ep6.憧れの人 勇気を出せ!!

■後神暦 1325年 / 春の月 / 海の日 pm 00:00


――ツーク村 入口前


 アドリアさんの家を出てすぐに魔導具の靴と羽の服、そしてボクの魔法で空を飛んだ。

 風に乗って村の入口の上空まできたところでリリスがぼそりと言った。



「セイル、あーし知ってる、魔狼まろうだぁよ、アレ」


「……うん」


 ツーク村の人たちが十数頭はいる魔狼を村に入れまいと必死に入口を守っている。


 魔獣、それは体内に魔石と呼ばれる鉱石に似た塊を宿した獣だ。

 特徴は通常の獣よりもずっと大きくて狂暴、中には魔法を使える特殊な魔獣なんかもいるらしい。


 ボクも街の外に出て、魔獣を初めて見たけれど、兎の魔獣ですら恐怖を覚えた。

 それが狼なんて……


 意気込んで出てきたのに、いざとなると怖い。

 降りて戦うなんて考えられない。

 暫く意味もなく旋回を繰り返す。

 そして……



「リリス、やっぱり戻ろう、ボクじゃ戦えないよ」


「……だぁね」


 いつもなら『よわよわじゃ~ん』と、からかってくるリリスもおとなしい。

 でも、彼女の場合、ボクと違って怖いからじゃない。

 リリスが旅の道中に何度も話していた、姐さんとティスさんの『魔狼との戦い』。

 恐らくその時、怖くて隠れてしまった自分を思い出して悔しいんだ。



 気持ちは分かるよ、でもごめん……!


 葛藤はあった、それでも恐怖が勝り、村の中へ引き返す。

 広場まで飛んできたところで、またリリスが声をあげる。

 しかも声色から焦っていることがすぐに理解できた。



「セイル! あそこ見てっ!!」


 リリスが指差す先に目をやると、村に入り込んだ一頭の魔狼。

 どうやって入り込んだか分からない、でも、今考えるのはそれじゃない。

 魔狼の進路上に子供を連れて避難しようしてる村民がいることが空からだと見える。



 ――どうする、どうする、どうする……?



 頭では悩みながら身体は自然と動いていた。

 急降下からの地面近くで”重さ”を調整してふわりと着地。


 もうやるしかない。


 すぐに石を拾い、魔狼に投げて挑発する。



「こいよクソ狼っ! が遊んでやる!!」


 ずっとあの人に憧れていた。

 だから言葉遣いもマネしていた、少しでも近づけるように。


 カッコつけといて、石を投げるだけなんて我ながら情けないとは思う。

 それでも、今はあの人みたいに、メルミーツェ=ブランみたいに勇気を出すんだ……

 街の為にバケモノにも立ち向かった姐さんみたいになるんだ!!



「きたぁよ!!」


 魔狼はこちらを標的と定めたようだ。

 リリスと叫びに合わせて、襲いくる大きな爪を飛退いて躱す。

 そして咄嗟にまた石を拾った。



 次はどうする……!?


「セイル、飛ぼう! 上から投げよう!!」


「だね! さすがリリス!!」


 靴底から風を噴射して一気に飛び上がった。

 魔狼はどうにもできずに、その場でグルグルと回っている。



「セイル、見てアレ! や~い、バーカバーカ!」


「急に強気じゃん……でも、ここからなら一方的に狙えるね」


 それに思いついたんだ。

 ボクの魔法とくぎ


 眼下の魔狼目がけて石を投げる。

 そして……――


「”重く”なれぇぇぇ!!」


 ボクの手を離れた石はぐんぐんと加速して、すぐに目で追えなくなった。

 一瞬だった……石が視えなくなったと思った次の瞬間、”ギャンッ”と魔狼の断末魔と、メキっと硬いものが割れる音が同時に聴こえた。



「うわぁ~グローい……」


 リリスがそう言うのも分かる。

 ボクが投げた石は運よく魔狼の頭に当たった……当たったけれど……

 もうぐちゃぐちゃだ、何か色々飛び散って気持ち悪い……



「と、取り合えず、威力は十分……なのかな?」


「うんうん! セイル、すごいって! 

今ならみんなの力になれるんじゃなぁい!?」


「……そうだね! ありったけ石拾っていこう!」


 ボクたちはいそいそと石をかき集めて再び空に飛び上がった。


 ――さっきは逃げちゃったけれど、今度こそ……!!



 滑空するボクの顔を一陣の風が鼓舞するように撫でていった。

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