流川と銀次郎

 「それではお手続きを致しますね。まずはこちらの注意事項をお読みいただき、サインをお願いします。」

七三分けの男は分厚い注意事項の冊子をドンと流川の前に置いた。

「…わかりました。」

流川はその冊子を手に取ると1ページ目を捲り、じっくりと読み始めた。流川は真面目な男なので、この手の注意書きや説明書は初めから全て読み込むタイプ。

「…。」

七三分けの男はニコニコしながら流川がサインをするのを待った。

「…。」

待った。

「…。」

待った。


「えー、お手続きですが、大事な部分を抽出してご説明しますね。」

かなりの時間をかけて注意事項一冊読み切ろうとしている流川を見て、七三分けの男は「冊子渡すな、危険。」と判断したらしい。流川から冊子を取り上げ、説明を始めた。

「えー、ご存知の通り、守護霊は一人の人間の守護者として被守護者と一生を共にします。つまり人間を守る側に回るということです。その守護霊になるためには、守護霊訓練という特別な訓練を受け、人間を守る術を色々と学んでいただきます。訓練期間は人それぞれ。全てのカリキュラムをご自身のタイミングで受講していただけます。そして最終試験を受けていただき、合格した者のみが守護霊としてあちらの世界へ戻っていきます。そして、被守護者の人生がいい方へ向かうように導き、彼らが満足して死を迎えた時、あなたの守護霊としての階級は上がります。」

「なるほど。」

流川は一生懸命に説明を聞いている。

「最初に担当する人間に関する希望は、講習受講期間中にアンケートで伺いますが、必ずしも条件に合った人が見つかるというわけではありません。それに、一緒に生活していくうちに、思っていた人物と違うと感じることもあります。そして…」

「…そして?」

七三分けの男はそこで一度言葉を切り、真面目な顔で続けた。

「万が一、途中で被守護者が守護霊の注意不行き届きで亡くなってしまった場合、その守護霊には天国へ行っていただくか、階級を一段階下げ、もう一度守護霊講習を受けてもらうことになります。」

七三分けの男はそこまで説明すると、再びニコニコとした顔に戻り、

「ご質問は?」

と投げかけた。流川は頭の中で話を整理し、

「大丈夫です!」

と元気に告げた。

「かしこまりました。では、サインをお願いいたします。」

流川は七三分けの男から紙を受け取り、でっかい字でサインをした。

「それでは、お手続きは以上となります。講習を受けていただく場所までここから小舟が出ておりますので、出発の時間までお待ちください。」

七三分けの男は流川にそう告げると、後ろに並んでいた厳つい白装束パンダの手続きを始めた。


 流川は小舟が出るまでの間、待合室の椅子に腰掛けて辺りを見回した。流川と同じように守護霊を目指す者、天国へと直行する者、過去に未練があり川を渡れずにいる者など、多くの生き物がそれぞれの想いを胸に川を見つめている。


「…翼か?」

突然自分の名前を呼ぶ声がした。流川がその方を見るとそこには皆と同じように白装束姿のなんだかしょんもりした銀次郎が待合室の入り口に立っている。

「銀次郎さん!?」

流川は驚きのあまり目を見開いた。

「翼…!翼よ!!本当に悪いことをしてしまった…。すまんかった!」

銀次郎は流川に一歩ずつ近づくと、足元に跪いた。

「銀次郎さん!やめてください。」

流川は慌てて銀次郎を立たせると、椅子に座らせた。

「銀次郎さん!よかった、もう会えないかと思いました。」

流川は大きな目に涙をいっぱいに溜めて銀次郎の手を取った。現世では触ることのできなかった銀次郎の手は思ったよりも小さかった。

「わしのせいでお前の幸せな人生奪ってしまった。すまんことをした。」

銀次郎は自分の監督不行き届きで流川を死なせてしまったと非常に悔やんでいた。

「銀次郎さん!僕は大丈夫ですよ!」

流川は若干空元気だったが、銀次郎を元気づけようと立ち上がって力こぶを作ってみせた。銀次郎はそんな流川の様子を見て、ふっと笑った。そして立ち上がると、

「それを伝えに来たんだ。最後に会えてよかったよ。じゃあ、達者でな。」

と言うと、待合室から出て行こうとした。

「銀次郎さん、どこに行くんですか?」

流川は慌てて銀次郎の後を追った。銀次郎は流川に背を向けたまま立ち止まった。

「…わしは守護霊には向いてなかったんだよ。」

銀次郎は寂しそうに笑った。銀次郎は守護霊としての生き方を辞め、川を渡ろうというのだ。流川は一瞬言葉に詰まった。銀次郎は小さく手を振ると、川に向かって歩き出した。

「銀次郎さん待ってください!」

流川は銀次郎の前に立ちはだかった。

「失敗は誰にでもあります。それに、僕は赤ん坊の時から何度も何度も銀次郎さんに助けられました!」

流川は銀次郎の肩に手を置き大声で続けた。

「僕が3歳の時!お正月に餅を喉に引っ掛けた時に掃除機で吸い出してくれました!僕が5歳の時!お祭り会場で迷子になった僕を、神輿に轢かれながらも探してくれました!」

「翼…。」

「僕が7歳の時の誕生日!アマゾン旅行で川で溺れた僕を、ピラニアと戦いながら助けてくれました!」

「…翼…?」

「僕が9歳の時!…」

「うんもう分かったから!!!てかなんで2年おきにそんな災厄が降りかかる人生なの!?わしもびっくりしたよ??」

銀次郎は暑くなる流川に突っ込んだ。

「だから!!!!!!!!僕と一緒に守護霊講習もう一回受けましょう!!」

流川は眩しいほどの笑顔でそう投げかけた。

「…翼。…翼!!!!!」

銀次郎は流川の言葉に涙を流し、流川に抱きついた。


 スキンヘッドおじとちょっと変な魚みたいな顔の青年が泣きながら抱き合っている様を、多くの人々、動物、宇宙人たちが不思議そうに見つめていた。

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