流川と白亜会館

 流川と銀次郎は小舟に揺られて三途の川を下っていく。

「ここを向こう岸に渡れば天国で、講習を受ける会場は川を下った先にあるんだ。もう少しで到着するよ。」

編み笠を目ぶかに被った船頭さんが小舟を漕ぎながら教えてくれた。小舟には流川と銀次郎以外にもガタイの良いプロレスラーのような女性とサラリーマン風の眼鏡の男性。それに屈強なゴリラ、アリクイにカラス、そして頭からツインテールのような触覚の生えた水色の宇宙人が乗っている。


「へえ、エースさんは九州の動物園にいたんですか。」

「ええ、動物園で生まれて長年展示されていました。死因は寿命です。」

流川は屈強そうなゴリラと話をしている。

「それにしてもすごい筋肉ですね。羨ましい。トレーニングとかしてたんですか?」

流川はエースの胸筋をつついた。

「これでも一応群れのボスだったので。来園するお客さんの一般的なイメージから外れてしまうといけないですからね。」

「律儀ですね。」

展示動物には展示動物なりの苦労があるらしい。


「わしは講習二回目なんです。」

「そうなんですね!私初めてなもので。いろいろ教えてください!」

銀次郎の横に座っていたサラリーマン風の男性は銀次郎と身の上話なんかをしている。そこにぬっと水色の宇宙人が割り込んできた。

「ワタシ、ピピテ イイマス。ハジメマシテ!」

宇宙人ピピは勝手に自己紹介を始めた。ピピは銀次郎に興味を持ったらしい。

「アナタ ナマエハ? ナンデココニイル ?」

ピピは二人に尋ねた。

「私は山田と言います。仕事がきつくて過労死してしまって。」

サラリーマン風の山田はメガネをクイっと直しながらピピに挨拶した。

「アナタ クソマジメソウ ダシネ 。」

ピピは眉毛を下げながらそう返した。一応慰めているらしい。

「わしはそこにいる青年の守護霊をしていたんだが、わしの監督不行き届きで死なせてしまってな。もう諦めようとしていたんだが、彼に励まされてもう一度講習を受けることにしたんだ。」

銀次郎は話しながらしょんもりしてしまった。

「ソナノ?ダイジョブネ!ワタシナンカ 10カイクライ コノコウシュウ ウケテルネ。」

ピピは銀次郎の背中をバンバンと叩いた。上には上がいるらしい。


「さあ、到着したよ。あそこに見える白い建物に向かってくれ。」

船頭は係留所に小舟を止め、候補生を下ろすと再び川を登っていった。船着場から少し離れたところに、上層階が見えないくらい大きな白い建物が見えている。

「あれが…大きな建物ですか?」

流川は銀次郎に尋ねた。

「おお、懐かしいのう。そうだ、あれが…」

「ミナサン!コッチカライケバ チカミチデス!ワタシニ ツイテキテ!」

講習会常連のピピはツアーガイドの如く候補生たちを先導している。候補生たちはピピに従い白い葉の生える不思議な木々の間の細道へと入っていった。


「…わしだって知ってるもん!!」

銀次郎は悔しそうにピピをキッと睨んだ。


 ピピが先導する候補生一行は講習の会場となる『白亜会館』に到着した。白亜会館は豆腐のように四角い高層の建物で、中庭には白い菊の花が綺麗に咲いている。

「カカリノヒト クル。マテ。」

ピピはこの後の流れも全て覚えているらしい。銀次郎はただ黙ってピピをジリジリと睨み付ける。間も無くして、白衣を着た係員の男がやってきた。

「候補生の皆さん、ご苦労様です。私は白亜会館の候補生指導部リーダーの松林と申します。早速ホールに移動しましょう。」

松林は候補生を伴って白亜会館本館の大ホールへと向かった。

「この庭には1000本以上の菊が常時咲いています。」

「この建物は講習会場と寮が一緒になっています。」

松林は庭を通り抜け、会場の説明をしながら候補生を大ホールへと案内した。


大ホールには広いステージと座り心地の良さそうな客席が500席程用意されている。

「ココデ エライヤツ ハナス。」

ピピはついに松林より先に説明し始めた。

「では。」

松林も説明をピピに丸投げし、ホールからそそくさと出ていった。その後、流川たち以外にも多くの候補生がホールへと次々に入って来た。おじいさんから小さな子供、白熊や鰐、ピピとはまた違う見た目をした目玉が10個くらいある宇宙人など様々だ。


