銀次郎と宇宙人戦争
「流川っちー!アタシ今日夕方からも講習入ってるから夕飯先に食べちゃってね!」
ジャスミンは鞄にノートや筆記具を詰め込むと、バタバタと部屋を出ていった。
「分かりました!いってらっしゃい!」ジャスミンは守護霊候補生としてここで生活を始めてからもうすぐで半年となり、そろそろ最終試験に向けて準備を始めるようだ。流川はジャスミンを送り出すと、自室の机の上にある講義一覧を手に取った。
「お金に関する危険ってのも重要そうだな。あ、でももっと基本的なものないかな。」
流川がじっくりと一覧を目で追っていると、「守護霊とは」の文字が目に飛び込んできた。
「これを一番に受けるべきだったなあ。」
勢いで街中での危機管理を先に受けてしまったことをちょっと後悔しつつ、流川は今日の昼過ぎのコマでこの講義を受けることに決め、昼食の時間まで寮内にある自習室で昨日の復習をすることにした。流川は寮の地図を広げ自習室の場所を確認すると、レジュメとノート、筆記用具を持って部屋を出た。
「お、おはようございます。」
部屋を出るなり、隣の部屋の前で蹲る灰色に色褪せた銀次郎に遭遇した。
「…おはよう、翼。」
銀次郎は昨日よりもさらにやつれている。
「大丈夫ですか?顔色悪いですよ。」
流川が銀次郎の横に屈むと、
「大丈夫そうに見える!?え?これが!?もうホント…勘弁してって感じ!ううう…」
銀次郎は一通り流川にキレ散らかした後、泣きついた。流川は情緒が崩れ去った銀次郎の姿に狼狽えた。
「と、とりあえず、僕の部屋に行きましょう。今日はジャスミンさん講義受けに行ってて僕一人ですし。」
流川は自習室へ行くのをやめ、銀次郎を自室へと招き入れた。
「どうぞ。」
流川は銀次郎を椅子に座らせると、給湯室でお湯を沸かし、銀次郎に煎茶を差し出した。銀次郎は湯呑みを手に取り、ずずっと啜った。
「…翼。ありがとうな。ハア…。」
銀次郎はようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「…ピピさんですか?」
流川は恐らくこの状況を作った元凶であろう人物の名前を控えめに出した。
「ああ…昨日も講義から帰ったらずっと地元のナントカ星での自慢話。それに始まって食堂でも同じテーブルに座って謎のパウチをすすりながら宇宙船の自慢話。夜寝ようと思ったら他の部屋の宇宙人仲間を部屋に呼んで謎の儀式始めるし…!!!挙げ句の果てには1000人のツインテールに囲まれる夢を見てめちゃくちゃうなされたわ!!!!」
銀次郎は血眼で訴えた。
「そ、そんなことが…。」
流川は魚のような眼をパチクリさせながら銀次郎の話を聞き続けた。
「ハア。それにな?あいつわしが受ける講義の資料をな…」
「ええ。ええ。」
「ハア。しかもわしがトイレに行くときな…」
午後1時。流川と銀次郎は昼食を取るのも忘れて話し込んでいた。
「…ハア。…ハアアアア。」
「ええ?」
「ハアアアー。ハア…。ハアアアーーー。」
「…そんなことが。」
ついにため息で会話し始め、流川はもはや銀次郎の苦労が鮮明なビジョンとして頭に浮かぶようになっていた。
「わしはもうダメかもしれん。」
銀次郎は力無く呟き、机に突っ伏した。そんな弱り果てた銀次郎の姿を見て、どうにかしてあげたい流川。
「ピピさんに直接言ってみるのはどうでしょう?」
「いやいやいやいや!言うって何を?」
流川の提案に銀次郎は喰ってかかった。
「ピピさんも悪気はないと思います。勉強に集中できないのでお静かにお願いしますって言ってしまうのがいいと思いますよ。僕たちの仕事は勉強することですし。」
流川の曇りなき眼に銀次郎は絶句した。
「言葉が通じないの!!勉強するって言っても寝るって言っても!!通じてないの!!!」
銀次郎は水色の奇妙なツインテール宇宙人の顔を思い浮かべて、ため息をつきながら首を横に振った。
「僕が言ってあげましょうか?」
「はあーーーー!?無理無理無理無理!!!言ったところでその後の二人きりの時間とか耐えられない!!!最悪変なビームで消されそう!!」
流川は銀次郎に提案したが、銀次郎は即座に反対した。
「ハア。なんか話したらちょっとは気が楽になったよ、翼。よし!わしはとにかく早く講習を終わらせてこのツインテール地獄から1日でも、いや、1時間でも早く出ることを目標とする!!!」
銀次郎は瞳に炎を宿し、固く誓うのだった。
「よし!このペースで行けば二週間ちょっとで講義を終えられるぞ!」
銀次郎は、明日からの受講計画を立てた。一日3コマみっっちり受けることで、とにかく早く最終試験を受けようという算段だ。
「勉強に関しては寮の各階に自習室がありますから、そこでやればいいですね!僕も付き合います!」
流川も銀次郎の支えになろうと、ナイスなアイデアを提案した。
「そうだな。わざわざあのカオスな空間でやってやることもないしな。」
銀次郎はようやく元気を取り戻したようで、流川はホッとしたのだった。
「夕飯の時間になっちゃいましたね。食堂行きましょうか。」
銀次郎と一緒に流川も自身の受講計画を立て終わった頃には、気付けばあたりは薄暗くなっていた。流川は銀次郎を伴って食堂に向かうべく、部屋を出た。
「あ…。」
「オウ。」
流川、銀次郎はタイミング悪くピピと鉢合わせてしまった。
「ど、どうも。」
流川がやや緊張気味に挨拶しちらっと横に視線を投げると、銀次郎は高速で眼を泳がせていた。流川は倒れそうになっている銀次郎を庇いながら、静かにエレベーターへと向かった。
「…」
「…」
「…」
エレベーターの中はしんと静まりかえっている。
(どうしよう。ピピさんついてきちゃった。銀次郎さんも下唇噛み締めすぎて血出てるし…早く…早く着いてくれ!!!)
