ep3.妖精の少女 アマリリス

■後神暦 1325年 / 春の月 / 地の日 am 11:30


――パクス=シェルへと繋がる街道


 ボクの暮らしていた街、リム=パステルを出発して丁度1週間。

 今日も快晴の空を風を切って進む。



「ねぇ~え、そろそろ降りて歩かなぁい? 空からの景色にも飽きちゃった」


 バックパックから上半身だけ出して、そうねだるのはアマリリス。

 ピカピカの金髪を二つに結び、空色の瞳と褐色肌の妖精族、愛称はリリスだ。

 故郷で『旅がしたい』と駄々をこねて、困った姐さんが街の外へ配達に行くボクに頼んだ、と言うワケらしい。



「いいけど、少しだけね。あまりのんびりもしてられないからさぁ」


「それはセイルが知らない人とか助けてたから遅くなったんじゃ~ん」


 川の近くでぬかるみに嵌った馬車を助けたことを言ってるのだろう。

 魔法で軽くできるんだから、助けれるなら助ける、間違ったことしたつもりはない。



「そんなに時間かかってないと思うけどね」


「魔獣がいたら飛んでるクセにビビって遠回りするしさぁ、よわよわじゃ~ん」


「魔獣は危険なんだ、普通の獣と違って人を狙って襲うの知ってるでしょ?」


 負けずに言い返すも、リリスは眉を『ハ』の字に下げてボクをバカにする。

 妖精族って、もっと神秘的な種族だって思ってたけど、イメージぶち壊しだ……

 でも姐さんは『少し意地悪だけど根は良い子なんだ』って言ってた。

 その言葉を信じよう、それにもうこの態度にも慣れたものだ。



「ミーツェなんか、こ~んなおっきい魔狼を倒したってティスも言ってたんだから!」


「ティスって姐さんの相棒の妖精族の人だよね? 

街でも姐さんと一緒に魔物の大群と戦ってたよ。

ティスさんから聞いた風に話してるけど、リリスはそのとき何してたの?」


「…………」


 リリスが黙り込む、これって反撃のチャンスでは……?



「あれ? あれあれ? もしかしてビビって隠れてたとか?」


「~~~っ!!」


 図星だったのだろう、やってやったぜ……!

 小さな手でポカポカ叩いてくるが全然痛くない。

 生意気なクセにビビりで嘘も吐けない、確かに姐さんの言う通り、良い子なのかも。



「もう! 早く降りてよ~!! あーしは地面から景色が見たぁいの!!」


「はいは~い、魔獣が出たら一緒に逃げような~」


 思えば今回の配達の旅、リリスと一緒で良かったのかもしれない。

 一人で黙々と飛び続けるよりずっと賑やかで楽しい。


 ボクたちは軽口を叩き合いながら、ときに空を飛び、ときに街道を歩き、あっという間にパクス=シェルまでの残りの道のりを踏破した。



――第二都市パクス=シェル グロワール邸



「よく来てくれた、君はベリル殿の商会の所属かい?」


「あ、いえ、ボ……私はブラン商会の配達人っス、です」


(セイル、なんか言葉遣いキモいよぉ?)


 バックパックに隠れたリリスがボクに聞こえる程度の小声でバカにしてくる。


 黙ってくれリリス。

 パクス=シェル議会員への書状の配達とは聞いていたけれど、まさか配達先がこんな豪邸だと思ってなかったんだ。


 ベリルさんと同じ、狼の特徴を持つ狼人族ろうじんぞくのグロワール議員は、ブラン商会を『聞いたことがない』と少し訝しみつつも、書状に目を通していった。



 い、胃がキリキリする……旅は楽しかったけど、この時間は楽しくない……


 …

 ……

 ………

 …………


「ふむ、なるほど……セイルくん、よく書状これを届けてくれた」


「へ……?」


 グロワール議員は立派な髭を触りながら、書状の内容をかいつまんで教えてくれた。


 最近、リム=パステルボクの街に大災害が起きたこと。

 それを収束させた姐さんが各商会長に推され、ブラン商会を立ち上げたこと。

 災害の事後処理は終わったけれど、パクス=シェルも警戒した方がいいこと。


 本来ならばリム=パステル議会から真っ先に連絡が入らないといけないところを、混乱する議会を見かねたベリルさんがグロワール議員宛に今回の書状を書いてブラン商会に配達を頼んだそうだ。



魔物の大発生スタンピード、大変だったようだね。

ところで、君はとても優秀な配達人と書いてあった、雇い主のブラン会長からも絶賛されているそうじゃないか」


「え!? マ、マジっスか!? うぇへへへ、そんなことないっスよぉ~」


(何その笑い方……キモーい……)


 黙ってくれリリス。

 ボクは姐さんに褒められて、今、とっても気持ちいいんだ。



「そこでだ、私からの依頼も受けてくれないか? 

報酬は前払い、内容はこの手紙の配達だ」


 差し出されたのはたった一枚の手紙。


「分かりましたっス! 何処に届ければ良いっスか?」


 すっかり上機嫌なボクは言葉遣いも忘れ、即決で依頼を受けた。

 多少帰り道が遠回りになったとしても、追加の仕事はありがたい。

 たくさん稼いで姐さんとエリーゼ先生を驚かせてやろう。



「そうか! ありがとう! 

届先はこの街から東、”シリ=ル=ヒップ”という街がある。

そこの”デンブ”という老人に届けてほしいのだ」


「…………」


 グロワール議員の顔は至って真面目だ。

 でもボクはどうしても彼の口から放たれる言葉たちに、を連想せざるを得なかった。

 必死にを掻き消そうとする中、バックパックの相棒はどこ吹く風で笑い出す。



(なぁにそれ~、全部”お尻”じゃん、キャハハ)


 黙ってくれリリス。

 でも、ボクもそう思うよ……

 笑うな、笑うな、ガマンするんだ、ボク!!



 締めきった室内で、ボクの顔を一陣の風が呆れるように撫でていった。


【アマリリス イメージ】

https://kakuyomu.jp/users/kinkuma03/news/16818093077435129107

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