第5話  息子への手紙 1


長男は幼い頃から

本当に絵が上手かった。

彼の絵には、どんな些細な落書きでも

魂のようなものが乗っていた。

彼の父親は一時期絵描きを目指していたし

わたしも自主映画を創っていたりしたので

なにかを表現せずにはおれないDNAは

たしかに伝わっていると感じていた。


あるときから彼は、本格的に漫画を描くようになった。

彼の描く世界は独自のものであったので

大手出版社の名物編集者の目に留まった。

賞獲り前提で、担当としてついくれると

わざわざ都会から会いにきてくれた。


けれど作品への互いの思いは決裂した。

当時の彼は、本当に好きなものであり

彼の魂であるものに賞を獲らせて

売れる前提で描くのは辛い自分にはできないと。

やがて編集者は遠ざかっていった。

長男らしいなぁと思った。


それから数年過ぎ去って、

サイトでポストカードや小作品を描いたり

他者の意向は全く気にしない自分なりの自主活動を

細々と続けていた彼の作品が

またもや、業界の人の目に留まったらしく

つい先日、あいつ遂にデビューするらしいよと

次男から聞いた。


わたしと長男はあるとき大喧嘩をして

以来、わたしをもう母とは思わないと言い放たれ

lineすらブロックされている状態であり

長らく我が家に帰っても来ないから

長男の現在の状況は、繋がっている次男から聞くしかない。


そのうち長男の作品が書店の店頭に並ぶとき

わたしは何十冊も買い占めてしまうかもしれない。

傑作に違いないからである。

なにより、わたしは彼の作品のファン第一号。

小学生のとき描いた初めての四コマ漫画を

いまでも冷蔵庫に磁石で貼ってあるのであり

毎日眺めて長男を想う。


どんなときも、そのままでいい。

きみらしくあれ。

身体には気をつけて。

ちゃんとしたもの食べるんだよ。


いつの日か、うちにも顔見せてね。


悪いけどまだきみの母のつもりの

推しファンのおばちゃんより。








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