってんだ」
文句を言いながら、リリアはクレアの後に続いた。その背中を見送りながら、フィリーは不安気な顔をした。
「あいつは、何にもわかってないな」
「彼女は、アーバンの出だから。私達みたいに、国同士の関係に無頓着なのも仕方ないわ」
「ある意味、羨ましいとも言えるか」
「特にフィリー、あんたはね」
バレンシア大陸は隔絶の山脈によって魔族の住む北の大地と、人間達の暮らす南の大地に隔てられている。人が住む南の大地は現在では東から、共和国アーバン。リスタルト王国、メリダ法国、魔法国家サニバールと四つの国に別れていた。しかし、元々南の大地全土はメリダ法国によって統治されていた。他の三国は全てメリダ法国から独立した経緯を持っている。
リスタルト王国は独立を果たしてから、20年ほどしか経っておらず、メリダ法国の中には独立を認めていない勢力もいる。そして、フィリーの父親はリスタルト王国の四騎士の一人であり、アリスは魔法国家サニバールの魔法学院の出であった。
魔王を倒した後、四か国の連合軍は魔族達を北の大地へと押し返した。魔族との戦の勝利は人間達にとって朗報ではあるが、同時に新たな火種を幾つも生みだした。
そんな中、メリダ法王の名で魔王を倒した勇者達を労う式典が用意され。リリア達一行はメリダ法国の首都、ザルバに赴いていた。
ザルバは始まりの土地とも呼ばれ、バレンシア神が最初に降り立ち、人を作った土地と言われている。南の大地全土に広がるバレンシア神を崇める中央教会の本部も、ここにあった。
「魔族との戦いが終われば、次は人間達の戦いが始まるわよ」
「なぜ、人は戦いをやめられないのだ?」
フィリーの問いに、アリスは答えなかった。
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