ep4.農業都市 シリ=ル=ヒップ
■後神暦 1325年 / 春の月 / 天の日 pm 03:00
――農業都市シリ=ル=ヒップ
「ここが”お尻の街”!!」
「……違うって、”農業の街”だよ」
シリ=ル=ヒップは国内でも屈指の農業生産を誇る街とグロワール議員から聞いた。
その言葉にふさわしく、周りは広大な農地、街には大きな倉庫、まさに国の食を支える街の一角だ。
「さて、デンブさんの家を探さないとね。
リリス、街で絶対にあの唄は歌わないでよ? たぶん街の人ブチ切れるから」
パクス=シェルから5日でこの街に到着したワケだけど、よっぽど都市名がツボに嵌ったのか、道中、リリスはずっとお尻をテーマにした自作の唄を歌っていた。
「だいじょーぶだぁよ、あーしだって空気くらい読めるってのぉ」
――♪♪♪~♪♪~♪~
そう言って鼻歌を歌いだすリリス。
どう聴いても彼女作曲の”お尻の唄”のメロディー、マジで止めてほしい。
「お尻しりしり~シリ=ル=♪ …………ハッ!!?」
「釣られてんじゃ~ん、キャハハ」
鼻歌に合わせて歌ってしまった……
くそぅ……悔しいけれど、キャッチーなんだよ。
完全に焼きついちゃったじゃんか……
ボクはリリスの悪ふざけを振り払うようにずんずんと街の奥へと進んだ。
街の人へ聞きこむと、デンブさんの家は街の外れにあるらしい。
声をかけた人たちの反応が芳しくなかったけれど、一先ず彼の家へ向かうことにした。
――街外れ デンブ宅
「ここがお尻さんち!」
「デンブさんね……リリス、お願いだから本人の前で言わないでよ?」
リリスに釘を刺して家の扉を叩く。
ややあって、茶色の長髪を一つに結った壮年の男性が出てきた。
種族は
彼は腰を落としてボクと目線を合わせて笑った。
「おや、鼠人族と妖精族のお客さんとは珍しい、どちら様かな?」
「配達人っス! パクス=シェルのグロワール様からデンブさんへお手紙っス!!」
「あぁ~そうだったんだね! わざわざ、ありがとう」
「えっと……貴方がデンブさんっスか?
グロワール様からはご高齢と聞いていたんスけど……」
「そうか……グロワールさんと……
少し、話さないかい? 安物だけどお茶も淹れよう」
事情がありそうだけど、悪い人ではなさそうなので、誘いを受けることにした。
そうしてテーブルを挟んで男性と向きあって座る。
使い込まれた木製のカップに注がれたお茶を飲み一息つくと、彼は話し出す。
「自己紹介がまだだったね、私はケッツ、デンブの息子だよ」
(セイル、セイル!! まぁたお尻だって!!)
サクサクとクッキーを食べていたリリスがボクの耳まで飛んできて耳打ちする。
ボクもそう思うけど、本人を目の前にして本当に止めて欲しい。
「ボクらも名乗らないですみませんっス。
ボクがセイルで、こっちの妖精族がリリスっス!」
「セイルくんにリリスちゃんだね。
手紙のことなんだけど、父さん……デンブはもういないんだ」
「どういう……」
「死んだんだ、寿命だね。142歳、けっこう長生きだったと思うよ。
それでこの手紙は父さんとグロワールさんが年に数回、手紙でやりとりしていた遊びなんだ」
ケッツさんが指差した先は、小さなテーブルと、そこに広げられた遊戯盤。
手持ちの駒を動かして、相手の
「手紙で次の手を書き合うんだ。
父さんは昔、軍人でね、グロワールさんと同期だったんだんだよ」
「グロワール様が……意外っス」
「そうかい、やっぱりだね。
私も父さんから聞いた話では厳つい軍人の印象はなかったんだよ」
懐かしそうにフフっと笑い、ケッツさんは続ける。
「二人が退役して、父さんは故郷のこの街に戻るとき、グロワールさんとずっと楽しんでいた
「それで手紙っスか?」
「そう、向き合えば長くても数時間で終わる勝負を何年も何年もかけて。
ゆっくり、時間をかけて次の手を考えるんだって楽そうに話してたよ。
きっと、父さんにとって特別な時間だったんだろうね」
グロワール様とデンブさんの間に確かな友情があったのだと感じた。
でも、そうなると次に気になることがある。
ボクの疑問を察したようにケッツさんは手紙を撫でて答えを教えてくれた。
「父さんが死んだ後は私が引き継いだのさ、この勝負は父さんの生涯の一部だったからね。
晩年は寝たきりの父さんに代わって私が代筆してたし、勝負の流れも見てたんだ」
「グロワール様はデンブさんのことは知らないんスね……」
複雑な気持ちになった。
友人の死を知らないのは悲しいことだけど、ボクにはケッツさんが黙ってデンブさんのフリをしているのは優しい嘘に感じたんだ。
「まぁ、あと数手で私が負けそうなんだ。
だから、その時に父さんが死んだことを伝えて謝罪するつもりだよ」
そうして、手紙を開封してボクたちにも見せてくれた。
「あれ……?」
ケッツさんが怪訝な顔をする。
「いつもは次の手が書かれてるだけなんだけど……」
確かに差し手と思われる一文の下に更に文章が続いている。
その書き出しが目に入ってしまったが、すぐに目を逸らす。
そして何も言わずにケッツさんの家から出た。
ボクの背中には彼の嗚咽が小さく響いていた。
――『親愛なる友の息子 ケッツへ』
手紙の書き出しにはそう書かれていたんだ。
「……グロワール様、ケッツさんのことや代筆してることも分かってたんだね」
「魔人族の寿命なんて短いんだから当たり前じゃなぁい?」
そう、彼らの寿命は短い、長く生きれて140年程度。
魔人族の倍は長く生きれても、種族全体の中では寿命の短い鼠人族のボクにとって、ケッツさんの気持ちに共感できてしまうんだ。
「ボクたちって死んだらどうなるんだろうね……
何もなくなっちゃうって思ったらちょっと怖いな……」
「えぇ~セイル知らないの~? 死んだら次の生まれ変わりを待つんだぁよ?」
「は……?」
しんみりとした気持ちだったけれど、リリスはあっけらかんと言い放つ。
「
死んだ人は風や光みたいになって、大切な人の記憶で生きる。
そんでその人の想いを辿って、また形を得るんだぁよ。
ばーちゃんがそう言ってた!」
「……へぇ、それって何か良いね」
「でしょ~? セイルはあーしが覚えてといてあげる!
――そっか、そうだといいな。
リリスと笑い合うボクの顔を一陣の風が優しく撫でていった。
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