守護霊とは…うんぬんかんぬん

 流川は寮の部屋を出ると、エレベーターに乗って4階A教室を目指した。

「ふぁあ…。」

流川は大きなあくびを一つ。目の下にはうっすら隈もできている。

「これは銀次郎さんもああなるわけだ。」

昨晩は流川と銀次郎、そしてピピ featuring with 愉快な仲間たちと遅くまで勉強会をしていたのだ。銀次郎は一時間ほどで体調不良を理由に早退したが、真面目な流川は最後まで参加し、結局ベッドに潜り込んだのは3時前であった。

「眠気覚ましに売店でも覗いてみようかな。」

流川は4階で降りると、エレベーターホールからほど近くにある『売店4F店』へと足を進めた。

「おはようございます。」

流川は声をかけるが売店は無人で、お菓子やノート、果物や干し肉までありとあらゆる商品がずらっと並べられている。

「オハヨ!ルカワクン!」

流川はビリビリという電気のような声にびっくりして後ろを振り返った。

「あ!おはようございます!えっと、昨日の…。」

流川の後ろには、昨日の勉強会にいた金色で背の高い宇宙人が手を振りながら立っていた。背丈は2mを超えているだろう。

「オレハ エックス。オナカ スイタノ?」

エックスは流川の横にあった冷蔵庫からコーラを一本手に取りながら問いかけた。

「いえ、眠気ざましに何かないかなと思って。」

流川はたくさんある商品を端から目で追いながら答えた。

「キノウ オソカッタカラネ。ピピ キアイ ハイリスギダヨ。」

エックスはビリビリという独特な声で笑いながら、手に取ったコーラをその場で飲み始めた。

「ははは、寝不足ですよ。ところで、ここって支払いはどうすればいいんですか?」

流川は手持ちがないことを思い出し、エックスの方を見上げる。

「ムリョウ。カッテニ モッテイッテ ダイジョブ。」

エックスは親指を立てながら一言答えると、2本目のコーラとその辺にあったチョコやガムを手に取り、売店を後にした。

「無料か…。」

流川はアイスコーヒーやミントタブレットを手に取ると、あたりをキョロキョロと見回して、そのまま人目を避けるようにして売店を離れた。確かに、これだけ色々な種族が一緒に生活をしていて、貨幣制度があるのは人間だけか、という考えもありつつ、元警察官の流川は「万引き犯ってこんな気持ちなんだなあ。」などとも思いながら教室に向かった。


4階A教室では、数十名の候補生たちが授業の開始を待っていた。流川は真ん中の前から3列目の席に着き、先ほど貰ってきたアイスコーヒーをごくごくと飲んだ。

「はい、皆さんおはようございますっ!」

突然教壇の真ん中から声がした。しかしその姿は見えない。

「なんだ?」

「声しか聞こえない。」

教室内はザワザワし始めた。

「はいはい。私はここですよっ。ここ!教卓の上っ!」

候補生たちの視線が一気に“教卓の上”へと集まる。教卓の上には鳩がちょこんと乗っかっていた。

「えー。私が守護霊に関する授業を担当しますっ、ロドリゲスと申しますっ!どうぞよろしくお願いしますっ!」

ロドリゲス先生は羽を一生懸命にバタバタと動かし、自己紹介をした。

「ではっ!まずは少し私の話をしようと思いますっ!」

すると、教室の電気が消え、教壇の上の方からスクリーンが降りてきた。スクリーンにはロドリゲス先生の経歴や輝かしい功績がずらっと並べられていた。

「えー、私は見ての通り鳩ですがっ、これまで50名の人間の守護霊をしてきましたっ!ですがっ!50人目の被守護者を事故で亡くしてしまい、その時に守護霊を引退して、教育の道に進むことを決めましたっ!因みにっ!私が守護してきた人間の半分は優良な守護霊として今も活躍しているんですよっ!」

ロドリゲス先生は得意げに自身の経歴やこれまでの被守護者の話をしてはしみじみと懐かしんでいるようだった。


「…前置きが長くなりましたがっ!授業を始めましょうっ!」

ロドリゲス先生がプロジェクターのリモコンをピッと突くと、『守護霊とは』の文字が映し出された。

「えー、まずは守護霊の基本からですねっ。守護霊というのは、被守護者である人間を守る存在ですっ。一言で守ると言っても、その人間が生まれてから生涯を終えるまで、人生が良い方向に進むように助言をしたりっ、事件や事故に遭わないように気を配ったりっ、病気にならないように管理したりっ!やるべきことは多岐に渡りますっ!」

