ジャスミンと体調管理

 流川とジャスミンは朝同じ時間に寮室を出ると、本館の3階へと向かった。今日は珍しく、ジャスミンと流川は同じ講義を受けるようだ。

「何だか有名な先生らしいですね。」

二人はあれやこれやと話をしながら教室に入ると、空いている席を探した。流川はどの講義も決まって前の席に座りたがるが、今日は背の高いジャスミンが一緒のため、真ん中あたりの席についた。

「皆さん!ここの教室は被守護者の体調管理の講義ですよ!間違ってないですか?大丈夫ですか!?」

角刈り頭で全身銀色の何だかクセの強い先生が教室に入ってくると、辺りはざわざわとざわめきだした。

「はいはい、私はこの授業を担当する苔田と言います!私はリラ星出身のいわば宇宙人です。皆さん頑張りましょうね!!」

苔田先生は教室の通路をうろうろと歩きながら自己紹介をすると、そのまま授業を始めた。

「はい、この授業ではレジュメがありませーん!試験に出るところは言いますので皆さんノートを取ってくださいね!ではまずは健康管理の重要性から!」

苔田先生がそう言うと、候補生たちはバタバタとノートを準備し始めた。

「まず、被守護者となる人間たちは、細菌やウイルスといった微生物に非常に弱く、すぐに体調を崩してしまいます。なので、我々はそういった微生物から彼らを守ってあげなければなりません!」

苔田先生は、教室の真ん中あたり、ちょうど流川やジャスミンの座る席の近くあたりから、黒板に向けて長い指を差した。その直後、

ピピピピピーピピーピーピピピピピーピーピーーー…

という機械音のような不思議な音が教室に響いた。

「…?」

流川が不思議に思って前の黒板に目を向けると、さっきまでなかった文字が黒板にびっしりと書かれており、苔田先生の指からは白い煙が上がっていた。

「…おお。」

初めて彼の講義を受ける候補生たちはその光景にどよめいた。

「あ、私が板書しているときは手を挙げたり、立ち上がったりしないでくださいね。焦げちゃいますから。ははは。」

リラ星人ジョークなのか、教室からは数名の宇宙人たちから笑い声が上がった。


授業は休憩を挟み後半戦へと突入した。

「えー、では次の人。被守護者がどこか痛そうにしている!まずやるべきことは!?」

苔田先生は候補生に質問して回っている。

「どこが痛むのか確認します。」

一番後ろの席に座っていたパンダの候補生は答えた。

「その通りです。では次に行うべきことは?」

その横に座っていた大きなメカが指名された。

「イタムトコ、ナオス。タタイテ。」

大きなメカは机をゴスゴスと叩きながら答えた。

「被守護者を叩いてはいけません。正しくは、痛む場所を確認し、必要に応じて冷やしたり、温めたり、薬を使います。各々判断できれば良いですが、むやみに動かさない方がいいパターンもあります。難しい場合はすぐに病院に連れて行きましょう。」

苔田先生は黒板に『病院』の文字を刻んだ。


「アタシ病院って嫌いなのよね。」

ジャスミンは小声で流川に耳打ちした。

「僕も得意ではないですね。」

流川も小声で返した。

「アラスカ森林中央病院なんか酷かったわよ?医者は偉っそうだし、怪我しても滅多に薬なんかもらえなかったわよ。安静にすれば治るの一点張り。一回冷え性が酷くて病院行った時なんか、外で走って筋肉をつければ治るとか言われたのよ?バカじゃないのって思っちゃった。それにね、私がマンモスと戦って肋全折りした時にはね…」

ジャスミンは一回愚痴りだすともう止まらない。

「あ。ジャスミンさん…?えっと…。」

流川はジャスミンに声をかけるが、ジャスミンはマンモスとタイマン張った話を延々としている。

「リラ星にもそんなヤブ医者もいましたよー。困ったもんですよね。」

気がつくと、ジャスミンと流川の前の席には苔田先生が瞬間移動してきていて、二人の方を見ながら話に参加してきた。


「あっ…ヤダ。すみません。」

喋りまくっていたジャスミンははっと我に帰ると、小声で謝罪した。

「ちょうど良いですね!そういった医者に当たってしまう場合もあるでしょう!そういう時の対応をお教えします!」

苔田先生は立ち上がると、また教室内をぐるぐると回り始めた。

「被守護者が大変な時に、テキトーな診断されると腹が立ちますよね?そういう場合、ガツンと言っても良いんですが、医者というのはプライドの高い生き物…。分からないなどとは口が裂けても言えないのです。真正面からぶん殴ると相手もやり返してきますし、大人気なく拗ねてしまいます。ですので…」