「…ゴホン!えー、候補生の諸君!!!」

突然あたりの電気が消えた。ステージの中央にスポットライトがあたり、鬣のように爆発しているヘアスタイルの、強そうなおじさんが現れた。会場はしんと静まった。

「私は守護霊講習会を主催している白亜会の会長、獅子ヶ崎だ。今日から君たちには守護霊になるための講習をみっちり受けてもらう。そして!最終試験に合格して守護霊となり、人間を守るという大役を果たしてもらう。この講習会は脱落者も出る厳しい講習だ。総員気を引き閉めて取り組むように!」

獅子ヶ崎は喝を入れるとステージのライトが消え、獅子ヶ崎の姿も見えなくなった。


「それではこの後別教室に移動し、今後の説明を行います。組ごとに案内しますので順番について来てください。」

電気が付くと同時に突然候補生の前に魔法の如く現れた松林の声に驚く候補生を横目に、ピピだけが一人移動の準備をしている。これが毎回の流れなのだろう。


「それでは空いている席に座ってください。」

流川たちが案内された教室は白亜会館本館二階のA教室。席数は20席程で教卓と昔ながらの黒板がある。候補生一行が着席すると、松林は分厚そうな冊子を配りながら説明を始めた。

「それでは改めまして。私は候補生指導部のリーダー松林と申します。候補生指導部とは、皆さんのここでの生活をサポートする部門です。何か分からないことがあったら本館一階の候補生指導部に声をかけてくださいね。」

松林は冊子を配り終えると、教卓の前に立った。

「ではまず、明日からのカリキュラムの説明です。必修の講義は基本的に毎日、毎時間行われていて、好きな日時に受けることができます。講義を受けて、試験で基準点以上を取れれば科目修了の判子がもらえます。早い人だと毎日5〜6コマずつ受けて三ヶ月ほどで全科目修了できるくらいの量です。しかし、この会館には合わせて数千もの候補生がいますし、基本的に講習は早い者勝ちなので候補生が集中してしまい、受けたいときに受けられない科目も出てきます。また、難しい講義や実技などは人が集まりやすいので、余裕を持って一年ほどかけることをお勧めします。そして、最終試験は全ての必修講義の修了後に受けることができ、この試験に合格した候補生だけが守護霊としてあちらの世界に戻ることができます。」

松林は候補生一人一人を見ながら説明を進める。

「講義についてはしおりの2ページから500ページまで記載があります。」

流川は分厚い資料を律儀に2ページ目から読み込んでいる。

「また、講習再履修の方に関しては、それぞれの苦手に合わせた特別講義を履修する事になっています。特別講義を全て修了したのちに最終試験を受けていただく形になります。また、必修ではありませんが不安のある方は通常授業も受けていただけますのでお気軽に参加ください。」

松林は銀次郎とピピに向かってニコッと笑って見せた。


「では次に寮についてです。ここは全寮制です。南側が女子寮、北側が男子寮となります。基本的に二人部屋で、すでに入寮している先輩候補生との相部屋となり、それぞれの部屋番号はお手元のしおり535ページに記載がありますのでご確認下さい。

また、食事は3食寮の食堂でとっていただきます。お風呂、トイレ、洗濯室、簡易キッチンは共同となりますが、それぞれに使いやすい形をご用意しています。詳細はお手元のしおり967ページに記載がありますのでご一読ください。何かご質問がある方?」

松林は候補生を見渡したが、皆資料を見るので手一杯のようだ。

「では、今日の説明は以上となります。この後は寮の方で過ごしていただきますので、部屋番号を確認した人は十階の寮入り口へ来てください。十階へは廊下付きあたりの専用エレベーターを使ってください。それでは解散!」

松林は教室から出て行った。


「どこの部屋だった?」

「私は1210!あなたは?」

「私は1190かな。違う階だね。あとで遊びに行く!」

大アリクイとプロレスラーの女は友達になったようで、仲良さそうに教室から出ていった。

「銀次郎さんはどこの部屋ですか?」

流川は銀次郎に尋ねた。

「わしは1515だな。」

銀次郎はしおりを見ながら呟いた。

「え?銀次郎さん1515ですか?僕隣の部屋です!」

流川は嬉しそうに目を輝かせた。

「そうか!近いところに知り合いがいると気が楽だ。」

銀次郎も嬉しそうだ。

「じゃあ十階の寮入り口に向かいましょう。」

流川は銀次郎と一緒にエレベーターホールへと向かった。







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