ep9.旅の目的 アマリリスの本音

■後神暦 1325年? / ?の月 / ?の日 時刻不明


――???


 なんだろう、ふわふわで温かい何かに包まれている。

 森にこんな気持ち良いモノがあるはずがない、だから……


 ――やっぱり、死んじゃったのかぁ……


 そう考えるのが自然だ。

 でも、そう悲観はするばかりではない。

 リリスは言っていた。


『人は死んだら大切な人の記憶を辿って生まれ変わる』


 きっとまた彼女に会える。

 だから今はこの気持ち良いふわふわに身を任せよう。

 そう思っていたのだけど……


 ぺちぺち、ぺちぺちと頬を叩かれている気がする。

 誰だよ、せっかくの良い気分が台無しだろう?



 ……ル


 ……イ……ル


「セイルーーっ!!!!」


「わぁぁぁぁぁ!! って、はぇ? ここどこ!?」


 聞き覚えのある大声で一気に覚醒して身を起こす。

 見回すと全体的に小さな家具、子供部屋か?

 身体の感覚もいつもと変わらない、何より目の前には涙目のリリスがいる。

 もしかして、ボクって生きてる……?



「リリス……本物だよね? ボクの妄想が作った偽物じゃないよね?」


「なに言ってんの? あーしを妄想するとかちょっとキモい……」


 この生意気さは本物のリリスだ。

 だけど、今の状況が全然分からない。



「ボクたち、森でルーラーを見つけたよね?」


「うん」


「撃ち落されたよね?」


「うん」


「リリスに逃げてって言ったよね?」


「うん」


「なんでボクの目の前にいるの?」


「……うん」


 返事だけだったリリスはぽつぽつと話し出した。

 ここはツーク村の家主が留守にしている家で、アドリアさんが使って良いと言ってくれたらしい。

 そしてボクがここにいるのは、距離を無視して移動できる力を使ったからだそうだ。



「……何その反則魔法」


「魔法……じゃないんだぁよ。

あんね、実はあーし、一回だけ使える、”切り札”を持ってたんだぁ……」


「すごいじゃん」


「うん、すごいよ。大抵のことは解決できちゃうって分かってたかんね」


 リリスは”金属の杭”を握りしめて目を伏せる。

 どうも切り札と呼ぶ力の正体は話したくなさそうだ。

 だったらボクが無理に聞き出すの違うと思う。



「でね、今まで使わなかったのは、今回の旅がテストだったからなんだ」


「力を使わないで旅するのが条件ってこと?」


「そ。あーしってさ、性格こんなじゃん? 直そう直そうって思ってはいたけど、上手くいかなくって……故郷だとボッチだったんだぁよ。

仲良くしてくれたのはティスくらい。でもミーツェと旅に出ちゃったでしょ? 

いよいよ独りになったから、ばーちゃんに街で生活させろって毎日駄々こねたの」


 駄々こねたって自分で言うんだ……まぁ、素直で良いけど。

 でも段々分かってきたぞ。



「リリスが街でやっていけるかのテストに姐さんが協力したってこと?」


「うん、ばーちゃんがミーツェに相談して、丁度セイルの依頼があったから着いてくことになったんだぁよ……」


 リリスは真っ直ぐにボクを視る。

 そして勢いよく頭を下げた。



「ごめん!! あーしのせいでピンチになったのに、あーしがギリギリまで切り札を使うの迷ったからセイルがボロボロになっちゃたぁよ……ごめん、ごめんなさい……

結局、あーしは自分のことしか考えてなかった……セイルと一緒にいて変われたかなって思ってたのに……やっぱりワガママな奴だぁよ……」


 なんて返すのが正解だろう。

 『ボクは大丈夫』、違うな、実際ヤバかったし、嘘を吐いても響くはずがない。

 『ワガママじゃない』、これも違うな、多分リリスは肯定して欲しいんじゃない。


 それに力を使ったってことはテストには失敗したってことだ。

 一緒にいられなくなるのは嫌だな……


 ダメだ、あれこれ考えても無意味だ、思ったことを話そう。

 ボクも素直な気持ちをリリスに言うんだ。



「リム=パステルの外ってさ、意外と景色が変わり映えしなかったよね」


「……うん」


「グロワール様の屋敷はビビったけど、知らない街ってワクワクしたよね」


「……うん」


「お尻の唄はちょっとアレだけど、シリ=ル=ヒップも畑が広くてすごかったね」


「……うん」


「ツーク村もさ、姐さんたちの軌跡を辿ってるようで冒険気分だよね」


「……うん」


「ボク、森で死ぬかもって時に『もっとリリスと旅がしたかった』って思ったんだ」


「…………うん」


「だからさ、そうしようよ。ボクも一緒にリリスのおばあちゃんにお願いするよ」


「………………うん!」



 目に涙を溜めつつも、いつものように八重歯を見せてリリスは笑ってくれた。

 たぶん、これが正解だ、そう信じたい。


「……ありがとう、セイル」



 締めきった部屋でボクの顔を一陣の風が優しく撫でた気がした。

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