苔田先生は一度言葉を切り、黒板に向かって指を向けた。

「これに限ります。」

黒板には『緊張感』『口コミ』の文字。

「その場では、『そうですか。』と笑顔でまず流します。そして、この手当一覧を瞬時に確認し、欲しい薬がある場合は『では、念のために〇〇という薬をください。前に同じようなことがあった時にこの薬をもらって早く良くなりましたので。よろしくお願いします。』と伝えましょう。これでその医者は相手の『経験』に緊張感を覚えます。さらに、具体的な薬の名前を出すことで、医者も「あ、それでいいんだ。」ってなるので。それでも相手が渋る場合は、口コミにボロクソ書き込みましょう!人間たちは口コミというものに敏感ですので。数名で結託して書き込むのも良いでしょう。ただし、悪用は厳禁です!あくまで『こいつ絶対ヤブだろ!!!』って思った時だけですからね。」

苔田先生の説明に、候補生たちは一生懸命にペンを走らせている。

「良いのかしら…こんなこと教えちゃって…。」

「最悪捕まると思いますけど。」

ジャスミンと流川は若干の不安を覚えた。


 一通り苔田先生の授業が終わり、試験が始まった。

「次!被守護者が病院を嫌がっている!小さな子の場合は!?」

「『終わったらお菓子買ってあげるよ。病院頑張ろうね。』です!」

「正解!帰ってよし!次の人!20代の場合は!?」

「『いや、俺もなったことあるんだけどさ、まじやばいよ、それ。いやまじで。』と真顔で圧をかける。です!」

「正解!帰ってよし!次!50代の場合は!?」

「『怖いわよねー!!!もう私たちも歳だし。』と、年齢をちらつかせ、命の危険があることを知らせる。です。」

「正解!!帰ってよし!!」

候補生はたちは次々と試験をクリアし、ハンコをもらって教室から出てゆく。苔田先生の試験は、口頭で一問答えられれば合格のようだ。

「次の問題!!」

苔田先生は流川とジャスミンの横に立った。

「はい!お願いします。」

流川はやや緊張気味に返事をした。

「あなたの担当する会社員の被守護者が、しっかり寝ているはずなのに毎朝謎の頭痛に悩まされています。可能性として何が考えられますか?ちなみに偏頭痛は無しとします!」

流川はじっくりと苔田先生の問題を噛み砕き、必死に考えた。

「えーと。えーと…。」

流川は考えた。が、偏頭痛以外何も思いつかないのだ。

「何か考えがありますか?」

苔田先生は流川の顔を覗き込みながら回答を待った。

「えーと…わかりません。偏頭痛しか思いつきません。すみません。」

流川はなんだかしょんもりなってしまった。

「ちょっと難しかったですかねー。ちなみに隣の方は分かりますか?」

ジャスミンに問題の解答権が移った。

「被守護者が会社員の場合、会社でのストレスが考えられると思います。」

ジャスミンは淡々と答えた。さすが候補生の先輩。

「正解!」

苔田先生がジャスミンの持つ修了証にハンコを押そうとした時、

「それから、会社がブラック企業ではなかった場合、ストレスではなく脳腫瘍などの疾病が考えられます。また、睡眠時無呼吸症候群や高血圧でも起床時の頭痛が起こりやすくなります。それから…」

一度話しだすと止まらないのはジャスミンの癖らしい。

「はいはい!!オッケーですよー!!!!素晴らしいね君は!!お医者さんみたいだよ!!!他の講義のがんばってね!!じゃ!!!!流川君はもう一回ね。あとで戻ってくるから。」

苔田先生はジャスミンの修了証に無理やりハンコを押すと、次の人のところへ移っていった。

「あらやだ!アタシったらもーーーー!」

ジャスミンは恥ずかしそうに笑った。

「それにしてもジャスミンさん、病気に詳しいんですね。」

流川はさっきのジャスミンの様子を思い返した。

「え?まあね。アタシ幼少期からあらゆる病気、怪我をしてきたのよ。頭なんてずっと痛かったし。だから詳しいの。」

なぜか自信満々のジャスミン。

「え、あ。そうだったんですか…。じゃあジャスミンさんは…」

流川はちょっと遠慮気味にジャスミンに投げかけた。

「あ、死因はホッキョクグマとのタイマンね。」

「…あ。」

『思ってたのとは違うけどイメージはできる』と流川は思うのであった。

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