悪に立ち向かう流川〜前編〜
「おお、翼。」
お昼前、流川が一人エレベーターホールで立っていると、後ろから声をかけられた。
「銀次郎さん!お久しぶりです。元気でした?」
流川が振り返ると、そこにはちょっと元気そうな銀次郎の姿があった。
「おお、元気だとも!図書館は居心地がいい。」
流川と銀次郎が顔を合わせたのは数日ぶり。ここ最近銀次郎はピピから逃げ隠れるように図書館に篭りっきりだったようだ。
「それは安心しました。今から昼食を食べに行くんですけど、一緒に食べませんか?」
流川の提案に、銀次郎は笑顔で頷いた。
食堂に入ると候補生たちはまだ少なく、二人は人間用エリアでサンドイッチや大きなおにぎりなどを手に取り明るい窓際の席に腰を下ろした。
「銀次郎さんは講義の方はどうですか?」
流川は席につくなり銀次郎に問いかけた。
「もう終わったぞ。数日前には特別講義を全て終えたんだ。」
「え!?もう終わったんですか!?」
流川は唖然とした。少し前に銀次郎と一緒に残りの講義のコマ数を確認したときのことを思い返したが、こんなに早く終わらせられるような量ではなかったのだ。銀次郎はどうにかして早くピピと離れたくて、特別講義をすごいスピードで終わらせたようだ。
「じゃあ、もうあと少しで白亜館から出てあっちの世界へ行くんですね。」
銀次郎が再び別の人間の守護霊としてあの世界へと行くことを、流川は嬉しいような、少し寂しいような、そんな複雑な気持ちでいた。
「そうだな。まだ被守護者を選ぶアンケートも終わっていないからすぐすぐではないがな。それより、翼は講義は順調か?」
銀次郎はホットコーヒーを啜りながら、流川に優しい笑顔を向けた。
「ええ。なんとか、ついて行っています。」
流川は残っていた爆弾おにぎりを口に詰め込み、もごもごと頬張りながら返答した。最近流川は宝田先生の講義を再受講しなんとか修了のスタンプをもらえたところであった。
「そうか!さすが翼じゃ。因みに…玄田先生の授業はもう受けたんか?」
銀次郎は少し声を顰めて流川に問いかけた。
「玄田先生ですか?いえ、まだ受けていませんが…どうかしたんですか?」
流川も周りを少し気にしながら続きを促した。
「いや、何というか…。翼にとっては色々と考えさせられる講義になるかもしれんと思ってな。まあ、気が向いた時に受けてみたらいいと思うぞ。」
銀次郎はそれ以上は何も言わなかった。
その翌日、流川は銀次郎の話が気になり、朝一で玄田先生の授業を受けることにした。流川は白亜館本館の2階B教室へと向かった。流川が教室に入ると、教卓には既に玄田先生と思わしき人物が厳しい表情、そして仁王立ちで候補生たちの様子を伺っていた。その人物はとにかく背が高く、図体もでかい。身長は軽く2mを超えている。流川はいつものように前側の席に着くと、授業開始を待った。
「おはようございます!!!!!!!!」
突然玄田先生がよく通る大きな声で挨拶すると、教室にいた候補生たちはビクッと驚き、彼らの視線は一様に玄田先生へと集まった。
「これから始まる授業は!『悪』についての授業です!私は玄田といいます。悪魔です。よろしくお願いします!!!」
玄田先生の『悪魔』というワードに、教室の候補生たちはざわついた。
「悪魔?そんな種族いるのか?」
「初めて見た。確かにすごい牙だ。」
「悪魔って、なんだか怖いわ。」
候補生たちは口々にボソボソと呟いた。
「そうですよね!!!分かりますよ!!!!!既にご存知の方もいるかと思いますが、基本的に悪魔は守護霊にはなれません!!!!!!だからこそ教えられることもあるのですよ!!!!!もちろん皆さんには危害は加えないので安心してください!!!!!!」
玄田先生は声量のコントロールができないのか、とにかく声がでかい。教室内はシーンと静まった。
「じゃあ!早速講義を始めますよ!!!机の上のレジュメを開いてください!!!」
玄田先生の指示を合図に候補生たちは一斉にレジュメを開いた。
「ではまず、『悪』とは何でしょう!?わかる者!!!」
「はい!!」
玄田先生の問いかけにいち早く反応したのは、勿論真面目な流川、ではなく教室の真ん中あたりに座っていた真面目そうなペンギンであった。
「はい!じゃあそこの黒い鳥!」
玄田先生はビシッと指をさした。
「は、はい。悪とは、正しくない、よくない、不道徳を意味します。法律に違反するようなことも悪ということがあります。」
ペンギンの真面目な返答に、玄田先生は真顔のまま頷いた。
「素晴らしい模範解答ですね!!では、黒鳥くん!これから言う話ではどちらが悪か、ちょっと考えてみてください!!!!」
玄田先生はペンギンの横にやってきた。
「AさんはBさんのお店からパンを一つ盗みました。どちらが悪ですか?」
「Aさんです。」
ペンギンは即答した。
「では、BさんがAさんのやっていた店を故意に乗っとていた場合は?」
「えー、店を乗っ取ったことに対してはBさんが悪です。しかし、パンを盗んだことは許されることではありませんのでAさんも悪です。」
ペンギンは一つ一つ考えて答えを出した。
「では、BさんがAさんの店を潰したのは、AさんがBさんの住む地域を暴力で統治していて、そこに対抗して勝ち取ったものだとしたら?」
「…」
玄田先生の瞳がギラっと光り、そのペンギンは黙ってしまった。
「難しいですよね?」
玄田先生の言葉は優しいが目が笑っていない。
「このように!!!一概に悪が何かとは言えないことも多いのです!!では、次のような時はどうでしょうか!AさんはBさんを殺めました。しかし、Bさんはこの世に希望が持てず、どうしてもとAさんに殺害を頼んでいたのです。誰か意見がある者!!!」
流川は玄田先生の話を聴きながら頭が真っ白になっていた。そして流川は徐に席を立つと、よろよろと教室を出て行くのだった。
流川は白亜館の建物から出ると、菊の咲く中庭の真ん中にあるベンチに腰掛けた。
「はあ…。」
流川は深くため息をつき、真っ白な空を仰いだ。流川はこれまでの自分の基準を覆されて衝撃を受けていた。
「翼。」
流川の後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「あ、銀次郎さん…。」
流川は元気のない声で答えた。
「まあ…真面目なのがお前のいいところだと思うぞ。そのままでいいんだ。」
銀次郎は流川の横に座ると、肩をポンと叩いた。
「僕は…今まで分かっていませんでした…。」
流川は遠くを見ながら呟いた。
「まあそう気を落とすな。あれは…なんだ、悪魔で授業だ。」
銀次郎はこんなに凹んでいる流川を初めて見たので、なんだかぎこちなく励ました。
「まさかでした。頭が真っ白になりました。まさか…まさか…悪魔は守護霊になれないなんて!!!!!!!!!!!!」
「…そっち!?!?!?!?!?!?!?!」
銀次郎の素っ頓狂な声が中庭に響き渡ったのであった。
後編へ続く!!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます