Last ep.次の旅へ……
■後神暦 1325年 / 夏の月 / 黄昏の日 am 10:00
――スラム街 孤児院
「セイル兄ちゃーん!!」
石畳の中庭で遊ぶチビたちがボクを呼んでいる。
ツーク村の一件の後、靴も服も壊れて空を飛べなくなったボクは、馬車でゆっくりとリム=パステルへと戻ってきた。
最後まで、どうやってルーラーからボクを助けてくれたのかは教えてくれなかったけど……
何だかんだパクス=シェルへ出発してから1か月以上の旅。
戻ったときは、エリーゼ先生に泣きながら叱られた、追加の依頼を受けたことを手紙で知らせておくべきだった。
そうして、依頼の報告や靴の修理、その後もリム=パステル内の配達の仕事を受けて、気づけば暦も春の月から夏の月へ替わっていた。
旅に出る前と変わらない生活……
「リリス……どこいっちゃったんだよ……」
そう、街を出る前と変わらない生活に戻ったんだ。
一緒に旅をした相棒がいない生活に。
「セイル兄ちゃんってば!! 院長先生が呼んでるよ!!」
「……わかった、すぐ行くよ」
チビたちに急かされて立ち上がる。
これからも一緒に旅をしようと約束したリリスは街に戻ってすぐにいなくなってしまった。
食べるモノがあって、家があって、快適な服がある。
これ以上望むのは贅沢かもしれないけれど、どうにも満たされない。
「リリスの嘘つき……一緒にお願いしに行こうって言ったじゃん……」
もう何回呟いたか分からない独り言をこぼして院長室へ向かう。
気持ちを切り替えないと、そう思いながらもできない自分が情けない……
「セイル、来てくれてありがとう」
エリーゼ先生は変わらず穏やかな笑顔で迎えてくれる。
「……先生、どうしたんスか? 配達の仕事っスか?」
「ええ、貴方を呼んだのは街の外への配達の依頼があったからです」
「……街の外」
「セイル、貴方が街に戻ってから元気がないのは知っています。
前回も大変だったと聞いてますし、もし辛かったらお断りしましょうか」
「……いや、受けるっスよ」
前回とは違い、先生の言葉を遮らずに聞いてから返事をする。
このモヤモヤした気持ちも街の外に出れば少しはマシになるかもしれない。
「……わかりました。ではお受けすることにしましょう。
良いですかセイル、しっかりと準備し、くれぐれも無茶をしてはいけませんよ?」
「大丈夫っスよ、じゃあボク準備してきます」
「セイル……」
エリーゼ先生に心配そうな顔をさせてしまった。
どうして上っ面だけでも平気なフリができないんだ……ボクのバカ……
自室に戻って荷物を選ぶ。
魔導具の靴、羽の服、そしてリリスがいつも顔を出していたバックパック……
――あぁもう!! 切り替えろ、ボク!!
両手で頬をバチンと叩いて、中庭に向かう。
気晴らしに空を飛ぼう。
「そう言えば、いつ出発なんだろう?」
中庭に出て、配達の詳細を聞き忘れたことに気づいた。
後でエリーゼ先生に聞きに戻らないと、そう思いながら石段に座り、魔導具の靴を履くボクの肩を誰かがポンと叩く。
振り向こうとすると、ふわりと甘い香りが鼻を抜けた。
ボクはこの匂いをよく知っている。
「セイルー、久しぶりだねぇ」
「セイルー、あーしが戻ってきたぞー!」
「姐さん!! それにリリス!!」
控えめに笑う姐さんの横でニカっと笑う金髪の妖精。
なんだよ……なんだよ……勝手にいなくなってボクがどれだけ心配したと思ってるんだよ。
ボクの気持ちを察してか、姐さんが口を切る。
「あ~セイル……リリスがいなくなったのは僕のせいなんだ……ごめんね」
「あーしが妖精族の故郷に帰るのはミーツェの力が必要だったんだぁよ。
でもね、どうしてもセイルを連れていけなくてさ……ごめん」
「じゃあ置手紙でも書いてくれれば良かったじゃん! 姐さんも教えてくれないなんてヒドいっスよ!!」
「あーし、字書けないもん」
「僕もちょっと忙しくて……」
そう言われてしまってはボクに返す言葉はない。
特に姐さんにはワガママを言ってしまった自覚はある。
「はぁ……もういいよ……
そんなことより、また街の外に配達の仕事を受けたんだ!
リリスも一緒にいくよね!?」
「もっちろん、あーしはセイルの相棒だかんねぇ~」
いつものようにリリスはバックパックに飛び込んで定位置につく。
横目に映る彼女を見て、ボクのモヤモヤはスッキリと晴れた。
次の旅も、その次の旅も、少し生意気だけど素直なこの相棒と一緒に飛ぶんだ。
嬉しくて綻ぶボクの顔を一陣の風が撫でていった。
――――End――――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『風の配達人』をお読み頂き、ありがとうございます!
この後は、後日談と別視点の話を挟んで本当に物語が結びとなります。
タイトル回収もまだなので、アマリリスに語らせてやってください。
ですので、もう少しだけ、お付合い頂ければ幸いです。
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