第2話


 小さな家が見えてきた。

 周りは竹やぶで包まれていて家があるとは初見では思えない。良い隠れ家だ。

 まだ灯りが灯っているので俺を待っているらしい。

 律儀なものだ。

 下を見ると先ほどの野菜たちが戸の周りに金色の毛と共に落ちていた。女狐が己の毛で作った分身体がここで朽ちてしまったらしい。

 あと一寸じゃあないか。

 ……運ぶなら中まで運んでほしいのだが。

 仕方ないので籠に詰めて男の住居に行った時と同様に戸を叩く。

 戸の向こうの影が動きややあってその扉が開いた。


「お使いお帰りなさい。いつもありがとう。で、あなたの気になっている人間はご健在かしら?」

「ふん。相変わらずだ。いつ死ぬのやら」


 俺の物言いにふふと笑う女狐――葛葉。

 金色の髪を腰辺りで緩く纏め、寝着に衣をまとっただけ。

 俺が咥えていた籠を手に取る。やっと解放された。

 顎が外れそうだと口をほぐすようにもぐもぐする。そして枷が外れたように伸びをしてから家の中へと入っていった。

 葛葉は土間に野菜を置いていく。

 俺は狐のまま土間を抜け広間に入っていく。

 内装は多分この辺の農民と変わらないかそれより上等なもの。あの男の家とどっこいどっこいな室内。しかしこの趣が良いのだ。俺は気に入っている。別に庵を建てる最中だ。

 その広間に一人訪問者――陰陽師がいた。

 たしか安倍晴明とか名乗っていたか。

 陰陽師勤めらしく白い狩衣を纏っていた。


「ああ! お兄様」


 まだ幼さが残る青年が俺を見てはしゃぐ。俺が急に居座っているからそれを葛葉がどうにか誤魔化そうと

 一応兄と思っている。多分バレているとは思うが。

 これは今更訂正する気はない。

 嘘だと察しているだろうにいまだ俺を兄と呼ぶのも面白い。特に面白いのは半分狐なのによく人間の世界で働いていることだ。妖側の方が幾分か楽だろうに。


「久しぶりだな」


 こいつの深夜とは思えない嬉々とした歓迎に困惑しながら応対する。胡坐をかいて座っていた晴明がぽんぽんと自分の腿を叩く。しかし俺は無視して対面に座った。

 お前の膝には座らん。


「え、お兄様座らないの?」

「別の者に譲ろう、そろそろそういう話もあるんじゃないか」

「それは早いね」

「どうだかな」

「まあいいや。今度はもふもふさせてね。そろそろ暇する予定だったし……。妖側の情報も知りたかったから来ただけなんだ」

「うん?」

「実は大江山の鬼たちを退治して十数年……。再び鬼たちが集まってるっていう噂が陰陽師と武士の間でもちきりでね。私はそれの調査をこの摂津まで来ていたわけなんだ」

「ほー」


 大江山の鬼……。

 それは興味がある。こいつには悟られないように俺は反応した。

 葛葉が棚に野菜を仕舞い終わったようで俺の隣に座る。晴明が気になることを話していたがどうやらお勤め中だし仕方ない。明日も仕事があるらしい。


「晴明。あとは私が伝えておくわ。朝発つ予定なのでしょう?」

「うんよろしく。母上様」


 そう伝えて晴明はぽんっと煙をたてて消えた。そこには形代だけが残った。

 なるほど。今までのあいつは式神だったのか。

 流石狐の血。術だけに限らず分身はお手の物といったところだろうか。俺には苦手な分野だ。

 そのままちょこんと座っていると葛葉がお茶を出してきた。随分豪華な。逆に怖いと訝しる。


「さて、晴明と喋ったことですが……その前にいつまで狐の姿でいるつもり?」

「ああ、そうだった」


 改まって言われたので変化を解いた。

 狐の時と同じ白髪。赤い目。片腕は狐の時と同様生えてはいない。

 人の形をしてはいるが唯一違うところと言えば額から生えたツノ。口の奥に覗く牙。

 最近は狐でいることの方が多かったため久しぶりに背を伸ばす。

 差し出された着物に手を通す。


「さて茨木童子さん、嬉しいお話ですよ」

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