大図書館と宇宙の秘密
流川は銀次郎と一緒に白亜館の館内案内を見ながら何やら会議中。
「ここは自習室以外にも大きな図書館があるみたいですね。」
「そういえばあったな、図書館!」
銀次郎はこれまで図書館を利用したことがなかったようだ。
「ここならピピさんのことも気にせずに勉強できるんじゃないでしょうか。」
「そうだな!!!」
流川の提案に銀次郎は目を輝かせた。
次の日、流川が一人図書館に足を踏み入れると、背の高い本棚がどこまでも続き、あらゆる分野の本がびっしりと並んでいる。図書館内は静かで広く、人もそれほど多くない。
「すごい数の本だ。」
一人小声で呟いた流川は、とりあえず入り口付近にあった1番の本棚から順に見て回ることにした。1番の本棚は純文学がみっちりと並べられている。流川は文学などにはあまり明るくないため、目をキョロキョロさせながら「へえ。」とか「ふーん。」とか言いながらその棚の前を通り過ぎた。そこから暫く、流川は深海魚のように口をぽかんと開けながら本棚を見て回った。
50番目の本棚を超えたあたりで、宇宙や惑星に関する本が並び始めた。
「へえ、これは面白そうだ。」
流川は白亜館に来てから、ピピやエックスと関わったことで地球外のことについて興味を持つようになっていた。流川はずらっと宇宙やUMAに関する本が並んでいる中で、とある本を手に取った。その本には、『宇宙人の生活と秘密』の文字。流川は近くにあったソファに腰掛けると、1ページ目から読み始めた。
「へえ、宇宙人にはこんなに種類があるんだ。…ピピさんはこれかな?」
流川は小さな声でぶつぶつと呟きながら、楽しそうにページをめくってゆく。そのとき、とある文章に目が止まった。そこには、『人間界では人間に変装して紛れている宇宙人が多く存在している』とあった。流川はなぜだか分からないが、その文言が異様に気になってしまった。
「アレ? ルカワクン?」
突然名前を呼ばれた流川が顔を上げると、そこには宇宙人のエックスが本をたくさん持って立っていた。
「あ、エックスさん。お疲れ様です。」
流川は何でだか分からないが、読んでいた本をさっと隠した。しかしエックスはその動きを見逃さなかった。
「ナニヨンデタノ?」
エックスは流川が隠した本をぱっと取り上げた。
「ええと…。」
流川は悪いことをした子供のようにもごもごと口ごもった。
「アア、コノホンカ!オモシロイヨネ!」
エックスはその本をパラパラと数ページめくり、流川に返した。
「エックスさんは何か調べ物ですか?」
流川は話題を変えようとエックスの抱えている本を指さした。
「ソウソウ。ニンゲンッテ ムズカシイ カラネ。」
エックスが持っていた本は人間の行動学や生態学に関するものばかりだ。流川は、人間について熱心に学ぶエックスの姿勢に非常に感銘を受けた。
エックスはそのまま流川の横に座ると、持っていた本の中から一番分厚い本を選び、黙って読み出した。辺りはしんと静まり、本のページを捲る音だけが数分続いた。
「…?」
そのとき、流川は辺りをキョロキョロと見回したり、なんだか落ち着かない様子だ。
「ドウシタノ?」
エックスは突然ソワソワしだした流川を不思議そうに見ている。
「い、いえ。なんかデジャブというか…エックスさんと一緒にいると何だか懐かしい気持ちになることが多々あって。変ですよね。すみません。」
流川が小さい声で謝ると、
「タシカニ。アウノ ヒサビサダッタシネ。」
エックスは本を読んだまま流川にそう投げかけた。
「…え?この間会ったばっかりですよ?」
流川は怪訝そうにしながらエックスの方をちらっと見やった。
「ン? アア、チガウチガウ。」
エックスはそう言うと、じっと流川の目を見つめた。流川は頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「僕、山科。」
突然エックスはいつもの電気のような声ではなく、人間ぽい口調で話し始めた。
「え?…え!?山科君?」
流川は驚きすぎて大きな目をさらに見開き、ソファから吹っ飛んだ。
「そう。山科辰彦。」
エックスは右手をひらひらさせながらそう名乗った。
「どういうこと!?」
流川はパニックになって、大きな目は今にも飛び出しそうになっている。
「その本読んだんでしょ?載ってたはずだよ。身近に潜んでるって。」
エックス(CV:山科)は流川の持っていた本を指さした。
時を遡って、流川がまだ新人警察官だった頃の話。
「流川君、これ資料に目を通しとけって部長が。」
「ああ、ありがとう。」
山科と流川は同期で、同じ派出所に勤務をしていた。山科は非常に頭の回転が速く、ユーモアがあり、警察学校時代の成績も常にトップであった。一方流川は真面目で勤勉。勤務態度も上々だが、何よりもとってもユニークな顔をしていたため、ある意味すごーく目立っていた。
