第10話 11号館の幽霊
なお、時島の家に泊めてもらうようになってから、知った事がある。紫野が思ったよりも頻繁に、時島の家へと遊びに来ている事だ。ちなみに時島の家には三部屋あって、奥の一部屋には、『絶対に入る』なと時島が言うから、俺は入った事が無い。だが紫野はいつも、その部屋を借りて寝ていく。
――時島との仲の良さが、ちょっとだけ羨ましい。
そんな事を考えて、俺は頭を振った。自分の思考がちょっとよく分からない。
そもそも、俺と紫野も仲が良い方だと思っている。寧ろ俺は時島よりも、紫野と仲が良い。紫野は誰とでも仲が良いし、一緒にいて気楽なのだ。なのに何故、紫野に対して、時島と仲が良い事を羨ましく思ってしまったのだろうか……?
今も紫野と同じ講義の最中で、俺はノートを取っている。
元々書く事が好きだから、ついつい手で書き留めてしまうのだ。紫野はと言えば、机の下で携帯電話を弄っている。本日は11号館で行動分析の講義だ。
そういえば、この11号館には噂があるなぁと、ぼんやりと俺は思い出した。ノートの片隅では、怖い話をまとめている最中だった。講義内容を書き留めつつ、ネタのまとめ作業にも励んでいたのである。
さて――ありがちだが、11号館の屋上から、数年前に女子生徒が飛び降りたというのだ。以来、女の幽霊が出るらしい。
その時、講義が終わった。
紫野がサクッと立ち上がったので、俺もルーズリーフをしまう。
これから二人で学食に行く予定だ。
二人で階段を歩く。並んで降りていたら、遠藤梓とすれ違った。彼は占いが得意な知人で、アシンメトリーの髪をしている。就職先も占い館らしい。特技は西洋占星術との事だった。以前、ライターのバイトでお世話になった事がある。
「お、霧生君、紫野君」
「よぉ、梓」
紫野が微笑みながら、遠藤に片手をあげた。すると遠藤もまた微笑した。
「これから、お昼? 僕も行って良いかな?」
「悪い、左鳥とサボって帰る所」
俺は、紫野の言葉に、『えっ』と思っていた。丁度階段を上がっていく女子学生も驚いたように、こちらを見た。紫野が人の誘いを断る姿は、非常に珍しいのだ。多分、紫野を知る学生なら誰でもそう思うだろう。そして紫野は非常に顔が広いから、そこの女子とも知り合いなのかもしれない。
「そう。残念だね」
遠藤はそう言うと下りていった。特に気にした様子もない。ポカンとしたまま、俺は見ていた。すると紫野が珍しく真顔になった。スッと目を細めて腕を組んでいる。
「帰るぞ」
「良いけど……」
午後は『出欠確認無し』の講義だから、実際帰っても構わなかった。無論、本当は出席すべきだろうが……。それよりも紫野の反応が気になる。
――遠藤と何かあったのだろうか。
聞いて良いのか悪いのか分からないままで、俺は歩き出した紫野に続く。
「俺、アイツの事が苦手なんだよ」
すると、俺の考えを察したのか、苦笑しながら紫野が言った。
「そうなのか? 珍しいな」
「……占ってもらった事があるんだよ。そうしたら、『呪われて死ぬ可能性があるから気をつけろ』とさ」
「え」
「以来だな。信じてるわけじゃないけど、俺が時島の所に行くようになったのは」
なるほどなぁ、と、思いながら、階段を下りきった。
そうして――11号館を出た時だった。
「っ」
紫野が不意に真上を見て硬直した。俺も何気なく視線を追い、思わず目を見開く。
そこから、女子が落ちてきたのだ。先ほど階段を上がっていった女子学生だった。
――嘘だろう?
唖然としていた時……その女子は、地面に激突……しなかった。激突すると確信した瞬間、すぅっと消えてしまったのである。ま、まさか……今のは、11号館の幽霊……?
「さ、帰ろう。サボり、サボり。こんなに良い天気なんだからな」
紫野はそう言っただけで、女子学生の事は何も口に出さなかった。
――屋上には現在立ち入り禁止だし、11号館の幽霊は有名な噂だ。
あくまでも噂だ。きっと、今の光景は、見間違えだ。
暫くしてから、俺は、同じ大学の卒業生である高階さんと、ライターのバイトの打ち合わせをしながら飲んでいる時に、この話をした。すると高階さんの顔色が変わった。
「それ……噂やないよ」
「え?」
「俺の同窓だった。俺が見たのは、落ちてグシャグシャになっとる所だけだったけど」
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