第3話猫耳
明くる日。
俺は若干寝不足気味で学校の自席に着席していた。
俺と美優は下校は結構一緒になるが、美優は低血圧で朝が弱いため、登校時は一緒にならないことが多い。
大喧嘩して結構怒らせてしまった昨日の今日だし、今日は特にLINEでの連絡もなく、俺は美優のことを待つこともなく、真っ直ぐに学校に来たのである。
昨日はバカなことをしたせいで無駄に時間も頭も使い、疲れてしまった。
昨日の最後のDMを送ってから美優の返信はなかったから、無事に美優はあの大爆乳女子からのアドバイスDMをイタズラ目的のものと理解してくれたはずだ。
とりあえず今は安心していいのだと納得して、俺は授業開始までの時間をスマホを見ながら過ごしていた。
「おはよーみんな!」
と――その時だ。
知っている快活な声が教室に響き渡り、俺は顔を上げた。
見ると――美優の親友である山本ひよりさんがみんなに愛想を振りまきながら教室に入ってきて、寝不足の俺の顔を見ると、露骨に面白そうな表情を浮かべた。
山本さんは自分の席にバッグを置くこともなく、真っ直ぐに俺のところにやってきて、俺の前の席である有野君の席に着席した。
「昨日、美優にバケツで水ぶっかけられたんだって?」
俺は露骨に嫌な表情を浮かべた。
「バケツじゃない、花瓶だよ、山本さん。山本さんこそ美優と一緒じゃなかったのか?」
美優は俺と喧嘩したり、俺が風邪を引いて休んだりする場合は、親友である山本さんを誘って登校してくる事が多い。
だから今日はてっきり俺じゃなくて山本さんと登校してくると思ったのだけれど……予想は外れた。
「んーん、今日はなんか用事があるから先に行っててって。私は逆に鈴原君と一緒に登校してくると思ってたんだけど」
「用事……? なんだアイツ、野暮用でもあんのかな?」
「詳しくは聞かなかったけど。なんだ、ウチらの中で美優が最後に登校してくるなんて珍しいね」
山本さんは真剣に珍しそうな口調で言う。それはその通りだ。
美優は俺の前では昔通りの至ってガキ大将なままでいるけれど、学校や人前ではそうではない。
その見た目通り、清楚で、お淑やかで、常日頃から誰に対しても完璧な優等生を演じているから、登校するのも早い。
気がついたら学校に来ていて、着席したまま静かにヘッセの『車輪の下』などを読み、完璧な清楚可憐美少女に「擬態」しているのが常なのであるから、彼女がHR十分前の現在、学校に来ていないということは結構珍しいことなのである。
「確かに珍しいな。山本さん、アイツ、休むっては言わなかったんだよね?」
「言ってなかった。ただ先に行っててって」
それを聞いて少し安心した。その安心の理由は、昨日の大爆乳女子のDMの一件でショックを受けて絶望した美優が急に高熱を出したりして臥せってしまった可能性である。
流石に美優はそこまで紙メンタルではないとは思いたいが、貧乳を気にしているのは事実だし、俺が昨日、結構ひどいことをしてしまったのも事実だ。
俺が内心ほっとしていると、なんだか山本さんがニヤニヤして俺を見つめた。
「……何?」
「いや別に。やっぱり鈴原君と美優って、凄く仲が良い幼馴染なんだなぁって」
なんじゃそりゃ。
俺が首を傾げると、山本さんが俺の顔を覗き込むようにした。
「ねぇ、鈴原君と美優ってさ」
「うん」
「本当に、付き合ってない、付き合ったこともないの?」
「付き合ってないし、付き合ったこともない」
俺は即答してから、腕を組んで堂々と宣言した。
「もう付き合うとか付き合わないとか、俺たちはそんないい加減な仲じゃない」
俺はつらつらと説明した。
「美優とは生まれた病院まで一緒なんだぜ? 家も近所だし、親も親友同士。オムツしてた頃から一緒にいて、既に俺の人生シーンにはアイツが隣に居なかったことの方が珍しい。子どもの頃は一緒に風呂にも入ったし、ひとつの布団で寝てた。付き合ってなくてもそれぐらいはしたぞ」
俺は断固とした口調で言った。
「男と女なんて、付き合えばこそ別れが来る。好きになればこそ嫌いにもなる。仲が良いから喧嘩にもなる。だけど俺たちはもう殴り合いの喧嘩なんて一万回以上はやってて、なおかつ一万一回の仲直りが出来ているから今がある……」
そう、美優の方も、俺に対しては間違いなくそう思っているという確信がある。
俺は自信を持って答えた。
「だから、俺たちは付き合ってない。もうそれらを超越した仲だと、少なくとも俺はそう思ってる」
俺の断言に、アハハハ、と山本さんが声を出して笑った。
「いやー、キモい。流石にそこまで家族でもない女の子のことを断言できるのはクッソキモいわ」
