ジャスミンと最終試験

流川が守護霊になるための講習を受け始めてから数ヶ月の時間が流れた頃、ジャスミンは朝からソワソワと落ち着かない様子であった。

「大丈夫、大丈夫よアタシ!落ち着いて。今までやってきたことを一つ一つこなせば大丈夫よ!」

ジャスミンはカバンにペンケースや数冊のノートを詰め込み、ぶつぶつと一人で喋っていた。ジャスミンはあと一時間で初めての最終試験を受けるのだ。

「ジャスミンさん。」

その時、自室のドアがゆっくりと開き、ルームメイトの流川が入ってきた。

「ああ、流川っち。」

流川の顔を見るなり、ジャスミンの眉間に刻まれていた深い皺が緩んだ。

「気をつけて…行ってきてくださいね。」

流川は緊張した面持ちで少しぎこちなく笑った。

「やだ、流川っちったら!アタシより緊張してるんじゃないわよ!」

ジャスミンはそんな流川の様子を見てひとしきり笑うと、カバンを肩にかけ流川に近づいた。

「行ってくるわ!アタシ頑張るから!!」

「はい!応援しています!!」

二人は寮室のドアの前で固く握手し、ジャスミンはエレベーターホールへと向かった。


ジャスミンがエレベーターから降りると、そこは白亜館の最上階にある試験会場『白亜の間』であった。そこはどこまでも続いているかのような真っ白な空間で、すでに数名の候補生たちだけ不自然に浮いて見える。ジャスミンは一度深呼吸すると、その真っ白な空間へと吸い込まれていった。


ジャスミンを送り出した流川は暫く自室で自習をしたのち、部屋を出るとエレベーターに乗り、2階のとある教室へと入っていった。

「流川さんですね、こちらでお待ちください。」

受付に座っていたマンドリルはパソコンをカタカタと打ちながら流川に声をかけた。流川は促されるままに受付横の椅子に腰掛けると、暫くマンドリルの強すぎるエンターキーを押す音を聞いていた。

「流川さん、廊下奥の2番の扉の前でお待ちください。係の者が声かけますので。」

マンドリルは流川に数枚の書類を手渡しながら奥へと続く廊下の奥へと案内した。


薄暗い廊下の先には三つの部屋があった。それぞれの部屋の前には小さな椅子が数脚置かれており、緊張した面持ちの候補生が黙って座っている。流川も2番の部屋の前にある椅子に腰掛け、自分の番を待った。


数分後、2番の扉が開くと中から一人のほっそりとした女性がため息をつき、頭を抱えながら出てきた。その女性に続き、一人の老婆が現れ、流川を部屋の中へと手招きしている。流川はゆっくりと立ち上がると、開かれた扉をくぐった。


「えーと、流川さんだね。私はあなたの守護霊適正を見る精霊のアカシといいます。」

老婆は推定100歳はゆうに超えているようで、ヨボヨボとした声で自己紹介した。

「よろしくお願いします。」

流川は深々と頭を下げた。

「では、早速だけどね、流川さん。あなたの適正を見させていただきますね。」

アカシはそう言うと、じっと流川の日体当たりを見つめた。

「はいはい、そうかい。ご立派に警察官をされていたんだね。調和を大事にしながらも個性的で、とにかく真面目。いや、ちょっと抜けたところもあるが…それは人間味があって良い。」

アカシは何かに取り憑かれたようにハキハキとそう話し始め、流川は自分の頭の中を全て見られているような気持ちになった。

「…分かったよ。」

アカシは呟くと、手元に置いてあった分厚い本をパラパラとめくり、あるページを流川の方に向けて示した。

「この方などどうでしょう。」

流川は分厚い本を受け取った。そこにはとある人物の簡単なプロフィールのようなものが書かれていた。

「古賀家…長男。」

流川は一番上に書かれていた文章を読み上げた。

「守護霊は人を導くために存在します。この古賀家に生まれる予定の男子は非常に苦労するでしょう。なぜなら、彼らの両親は…」

アカシはそこまで言うと、一度言葉を切り、流川の目をじっと見つめた。

「…?」

流川もじっとその先を言葉を待った。

「…彼らの両親は、元犯罪者だからです。しかも殺人を犯しています。彼らを守護している霊たちももうお手上げ状態とのことです。」

アカシの言葉に、流川は言葉を詰まらせた。

「流川さん、あなたには正しい倫理観、そして何よりも弱い立場のものを守ろうとする強い正義感がおありです。」

アカシはそう言うと、机の引き出しから一枚の紙を取り出し流川に手渡した。

「もし、彼の守護霊になりたいと思ったら、この紙に名前を書いて、部屋の前にある箱に入れてください。もしその覚悟がないなら、その紙は破り捨てた上で、また相談にきてくださいね。今日のカウンセリングはこれで終了です。どうぞお帰りください。」

流川はゆっくりと椅子から立ち上がると、先ほどすれ違った女性と同じようにため息をつきながら部屋を後にした。


流川は先ほどのカウンセリングで言われたことを思い出しながら自室へと向かった。時刻はもう夕刻が近くなっていた。

「流川っち!あれ、どうしたの??元気ないじゃない!」

エレベーターから降りた流川に声をかけたのはジャスミンだった。

「ジャスミンさん!」

考え事をしていた流川はジャスミンの突然の登場に呆気に取られた。

「試験お疲れ様でした。どうでした?」

流川はとりあえず考えることを一回やめて、ジャスミンに問いかけた。

「んー、半々ってとこかしらね。合格発表は3日後みたい。」

ジャスミンはなんとなく濁してそう答えた。

「そうですか。…ジャスミンさんなら大丈夫ですよ!きっと!」

流川は笑顔でそう返した。

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守護霊に転生した流川 春野田圃 @haruno_tambo

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