「山科。今回の件、でかしたな。」
可愛らしい幼女の守護霊を連れた、10歳ほど上の先輩が山科に声をかけた。
「ありがとうございます!これからも精進してまいります!」
山科は元気に敬礼してみせた。
「流川…。今日もその…いい顔をしているな!」
先輩は流川の肩をポンと叩くとそのまま廊下へと出ていった。
「ありがとうございます!」
流川は元気に敬礼した。
キーンコーンカーンコーン…
時刻は12時。
「流川君お昼食べに行く?」
山科は流川に声をかけた。
「行く!何食べる?」
「蕎麦一択。」
山科は即答すると、二人は揃って派出所を後にした。
二人が足繁く通っていた蕎麦屋は派出所から歩いて3分程の小さなお店。大体は昼時でも並ばずに入店できる穴場店であった。
「この間の3丁目のひったくり犯、山科くんが捕まえたんだってね。すごいや。」
流川はざるそばを啜りながら山科を褒め称えた。
「ああ、たまたま職質した人がね。君だって迷子のあばあちゃんをおんぶしたまま猿の捕獲してたじゃないか。君の方がすごいよ。」
山科も天ぷらそばを啜りながら流川の活躍を喜んでいる。エリート山科と努力家の流川は一見凸凹コンビだがお互いにリスペクトし合っていた。
「お互い頑張って将来的には課長くらいにはなりたいね!」
流川が最後一口のそばを啜りながら意気込むと、山科は
「はは。そうだな、頑張ろう。」
と笑った。
その1年後、山科は突然警察を辞めてしまった。
「えっ…スッ(?)…ほ、本当に山科くん…なのかい?」
流川は未だに信じられないというような顔でエックスに問いかけた。
「そうだよ。新人警察時代に一緒に頑張ったことも、美味しいそばも、なんなら警察学校時代の君の成績まで全て覚えているよ。」
エックスは昔を懐かしむように流川に視線を投げた。
「山科くんが突然警察を辞めて、その後連絡も取れなかったから心配してたんだよ。」
流川は当時のことを思い返しながら山科に投げかけた。
「実僕さ、警察やりながらUFOの設計もやってたんだよ。」
「UFOの設計!?」
流川は素っ頓狂な声をあげた。
「そう。それで、新型の設計図が引けたからって実家に送ったら、本格的に製造に入るから帰って来いって言われちゃってね。僕も粘ったんだけど無理だったんだ。」
「それで突然辞めちゃったんだね。」
エックスがあまりにも淡々と説明するのと、話の内容のスケールが大きすぎたため、流川は一周回って受け入れるしか無かった。
「ああ。流川くんは…きっと警察官として立派な最期を迎えたんだね。」
エックスは流川の方をじっと見つめた。
「あっ。えっ…と。」
その時、流川は突然焦り出しエックスに何て言おうか非常に迷っているような仕草を見せた。
「?」
エックスは一瞬頭に疑問符を浮かべたが、流川は何かを思い出したかのようにポンと手を叩いて話題を変えた。
「…と、というか、なんで人間に化けて、僕と仲良くしてくれたの?」
すると、エックスは山科として話すのを辞め、こう答えた。
「ウーン、スキダカラ、カナ?」
そう話すエックスの目は、流川をしっかりと捉えていた。
「…デュエッ!?」
流川はエックスのまさかの言葉にギョッとした。
「す…!?すすすす…!?」
流川は動揺しすぎて日本語を忘れてしまったようだ。そして、突然真面目な顔になった流川は続けた。
「…ごめん。僕ちょっとそれには応えられ…」
「ア、チキュウジン ガネ。」
エックスは食い気味に突っ込んだ。
「あッ。」
なんとも言えない気まずい空気になってしまった。
「チチチチチ…地球人がですよね!そうですよね!!まさかとは思いますたけろども!そうですよね!!!!ハハハ!」
流川は何とか誤魔化そうと早口で捲し立てた。
「ハハハッ!ゴメンゴメン。」
エックスは大声で笑った。流川は小っ恥ずかしくなり小さくなっている。
「チキュウジン ハ ガンバリヤナヒト オオイカラ スキナンダ。マサカ キヅカレル トハ オモワナカッタケドネ。」
エックスがビリビリした声で答えながら肩をすくめると、本を閉じて立ち上がり、身支度を始めた。
「もう部屋戻る?」
「ウウン。コノアト タカラダセンセイノ コウギウケルヨテイ。」
エックスはじゃあと手を振ると、図書館を出て行った。流川はエックスの後ろ姿を目で追いかけながら、これまでの山科との思い出を振り返り、記憶の中の山科の顔がどんどんとエックスに変わってゆくのを感じた。
「はあ。美人を見てて轢かれたなんて言えないや。」
流川はため息をついて、額の汗を拭った。
その日の夜、流川やジャスミン、ピピなどを集めて「エックスを励ます会〜打倒宝田〜」が執り行われたのまた別の話。
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