3-2

 夏休みが明けても私は放課後教室に残った。砂時計を眺めていると、時間が小川のように静かに流れていくのを感じられ、自分がその水の底にでも沈んでいくような気分になった。

 深夕さんに会う件でやりとりしてから、私は以前より冬木と喋るようになった。そこで式露夏が冬木の昔馴染みであることを知った。

「露夏と最後に会ったのは暑い日だった」

「好きだったの?」

「そんなんじゃないと思う。でも、大切だったと言う意味では、そう違いはないかもしれない」

 墨華は落ちきった砂時計の上に乗ることが多くなった。普段はそこらを飛んだり窓枠に留まって小首を傾げたりしているが、砂が止まれば逐一舞い戻ってくるのである。お陰で私はひっくり返すのに敏感になった。

 砂時計の上に墨華が降りたのを見て、私は読みかけの文庫に栞を挟んだ。冬木の方はまだ砂が流れていた。

「深夕さんについては?」

「実のところ、あんまり覚えていない。なにせ僕が露夏と遊んだのはいつも公園とかで、家にお邪魔することは少なかったから。そもそも僕は中学まで私立に通っていて学校が違ったわけだし。あの日はたまたま誘われたけど、お姉さんは部活の合宿だったみたい」

 それから冬木はしばらく黙然と文庫に目を落としたが一向にページをめくらなかった。そのうちに砂時計が落ちきって静かに本を閉じた。彼は砂時計を返さず、底をなぞるように指先で触れた。

「露夏が当時好きだった小説で、お姉さんに借りたものがあった」

 ファンタジー小説だという。冬木も読んだことがあるようで、冒険物語を主体とした長編小説だった。

 大昔に討ち取られた巨龍の断片が今もなお影響を及ぼしている。一部の人間は古龍の影響を色濃く受け継ぎ、その家系は世界にいる龍を従えられる。反面、兵器として扱われた歴史もあった。主人公の女性はそういった家系の人物だった。彼女の隣にはいつも深い緑の鱗を纏った龍がいた。

 その主人公にも昔馴染みの男の子がいたらしい。

「その子も火事で生き別れたんだと」

 ヒロインの冒険は、その昔馴染みを探す旅だった。龍の背に乗り遺跡を飛んだ。海底を泳いだ。砂上に風を起こした。森の木々を揺らした。

 露夏はそれらの冒険譚を、さぞ楽しげに、あたかも自分が経験したかのように語ったという。きっと彼女は想像するのが好きだったに違いない。それを語るのはもっと好きだったのかもしれない

「辿り着いたのは朽ち果てた街の一角だった。昔馴染みはそこで強く生きている。それから、二人で世界の秘密を巡る物語がまた始まる」

 冬木は閉じた本の角をパラパラとめくった。

「こんなことを今になって思い出すのは、もしかしたら露夏がそんな風にしてどこかで生きているんじゃないかって、嘘でも、紛い物でも、期待したいんだろうな」

「……まぁ、期待するのは自由だし」

「現実はなかなか残酷だけれどね」

 私は、そうだねとしか言えなかった。

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