第1話~復讐は最果てから~
魔王死す。
その吉報は瞬く間にバレンシア大陸全土に伝わった。勇者リリアによって魔王が倒された後、四か国連合軍が魔族に押し寄せた。指揮系統を失った魔族は僅かな期間で、北の大地へと押しやられていった。
こうして、魔族の侵攻から始まり、約一年の間に渡って繰り広げられた、人間と魔族の戦に終止符が打たれた。
魔族達の住む北の大地と人間達が暮らす南の大地。それらを隔てる隔絶の山脈の麓、最果ての村と呼ばれるピエタ村でも宴が開かれていた。
「まさか、再び村に返ってこれるたぁ」
「さすがは、勇者様だ」
「これに懲りて、魔族のやつらも当分はこっちにこないだろう」
「魔王の奴、ざまあみろ」
魔族によって村を奪われ、避難していた村人達は戻ってくるとすぐに、中央にある広場で宴を開いた。復興の為に派遣された兵士達も、共に勝利の美酒を味わっていた。そんな村の外れによろよろと歩む一匹の蝸牛がいた。転生した後、残されていた魔法の門(ゲート)をくぐり、そこから幾日もかけ、やっとの事で辿り着いたのがこの場所だった。
「このまま死んだんじゃ洒落にならねえ。しかし、この姿じゃ使える魔力もたかがしれてる。どうしたもんか」
蓄えられる魔力の総量は器(うつわ)によって決まる。今の姿でも魔法が使えないことはないが、魔法の効力は当然ながら魔力の量に比例する。今の器、すなわち蝸牛の姿では大した魔法は使えそうになかった。
「とりあえず、魔力を溜めて、少しでも大きな器を手にいれるしかねえ」
失われた禁呪と言われる《魂の転生(リインカネーション》の術も使用する魔力の量によって転生できる器が決まる。すなわち魔力が溜まったからといって、すぐに人間に転生できるわけでもなかった。今の魔王が本来の力を取り戻す方法は、少しづつ大きな器に転生を繰り返すしかない。
「とりあえず、夜明け前にどこかに身を隠すか。日が当たらなくて、じめじめした場所がいいな」
魔王蝸牛は触覚を伸ばして、キョロキョロと辺りを見渡した。
「あまり、人が通る場所は踏まれちまうからな。この魔王様が村人に踏まれて死んだんじゃ、笑えねえ」
かつては視線だけで、人々を恐怖のどん底に陥れた魔王が、今では村の子どもさえ怖れなければならなかった。
「よし、あそこが良さそうだ」
魔王が目を付けたのは、村の一角にある教会だった。微かな魔力を使い《加速(クイック)》の魔法を使うと、人の気配に注意しながら、教会まで辿り着く。壁を登り、開いていた窓の隙間から中へ入り込んだ。
「しかし、どうやって魔力を蓄えるかだな」
自然界や生きとし生けるものには、必ず魔力が宿る。魔力とは生命の力そのものであり、生命は魔力を摂取することによって生きている。その中でも最も魔力を宿すことができるのは人であり、そして自ら生命を産み出すことのできる女だった。
魔王は魔族の中で「同族殺し」と呼ばれた玄魔族の生まれだ。生きる為には肉親ですら食らうという玄魔族は、魔族の中でも忌み嫌われる種族だった。
しかし彼はある発見をする。女が絶頂に達した時その宿したる魔力が凝縮され解放されることを。そして、その魔力を吸収する術を長い研究を経て手にいれた。それからはあらゆる魔族の女を侍らせ、その魔力を吸う事によって、力を蓄えた。そして、北の大地に住む全ての魔族の王、魔王となったのだ。
「この姿じゃ、女と交わる事もできねえ。もとの力を取り戻すのに、何年かかるんだよ」
絶望に打ちひしがれていると、教会の奥からかすかに女の声が聞こえてきた。押し殺したような吐息は、何かを我慢しているようでもあった。
「この声は、もしかして……いや、間違いない」
魔王は声のもとへと急いだ。
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