旅立ちの流川

 流川は眩しい光の中目を覚ました。

「ん?ここはどこだ?」

流川は上半身を起こし、靄のかかる頭で記憶を辿った。

「…ええと、確か学校の近くで交通整備をしていて…そうだトラックが…!」

流川は自分の両手を凝視した。しかし流川の体は傷ひとつなく、さらにとても軽く感じた。流川は辺りを見回すが、一面光の球のようなものが漂うだけ。

「銀次郎さん?」

流川が自身の守護霊に呼びかけるが銀次郎の姿はなく、返事もない。その時、一つの光の球が流川の周りを飛び回り、少し離れた場所でぴょんぴょんと飛んだ。それはまるで光の球が「ついて来い」と言っているかのようであった。


 流川が光の示す方へ歩みを進めると、目の前に大きな川と大勢の人々、動物、宇宙人みたいな生き物などが急に現れた。

「なんだ、これは。」

流川は混乱し、状況が飲み込めていないようだ。流川は自分の横を通り過ぎていったパンチパーマに白装束のおばさんに話しかけてみることにした。

「すみません!ちょっといいですか?私城西警察署交通課の流川と申しますが、ここは一体どこなんでしょうか?」

パンチパーマおばは驚いた様子で振り向き、

「え?ここ?知らない!私も今来たとこなのよ。」

とだけいうと、そのまま川の方へと行ってしまった。

「どうなってるんだ?」

流川の頭はさらに混乱した。流川は近くを通る一人一人の姿をじっと観察し、違和感を覚えた。

「…なんだ?」

流川ははっとした。ここにいる人たち全員、守護霊がついていなかったのだ。流川は辺りを見回し、不安に思いながらも、全員が向かっている川の方へと足を運んだ。


 川の近くは生き物たちでごった返しており、その手前にある河原には石が積み上げられていた。

「もしかしたら僕は…。」

流川はようやく自分が死んだのだと理解したらしい。流川は力無く膝から崩れ落ちた。その時、頭上から機械音のような声が降ってきた。

「オマエ、ダイジョブ?」

流川は頭上で自分をじっと見つめ、手を差し出す銀色の生き物に唖然とした。

「宇宙人だ…。」

流川は呟いた。流川は守護霊の宇宙人は見たことがあったが、こんなにリアルな質感の宇宙人は初めて見たのだ。それに白装束。

「ダイジョブカ?」

宇宙人はこちらをじっと見つめてくる。

「…は、はあ。」

流川は目を白黒させながら、ようやくその手を取り立ち上がった。

「ナカマ。」

白装束をピシッと身につけた宇宙人は流川の額を指さしながらそう言うと、皆と同じ方向に向かって歩いて行ってしまった。

「…僕宇宙人じゃないんだけど。」

流川はしばらく呆然と立ち尽くしたが、他の人たちの流れに乗ってさらに川に近づきその水面を覗き込んだ。そこにはクセの強い魚のような顔と白い三角の布がはっきりと映った。

「やっぱり…。」

流川は自身も白装束を纏っていることを確認し、肩を落とした。


「すみません、お兄さん。」

流川は突然声をかけられ、急いで後ろを振り返る。そこにはスーツを着た中年の男が立っていた。

「着いて早々大変かと思いますが…今後どうするかはもう決めていらっしゃいますか?」

スーツの男はニコニコと営業スマイルを湛えながら流川に問いかける。

「今後、どうするか?ですか?」

流川はこの男が何を言っているのか理解できず聞き返した。

「はい!お兄さんは今三途の川の手前にいらっしゃいますが、渡るかどうかもう決められているかなと思いまして。」

「あ、渡らないって選択もできるんですか?」

流川は興味深そうに問いかけた。

「あ、はい。渡れば天国。あちらの世界とは隔離され、向こうでの記憶はなくなります。渡らなければ記憶はそのままでずっとここにいることになります。どうしますか?」

スーツの男は再び問いかけた。

「えーと、ちょっと考える時間を頂いてもいいですか?」

流川は困惑しながらそう答えた。

「はい、もちろんです。時間は永遠にありますから。決まったらこのバッチをつけている係員に声をかけてくださいね。」

スーツの男はひまわりのような花形のバッチを指さしにっこりと微笑むと、流川の元から離れ近くを走っていたゴールデンレトリバーに話しかけている。


 流川は川辺に腰を下ろし考えた。流川は真面目な仕事人間で、警察官の仕事も天職だと感じていた。過去を全て忘れて新たに天国での生活を満喫するのも悪くないと感じながらも、過去を大切にしたい気持ちもあったのだ。その時、流川の近くを一隻の小舟が通りかかった。小舟にはぎゅうぎゅうに人や動物たちが乗り合わせ、その中にさっきの銀色の宇宙人の姿も認めた。宇宙人は流川に気がつくと、小さく手を振った。

「…あ。」

流川は希望に満ち溢れた白装束の人々を見送った。小舟はどんどんと流川から離れ、光の中に吸い込まれていった。流川はため息をつき、流れてゆく川を眺めながら時間を潰した。その間に数隻の小舟が流川の横を通り過ぎていった。

「毎日毎日これだけの人々が…。」

流川はなんとも言えない表情でその小舟の影を見送った。その時、自身が座っている場所から数十メートル離れた場所に、小さなテントのようなものが立っていることに気づいた。

「あれは何だ?」

流川は立ち上がると、テントの方へ一歩一歩と近づいた。

「おや、これはこれは!どうぞお座りください。」

七三分けの男は流川をちょっと見るなり、嬉しそうに立ち上がり、流川をテントの中の椅子に座らせた。

「こんにちは。」

流川はちょっと警戒しながら七三分けの男を見た。この七三分けの男もさっきの男がつけていたひまわり型のバッチをつけている。

「ここでは守護霊候補生を募集しているんですが、ご興味ありませんか?」

七三分けの男はプリントを手渡しながら流川に尋ねた。

「守護霊の候補生?何ですか?それは…」

流川は初めて聞くワードに困惑した。

「ご説明致しますね。文字通り、守護霊になるための訓練をする学校のようなところです。そこで訓練をしていただき、試験に合格できたら晴れて守護霊としてあっちの世界に戻ることができます。」

「あ… そんな感じだったんですね。知らなかった。」

流川は大きな目をさらに大きくして頷いた。

「もしご興味があれば、ここで手続きしちゃいますが。」

七三分けの男は流川の様子を伺っている。流川は足元を見つめ、しばらく黙って考えた。そして、意を決したように顔を上げると口を開いた。

「やります!守護霊訓練受けさせてください!」


こうして流川は守護霊候補生の一人として守護霊を目指すことに決めたのだった。


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