初めての守護霊講習
流川とジャスミンは自室に戻ると、お風呂に入り各々の時間を楽しんでいた。
「流川っちそれ講習の一覧表?」
分厚い冊子を読み込んでいる流川にジャスミンはベッドに寝転びながら声をかけた。
「はい。どの授業から受けようか迷っていて。ジャスミンさんはどの授業を最初に受けました?」
「えー、何だったかしら。」
ジャスミンは起き上がると、机に並べられたノートから一冊を手に取りパラパラとめくった。
「確か…一番初めに受けた授業はこれね。」
ジャスミンはノートを流川に手渡した。
「『酒の席での危機管理』…ですか。」
流川が渡されたノートには、アルハラやセクハラから被守護者を守る方法、セクハラの容疑をかけられないようにする方法など、お酒の席で気をつけるべきことがずらっと書かれていた。
「この授業つまらなかったわ。だって、酒を飲ませすぎない、被守護者がおじさんの場合女の子の横には座らせない、女の子の場合にはおじさんの横に座らせない…とか!!当たり前のことばっかりなんだもの。エスキモーでも分かるわ!」
ジャスミンは呆れたように肩をすくめた。流川が苦笑いしながらページをめくっていくと、あるページに行き当たった。
「街中での危機管理…。」
「そう。それは簡単に言えば街中にある危険から被守護者をどう守るのか、みたいなことね。元警察官なら馴染みがあるだろうし、最初に受けるのには良いかもね。」
流川はノートを読みながら自身の最期を思い出していた。流川が最期を迎えたのは交通整理中。警察官として危険から市民を守る仕事をしていた流川は興味津々だった。
「これにします!」
流川の目はやる気に満ち溢れていた。
翌週、流川は朝イチの『街中での危機管理』の講習を受けるべく、白亜会館3階のB教室へと向かった。
「ここがB教室か。」
流川が戸を開けると、広い教室にはすでに数十人の候補生が席についていた。真面目な流川はできるだけ前の席に座ろうと教室の前の方へと足を進めた。
「おう、翼か…。」
声のする方へ視線を向けると、何だかやつれた銀次郎が一番前の端の席に座っていた。
「銀次郎さん!大丈夫ですか?目の下、すごいクマですよ?」
流川は銀次郎の横の席に荷物を置いた。
「いや、もうなんか…。」
銀次郎は頭を抱えた。
「何かあったんですか?」
流川と銀次郎は隣の部屋だったが、何やかんやと時間が合わず顔を合わせられないでいたのだ。
「…もう最悪だ!!!あいつがルームメイトだったんだよ!!!!」
「あいつ???」
流川はヒステリーを起こす銀次郎をなだめつつ問いかけた。
「そう!あいつ!あの変な色の宇宙人!ピピだよ!!うわああああ!」
銀次郎はついに突っ伏して泣き始めた。
「…あー、ピピさんですか…?」
流川はあの水色のイケイケ宇宙人のことを、変わった人だなーとは思っていたが、銀次郎がここまで弱り果てる理由を分からずにいた。
「そうだよ!!!あいつもう部屋でもずーっと自慢話。食堂にもついてくるし。寝るって言ってるのにずっと喋ってるんだぞ!?もうノイローゼになるわ!!!」
銀次郎は相当堪えているらしい。
「それはお気の毒に…。」
流川は何とかしてやりたかったが、どうすれば良いのか分からずにいた。
「皆さん!おはようございます!!そろそろ講義を始めますので着席してください!」
その時女性の元気な声が教室内に響いた。スーツをしっかりと着こなすその女性は教壇に立つと、黒板に達筆な文字で『街中での危機管理』と書いた。
「私はこの講義を担当する奥野と言います。この講義では、危険の多い街中において被守護者を守る術を学んでいただきます。講義の最後には試験がありますので、皆さん頑張ってくださいね。」
奥野先生は笑顔でそう呼びかけるとテキパキとレジュメを配り、授業を始めた。
「では、まず街中での危険というとどんなものが思いつきますか?」
奥野先生は候補生たちに尋ねる。
「はいっ!」
流川は一番に手を挙げた。流川の手は天にも届きそうなほどの伸びを見せている。
「はい。では一番前の方。」
流川が指名されると、流川はピシッと起立した。
「交通量の多い道路における交通事故があると思います。」
流川の回答に横に座っていた銀次郎の頭には
『ごめんね。』
というワードが浮かんでいた。
「素晴らしいです。交通事故は身近にある危険ですね。他にある方。」