「なんとでも言ってくれ。そしておそらく、美優の方も同じように言うだろうからな」
「まぁ、だろうなとは思うよ。私といても基本的に美優は鈴原君のことばっかり話すし。たまにリアルに嫉妬するんだぜ?」
山本さんは安心したように目尻を下げた。
「これでもね、結構心配してたんだよ? 昨日はあの優等生美少女気取りの美優がブチ切れて花瓶の水までぶっかけたって聞いて。今度こそ本当に亀裂が入ったんじゃないかと思ってたけど……その心配はなさそうね」
「ああ、ないな。俺と美優を心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ」
「まぁ、だろうなとは思ったけどね。今度一緒に遊んだときにソフトクリームでも奢ってよ。私の心配代はそれでチャラにしてあげる」
「なッ――!? そ、それは理不尽だぞ! 山本さんが勝手に心配したんじゃないか! なんで俺が奢るんだよ!?」
「別にいいじゃん、山本君って基本的に美優には財布出させないし。鈴原君のそういうところ、私は好きだよ?」
「そっ、その手は食うか! 褒め殺しで人に集ろうたってそうは行かないからな!」
「はーい、それじゃ朝のHR始めるぞ。席に着け」
そこで担任の堀山先生が白衣を颯爽と靡かせて教室に入ってきて、教室の各所で雑談に応じていた生徒が一斉に席に着席した。
堀山先生は出席簿に視線を落とし、次に教室を見渡した後、んん? と怪訝な唸り声を上げた。
「おや、珍しい……。
当然、という感じで、堀山先生は俺に訊ねた。
教室で美優のことは俺に、俺のことは美優に尋ねるのが、この教室ではほぼ当然のことなのである。
俺は挙手して答えた。
「なんか用事があるから遅れるって聞きました。登校はすると思いますよ」
「そうか、そりゃ安心。しっかし珍しいな、あの優等生の斗南が遅刻するとは……まさかいつぞやの船坂みたいに血だらけで登校するんじゃないだろうな、アイツ」
どっ、と、そこで笑い声が起こり、名指しされた船坂紋次郎が照れたように笑った。
その笑いが落ち着いた辺りで――堀山先生が「まぁいい、出席を……」と、そう言いかけたときだった。
「あっ、あのっ! すみません、遅刻しましたッ!」
その声とともに、ガラガラッと勢いよく教室のドアが開き、美優が随分慌てた様子で教室に駆け込んできた。
美優は教室に一歩入るなり、汗だくの顔を俯け、膝に手をついてゼェゼェと苦しい呼吸を繰り返している。
なんだか、随分慌てて走ってきた様子の美優に、堀山先生がちょっと驚いたように美優を見た。
「だ、大丈夫か斗南? 随分走ってきたようだが……」
「す、すみません、ちょっと登校前に色々ありまして……もう大丈夫です、遅刻してすみません」
「色々あった? そりゃなにかよっぽどの用事で……」
そこでようやく呼吸が落ち着いてきた美優が――上半身を起こした。
なんだアイツ、何をあんなに慌ててんだろう。
そう思った俺まで眉間に皺を寄せて美優を見つめた、その途端。
俺は椅子ごと背後にひっくり返りそうになった。
アッ、と、教室の誰かが数人、声を上げた。
当然、目の前の美優を見ている堀山先生も、美優の頭に突如生えた「それ」を見て――仰天したように目を見開いた。
「ほ、斗南……」
「は、はい」
「お、お前……大丈夫か!? 登校前に何があった!?」
「大丈夫、です。特に何にも巻き込まれてません」
「おっ、お前ぇ……! じゃあなんだ!? 突然何を考えたんだ!? なんだその頭のそれは!? 一体全体何に巻き込まれてそんなもんつけて登校してるんだ、お前は!?」
その素っ頓狂な堀山先生の声に、美優の白い頬が、ものすごい勢いで真っ赤に色づいた。
しばらく、好奇の視線の十字砲火に晒された美優は――消え入るような声で、言った。
「な、なんでもない、なんでもないんです。あの、今日はこの……ねっ、ネコミミを、つけていて、遅刻しました……」
◆
引っ越しのストレスが極地に達したので
思いつきで下ネタな話を掲載します。
完全にストレス発散目的の書き溜めナシ、
しかも原稿ナシのカクヨム直書きですので
いつぞや飽きて連載停止するかもわかりません。
「もう少し続けてくれ」と思っていただけた場合は、
たった一言
「続けて」
とコメントなりレビューなり★なりをください。
それ以外の文言は一切要りません。
「続けて」だけで結構です。
よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます