マネー・マネー・マネー!!
その日流川はエックスとジャスミンと三人でテラスで昼食をとっていた。
「今日の夕方からこの授業を取ろうと思っていて。」
流川は一枚のプリントをエックスとジャスミンの前に置いた。そこには『お金の話』の文字。
「ああ。これね!この授業は簡単だったわ。」
ジャスミンは一目見るなり即答した。しかし、横で蕎麦を啜っていたエックスが声を上げた。
「ええ!?簡単だった!?僕には難しかったよ。」
エックス(声は山科)が大袈裟に肩をすくめて見せると、流川は二人を交互に見やった。
「ジャスミンさんとしては簡単だったんですね。」
流川はサーモンを齧っているジャスミンに投げかけた。
「まあ、普通にお金は大事でもあり、時には災いの元にもなるって話よ。よくある一般的な内容だったと思うけど。」
ジャスミンは少し前に講義を受けたらしく、その時のことを思い出しながら答えた。しかし、エックスはジャスミンの話に賛成しなかった。
「僕は生まれが地球じゃないからそもそも貨幣制度ってものに慣れてないんだ。」
「「あーね。」」
流川とジャスミンはハモりながら頷いた。
「だから、僕が山科として生きていた時にも最初は慣れなかったよ。ちなみに僕の友達に人間に化けていた狐がいたんだけど、彼も難しいって言ってたよ。狐界にも貨幣制度はないからね。」
「「なるほどー。」」
流川とジャスミンは再びハモりながら納得している。
「確かに貨幣制度って人間独特なのかもしれない。」
流川はエビの天麩羅を突きながら独り言のように呟いた。
「エスキモー界にはあったわよ?」
すかさずジャスミンが突っ込むと、
「エスキモー界では売買って制度があるってことかい?」
と、エックスは食い気味で問いかけた。
「ええそうよ。スーパーがあり、病院があり。何をするにもお金が必要だったわ。逆にあなたの星ではどんな感じだったの?」
今度はジャスミンが質問するターンだ。
「僕の星では、欲しいものは何でも念じれば手に入るんだ。」
「へえー!それは便利だね!」
流川は感嘆した。
「うん。便利は便利なんだけど、やっぱり地球人として生活してみて物の有り難みとか学べてよかったと思ってるよ。僕の星では何でも効率化で味は二の次。ご飯とかはエネルギーパウチで済ませてたから地球に来て食べた蕎麦の美味しさにはびっくりしたね。」
「パウチって、食堂でよく宇宙人の皆んなが啜ってるやつね。」
ジャスミンはあの味を思い出して顔を顰めた。
「それそれ。何やかんや進みすぎも良くないなって感じたよ。」
エックスは最後一口の蕎麦を啜ると、手を合わせて律儀にご馳走様でしたと言って食事を終えた。
三人は食堂を出ると、流川は教室へ、エックスは図書館へ、ジャスミンは寮室へとそれぞれ向かっていった。
白亜館本館4階A教室。午後1番の授業は比較的混雑していた。流川は例の如く前の方の席につき、辺りをキョロキョロと見回すと人間の候補生は少なく、動物や宇宙人、妖怪やモンスターなどで埋め尽くされていた。
「この授業難しいよな。」
「うんうん。キンセンカンカクとかよく分からねえし。」
「分かるー!私この授業3回目よ!」
流川の後ろに座っていた白鳥と赤鬼とボールパイソンが大きな声で話しているのが聞こえてきた。流川は昼食時のエックスの話を思い出して、「やっぱりそうなんだ。」と心の中で唱えた。
暫くすると一人の白衣姿の物腰柔らかそうなおじいちゃんが教壇に立った。
「えーそれでは、授業を始めますね。この教室ではマネーの話をしますよ。私は金森と言います。では、レジュメの1ページ目を開いてください。」
候補生たちはレジュメを開き、真剣に話を聞いている。
「まず、被守護者となる人間たちの世界では、物とマネーを交換するという「売買」があり、貨幣制度が整っています。マネーとは…」
金森先生の授業はとても丁寧で、流川にとっては「そこまで説明しなくても流石に分かる…」と言うところまで説明が行き届いていた。
「はい、流川さん合格ね。」
生前に法律も齧っていた流川にとっては、この手の話は理解がしやすく、試験も楽々通過した。しかし、他の候補生はそうはいかなかったようだ。
「わーんまた落ちたよー!!」
「オレモ!『ゼイキン』ッテドウイウコト!?」
「働かないとご飯食べられないって…辛くない??」
「生きてるだけでお金を払わないといけないなんて…どんな世界だよ…。」
教室の後ろあたりに座っていたドーベルマンと宇宙人と二羽のカラスがガヤガヤとおしゃべりしている声が耳に入った。やっぱり人間以外には理解が難しいようだ。
「あの、すみません。」
流川が教室から出ようとドアに近づいた時、流川は突然後ろから声をかけられた。
「はい?」
低めのガサガサした声に流川が振り返ると、そこには大きめのブルドッグがハアハア言いながら座っていた。
「あの、僕この授業5回受けてるんですけどなかなか受からなくて。最終試験まであと1教科なんですけど、これだけ受からないんです。こうなったら人間の方に直接聞くのが一番だと思って。今日の授業の解説をお願いしたいんですが。」
困っている人(犬)を見捨てておけない流川は二つ返事でOKしたのだった。
流川とブルドッグのボンは自習室に向かった。
「ボンさんはどの辺りが苦手なんですか?」
「えーと、特に金銭感覚ですかね。この商品でこの値段だと高いとかよく分からなくて。」
ボンはレジュメの35ページを開いて流川に見せた。そこには日用品や食品の名前と値段が書いてあり、その横に高い、安いなどが書かれていた。
「確かに、使ったことないものや見たこともないものの値段の基準なんて分からないですよね。」
流川はそう言うと、その一覧をざっと見て、紙に何かを書き始めた。
「これは?」
ボンは流川の手元を見ながら問いかけた。
「これは日用品や食品の中でも使用頻度が特に高い物のリストです。それから、平均的なサラリーマンの年収を知ることも、物の値段が高いとかの判断基準になるかなって思います。」
流川はメモをボンに手渡した。
「ありがとうございます!」
ボンは目を輝かせながらメモを受け取った。
「ざっくり解説すると、食品に関しては卵一パック10個入りで200円前後が平均でしょうか。これで一パック500円とか出てきたら高いですね。もう一つ良く聞かれそうなのが米の値段でしょうか。5kgで2000円前後が平均で、これで5000円とか言われたらぼったくりですね。それから…」
その後も流川は金銭感覚の話や税金の話などをボンにも分かりやすいように一つ一つ解説した。
「流川さん、どうもありがとうございました。明日またチャレンジしてみます。」
ボンは流川に礼を言うと、寮へと戻っていった。流川は久しぶりにいいことしたという充実感を感じながら自身も自習室を後にした。
次の日、ボンは金森先生の講義を再チャレンジした。結果は流川の山かけが功を奏し、米の値段問題で見事修了の印鑑をもらえたのであった。
ボンのその後の話としては、流川の熱心な授業のおかげで、下手したらその辺の人間よりも金銭感覚や税金問題に詳しくなってしまったが為に、被守護者は超金持ちのボンボンに決まったとのことであった。『被守護者が幼少期のボンボン生活と成人後の一般人生活とのギャップに困らないように、しっかりとした金銭感覚を養うこと』がボンの目標らしい。がんばれボン!!!!
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