ロドリゲス先生はプロジェクターをピピピっと突きながら色々なスライドを表示していく。その度に候補生たちは重要なポイントをノートに書き取ってゆく。

「では次に、守護霊になれる種族となれない種族について。」

ロドリゲス先生が次のスライドに切り替えると、ものすごい小さい文字で大量の種族が書かれた一覧表が表示された。

「…わ。」

流川は絶句しながらも、血眼でペンを必死に走らせる。

「まず、守護霊になれる種族はこれだけありますっ。もちろん全部覚えろというのは無理なので、なれない方を覚えましょうっ!」

ロドリゲス先生はすぐに次のスライドを表示した。

「…あ。」

流川が人、犬、猫、猿、宇宙人まで書いたところでスライドが変わってしまった。

「守護霊になれない種族としては、人間の大きさに対して小さ過ぎるものっ。例えば微生物や小さな昆虫っ。それから、人間に悪影響を与えてしまうものっ。例えば強い怨念を持つ者や、一緒にいるだけで人間の運気を吸ってしまうような者っ。これは主に人間に当てはまりますねっ!」

教室ではロドリゲス先生の声と、候補生たちがカリカリと筆記具を紙に走らせる音が響いている。流川も聞き逃すまいと必死に齧り付いた。


「では次にっ、守護霊としてのスタートとゴールについてっ!」

ロドリゲス先生は次々にスライドを提示してゆく。

「守護霊としてのスタートは、この講習を受けるところとも言えますっ。講習中には、できるだけ自分に合った被守護者とマッチングするために、自身の得意不得意やこれまでの生き方を振り返りながら、被守護者候補の人間を決めますっ。まあこれは専用の授業もありますので、詳しくはその時にっ!そして最終試験に合格したら、被守護者が生まれた時から我々の仕事はスタートしますっ!そして、彼らが人生を終えるとき、彼らが満足して人生を終えられたら我々の勝ちですっ!階級が上がり、さらに上級の守護霊となれるのですっ!」

ロドリゲス先生がスライドをせっせと流すたび、候補生たちは一生懸命にメモをとるが、もう諦めている候補生もいる。

「万が一!被守護者の人生を守りきれなかった場合はっ…!我々の階級は下がってしまいますっ。ですが安心してくださいっ!白亜館では再履修コースもありますので。過失があまりにも悪質でない限りは何度でも受講できますので、皆さんが納得するまで、守護霊としてのあり方を追求してみてくださいっ!また、一度守護霊としての生き方をやめて、天国コースを選んだ場合はっ、もう守護霊コースには戻れませんのでご注意くださいっ!」


 流川は授業と簡単な筆記試験を終えると、荷物をまとめて食堂へと向かった。

ロドリゲス先生の授業はためになるものばかりで、流川のノートは10ページも埋まっていた。流川は昼食を取ったら、白亜館の図書館にでも行ってみようと考えていた。流川は食堂に入り、かけそばと天ぷらを取るとオープンスペースへと向かった。

「オウ、ルカワクン ジャン。」

聞いたことのある電気のようなビリビリという声が聞こえてきた。流川が振り返ると、オープンスペースの壁際にあるカウンター席からエックスが手を振っている。

「エックスさん。お疲れ様です。」

流川はうどんをこぼさないように慎重にエックスの元に近づいた。

「オレモ カケソバ。」

エックスは上手に箸を使いそばを啜っている。

「エックスさんは人間用の食事も食べるんですね。」

流川はピピが銀色のパウチを啜る姿を思い浮かべながら、何気なく問いかけた。

「マア、チョット ワケアリデ。」

エックスは頬を掻きながら答えた。

「美味しいですよね、蕎麦。」

流川は、新人警察時代に同僚と一緒に立ち食い蕎麦屋でよく昼食を取っていたことを思い出していた。

「ウマイヨネ。」


流川が宇宙人エックスの真実を知るのは、まだ先のこと。

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