1-8
亀山駅で折り返し、トロッコ嵐山駅で下車した。直ぐ傍に竹林の道が続いており、皆揃って足を向ける。嫌味なほどに晴れ渡った空から熱い日差しが照りつけて、数分歩いただけで私は額に汗を滲ませた。日焼け止めは塗ってきたが、、この分だと直ぐに流れてしまうだろう。どこかの折りに塗り直さねば。
「着物かわいいなぁ」
「大学生になったら一緒に着てみたいね」
「嵐電に映えスポットあるらしいよ」
「あ、それ見た。後で行こっ」
「英波も行くでしょ?」
女子たちが、すれ違う着物姿の女性を見てはきゃっきゃと騒いでいる。映えスポットとやらに特別興味はなかったが、こうして制服姿で巡る機会なんてあまりないし、きっと思い出作りにはうってつけだから、行く価値はそれだけで十分あるだろう。そもそも、私に断る気は更々ない。
「うん、行くー」
私は舌先で気軽に答えた。
京都と言えば古き良き日本の美を担っている町だ。通りを歩けば神社仏閣庭園老舗。そんな風景が視野を埋めるという印象を持っていた。実際訪れてみて、さすがにそこまでではなかったが、それでも、住宅地に囲まれて育った私からしてみれば、日本の懐かしさのような感を覚えるには十分だった。
ともすれば、トロッコに乗って山野を突き進んでいくのだから面白い。庭園で借景をしたくなるのも頷ける。手元で箱庭を作って遊び呆けていては、定めて通り一遍のガラクタができあがるだけだ。もちろん、個々によって違いはできるだろうし、精魂込めて磨き上げられれば
でも今、私は世界を許している。だから逆説的に、周りも皆、ただの石なのだ。保津川の渓流で見た、あの丸い石と同じなのだ。
これだけ人がいれば、墨華にとっても好適な遊び場となる。あちらの頭、こちらの肩と飛び回っては当人たちをつついたりしていた。ちょうど乗っていた男性が急に走り出した時に、驚いて頓狂な聲を上げたのには思わずほくそ笑んでしまった。
それから降り立ったのは着物姿の女性だが、墨華はその髪飾りに一時魅せられていた。短い黒髪に桔梗の飾り。連れの女性は天衣無縫の感があるが、それに比して桔梗の女性はどこか
「見て、綺麗っ」
クラスメイトの女子が指した先に、何本もの細い円柱が立っていた。各々は和風で煌びやかな紋様で彩られており、ガラスに収められているからかレトロな印象を受ける。夜になれば淡く光って幻想的になるらしい。
観光客らはこぞって写真撮影に勤しんでいる。手を振って呼ばれたので、私も肩を並べて画角に潜り込んだ。四角いスマホの画面の中に女子が三人。墨華はいない。ピースサインを適当に頬に当ててパシャリ。場所を変えてまたパシャリ。いつからか定かでないが、この手の対応は心得ている。
「後でアップしとくねー」
「ありがと。あ、あっちに足湯があるみたい」
「ほんとだ。行ってみる?」
「時間大丈夫そう?」
「十五時に阪急だっけ」と私。
「じゃあ余裕っしょ」
「せっかくだし行こ行こ」
入り口付近でソフトクリームを食している男子はそっちのけで、ホーム奥にある足湯に向かう。案外素直に全員が並んで座れた。靴下を脱いで、スカートの裾から伸びる裸足を水面にそっと差し入れると、くるぶしの上くらいまで湯に浸かった。歩いたあとの疲れに、温もりがじわじわと染みこんでくる。相変わらずそこいらが喧噪で溢れているが、この一時は自分の安寧を取り戻したような気がした。
左隣の女子が並んで沈んだ皆の裸足を写真に収めていた。白い足が透明な波紋の先で揺れている。自分の足が日焼けしていなくて良かった。
「あ、自分たちだけずりぃ」
いつの間にか足湯に来ていた
「ソフトクリーム食べてたじゃん」
「呼んでくれてもいいだろ。なぁ冬木?」
「まぁまぁ、とりあえず入ろう」
男子たちはズボンの裾をまくって、私たちの向かいに腰を下ろした。毛が生えた脚と浮き出た足背の血管が無骨だった。
十分ほど呆けていると身体の芯がぽかぽかとしてきたので、一同足湯から出た。足しか浸かっていなかったのに手先まで
桂川を渡った所で、前を歩く男子が振り返った。
「なぁ、この先にあるオルゴールの店、行きたいんだけど」
男子同士では既に了承を得ていたようで、隣の冬木は黙ってこくりと頷いた。
「あー、それうちも気になってた。行っても大丈夫そう?」
足湯の写真をいの一番に撮っていた彼女が私に首を向けたので、
「軽く覗いてくくらいなら大丈夫なんじゃない?」
「よーし、ちゃっちゃと行こう」
少し進むと、繊細で涼しげな音色が聞こえてきて、表にきらきらと小綺麗な小物が並べられている店に来た。傍まで近づくと、はたしてそれら全てがオルゴールで、星が瞬くような音が周囲を満たしていた。
各々、好き勝手に見て回った。私もぶらぶらと蓋を開けたり閉めたりしながら、耳をそばだてる。ちりんちりんと店内に響く音が、モザイクガラスの電灯と共に世界を彩っているようで、床を踏む音さえ幻想的に感じられた。
一回りして満足した店の外に出ると、冬木が軒先でペットボトルの水を呷っていた。
「お疲れ様」
「うん。白本さんも」
「何か買ったの?」
「何にも。高いし」
「そういえば、今日はけっこう喋ってたね。仲いいの?」
「悪くはないけど、あいつがよく喋るだけだと思う」
「やっぱり男子と女子じゃ違うのかな。放課後、あんまり喋ったことなかったし」
「別に、僕から話すことがないだけだから。話題があったら喋ってくれて良い」
「そう言われると難しいなぁ」
私は手近の卓に並べられたオルゴールの一つを手に取って流してみた。聞いたことのある旋律だったが、
「虹の彼方に、か」
冬木が呟いた。その名を口にしたからか、私たちは不意に天を仰いだ。真昼の色はとうに過ぎ去っていたが、夜のとばりが降りるにはまだ早すぎる。
東の山辺に白い月が昇っていた。両手の母指と示指で囲って構図取りのまねごとなんかをしてみる。遠く
「龍みたいだ」
冬木がまた呟いた。私はどきりとした。思わず冬木の方に視線を向けると、彼の視線も飛び込んできた。何の感慨もないような顔をしていたが、私を捉えた途端、眼と口元が少し楽しげになった
「もしかして、白本さんも思った?」
「……別に」
図星を指されたのが不愉快だったから、愛嬌なんてどぶに捨てて、意味もない見栄を張った。踵を返して、店から出てきた女子たちに合流した。私はこのとき、この冬木という男を好きにはなりたくないと思った。
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