「はいっ。」
またしても流川は元気な声と共に挙手した。
「積極的で良いですね。どうぞ。」
「泥棒や強盗などもあると思います。」
さすが元警察官の流川。街中に潜む危険は熟知している。
「はい、その通りですね。他…」
流川はもう立ったまま手を上げている。
「は、はいどうぞ。」
「さらに通り魔に合う可能性もありますし、置き引きにも気をつけなければなりません。また、高い建物では地震や火事も危険です。それから、落雷に遭うこともありますし、台風もあります。それに…」
「翼…翼もう良いんじゃないか?座れ!」
横に座っていた銀次郎はギョッとして流川のシャツの裾を引っ張るが、流川の発表は止まらない。
「それに飼い犬に噛まれる可能性もあります。それから…」
「あ、ちょっと…もう、もう大丈夫ですよ!座ってくださいね。はははは…。」
奥野先生はレジュメの内容を全て話してしまいそうな勢いの流川を何とか止めると、授業を再開させた。
「今彼からもいろんな意見が出ましたが、街中では命に関わるような危険がたくさんあります。特に怖いのは交通事故です。人は簡単に交通事故で命を落としてしまいます。ですから、歩行時の安全確認に加え、車両の確認、本人の体調管理なども守護霊が率先して行わなければなりません。それから…」
候補生たちはレジュメに一生懸命にメモを取りながら講義を受け、最後のテストの時間となった。
「それでは、今から試験となります。一人ずつ口頭で行いますので準備のできた方から一列に並んでください!」
奥野先生の声を合図に、多くの候補生が通路に一列に並び始めた。
「僕たちも行きましょう。」
「お、おう。そうだな。」
流川が銀次郎に提案したが、銀次郎は寝不足なのもあり頭がちゃんと回っていないようだ。
「それでは次の方。」
流川の番が回ってきた。
「お願いします!」
流川は自信満々だ。
「では、道路交通法第九条は?」
奥野先生は笑顔で尋ねた。
「はっ!?」
流川の後ろで問題を聞いていた銀次郎は目を白黒させている。
「お答えください。」
奥野先生はニコニコしながら流川の答えを待っている。
「この先生…絶対翼のこと嫌いだろ…!タチの悪い試験問題だ。今日一回も触れてない内容だぞ?どうする!?翼!!!!!」
銀次郎は流川の後ろでドキドキしながら流川の動きを待った。
「道路交通法第九条!歩行者用通路を通行する車両の義務!車両は、歩行者の通行の安全と円滑を図るため車両の通行が禁止されていることが道路標識等により表示されている道路(第十三条の二において「歩行者用道路」という。)を、前条第二項の許可を受け、又はその禁止の対象から除外されていることにより通行するときは、特に歩行者に注意して徐行しなければならない!(罰則 第百十九条第一項第二号、同条第三項)」
流川は一言一句違わず誦じてみせた。
「はい!合格です。」
奥野先生はニコニコしながら修了証にハンコを押した。
「…!!!!!」
銀次郎は信じられないというような顔で流川を見ている。
「銀次郎さんの番ですよ!頑張ってください!」
流川は爽やかな笑顔で銀次郎を応援している。
「お、おう。」
銀次郎ははっと我に帰り、奥野先生の前に進んだ。
「再履修の方ですね。では問題です。あなたは今交通量の多い道路で交通整理をしています。その時、すっごく美人な守護霊があなたの近くを通りかかります。しかし、被守護者に向かってトラックが突っ込んできています。あなたはどうしますか?」
「…!」
「くそ!どいつもこいつも!何なんだ一体!性格悪いぞ!!」
銀次郎はまたもプリプリしながら長い廊下を歩いていた。
「でも無事に受かったから良かったじゃないですか。そうだ、食堂行きましょう!お昼食べて忘れましょうよ。」
流川は苛立っている銀次郎を何とか落ち着かせようとなだめている。
「翼!お前は人が良すぎる!!!なんだあの問題!!道路交通法なんか答えられるわけないだろ!!それにわしのあの問題!トラウマを掘り返すような真似しよって!!」
銀次郎の声は廊下に響き、周りにいた候補生たちが銀次郎を振り返る。
「…。」
流川は、今の銀次郎に何を言っても無駄だと悟ったのか、黙って銀次郎の話を聞いてあげることにした。
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