流川は必死に心の中でそう願った。
チン!
エレベーターは食堂のある階に到着した。
「…どうぞ。」
流川はエレベーターの『開』ボタンを押し、ピピに先に降りるように促した。
「アリガト。イコウ、ギンジロウ。」
銀次郎は絶句した。ピピは流川の横で小さくなっている銀次郎の腕を掴んで一緒にエレベーターを降りたのだ。
「(助けてくれ!翼!!)」
銀次郎は口パクで後ろにいる流川に助けを求めた。
「…は!!!」
流川はその姿が宇宙人に誘拐される市民のように見えた。
「待ってください!」
流川は気付いたらエレベーターから降り、パシッと銀次郎の手を掴んでいた。
「ン? ドウシタ?」
ピピは振り返って、流川を見やった。
「あ、えっと…。」
流川は言葉に詰まったが、銀次郎が必死に目で訴えてくる。
「ご飯、一緒に…どうですか?」
流川は脂汗をかきながらなんとか言葉を搾り出した。
「イイヨ。ネ? ギンジロウ。」
ピピは銀次郎に向かって問いかけたが、銀次郎はすでに魂が抜けていた。
「ジャ、イツモノセキデ。」
ピピは一人食堂の宇宙人用のエリアへと入っていった。
「ハア。すみません、咄嗟に出た言葉が…。結局一緒に食事することになってしまって。」
流川は銀次郎に申し訳なさそうに投げかけた。
「いいんじゃよ。あいつと二人で食事するより10000000倍良いわ。」
流川と銀次郎はなんだか疲れた様子で人間用エリアへと入っていった。
流川と銀次郎はお皿にたっぷりと食事を盛り、「いつもの席」へと向かうべく人間用エリアを出た。途端、銀次郎の足取りは急激に重くなった。
(銀次郎さん、相当嫌なんだな。ピピさんは銀次郎さんのことバディみたいに思ってるみたいだけど…。)
流川は牛歩でなかなか進まない銀次郎の姿を黙って見つめた。
「オソカッタナ。」
席につくと、すでにピピは銀色のパウチを一袋食べ切るところであった。
「すみません。美味しそうな物が多くて迷っちゃって。」
流川は自らピピの前を陣取り、トレーをテーブルに置きながら困ったように笑った。
「ニンゲンヨウノメシ、シュルイオオスギネ。」
ピピは二つ目のパウチを開けながら鼻を鳴らした。一方銀次郎は、流川の横、すなわちピピの斜め前に静かにトレーを置き、極力ピピの方を向かないようにしながら、トレーに噛み付かんばかりの勢いでご飯を食べ始めた。
「…フウ。コノアトハ?」
ピピが二つ目のパウチを食べ終わり、銀次郎に向かって投げかけると、銀次郎は顔を上げないままビクッと肩を振るわせた。
「…こ、この後っていうのは…?」
咄嗟に流川はピピに声をかけた。
「ショクゴハ、フロ ハイッテ、トモダチヨンデ オシャベリスル。キミモクルヨネ?」
ピピは銀次郎を指さしながら投げかけた。銀次郎は必死で蕎麦をすすり続けている。流川は意を決して口を開いた。
「銀次郎さんは、この後僕に勉強教えてくれる約束をしていて…ね!銀次郎さん??」
流川は大きな瞳でパチパチと銀次郎にウィンクを飛ばしながら投げかけた。
「…そ、そうじゃったそうじゃった。そろそろ試験も視野に入れないといけないからのう。やっぱりわしらの本分は勉強だからな。な?翼!な?」
銀次郎もできないウィンクを流川に飛ばしながら、上擦った声で答えた。
「ヘー。」
ピピはなんだかつまらなさそうに答えたかと思うと、トレーを持って席を立った。二人が不思議そうにピピを目で追うと、
「サキモドッテル。」
とだけ残してピピは食堂を後にした。
「行っちゃいましたね。」
流川は気に触ることでも言ってしまっただろうかと不安に思い、銀次郎の方を振り返った。
「…っしゃああああああああああああああああ!」
突如銀次郎は拳を高く天に突き上げた。流川はギョッとしたが、先ほどまでと打って変わって顔色が良くなっているのをちょっと安心したのだった。
食後、銀次郎は流川の護衛の下に早々に入浴を済ませ、ピピが部屋を出ていったタイミングで必要な教材を取りに部屋へと戻り、流川と一緒に自習室に向かうことにした。
「銀次郎さんは今日は何の科目を復習するんですか?」
「今日はストレスマネジメントだな。」
「今の銀次郎さんには一番必要な科目ですね。」
流川と銀次郎は和やかにおしゃべりなんかしながら自習室の戸を開けた。
「「…あ。」」
「ヨウ、オソカッタナ。ハジメルゾベンキョウ。」
自習室に入るなり、びかびかのメタリックカラーの宇宙人人数名と山のように積み重なった教材が目に飛び込んできた。ピピはその間からこちらに向かって手を振っている。
「…ファ。」
銀次郎は膝から崩れ落ちた。
彼らの星を超えた戦いはまだまだ続く。
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