第7話 旧友と運命の再会
漢帝国における最大の脅威が北方の騎馬民族、
現在の漢帝国は匈奴に対し、自らを略奪させるための資金を提供していると言ってもいい状態になっている。
文帝の時代になり、漢は匈奴の侵入に対抗するため、
ある時、文帝はその陣営を慰問に訪れたことがある。
覇上、棘門では手厚く歓迎された文帝だったが、細柳では様子が違った。
皇帝の先駆けが陣門に至った時も衛尉は陣門を開かなかったのだ。
「小官が命令を受ける相手は将軍だけであり、たとえ皇帝であろうと将軍の命令が無い限り立ち入りはできない」
そう言って陣営に入れる事を拒んだのだ。
やがて文帝の馬車が到着するが、言葉通り皇帝の馬車はその場で足止めされた。
「なるほど、これは気付かなかった」
文帝は命令書を携えた使者をたて、この陣営を守る将軍に対し門を開けるよう伝えて、やっと門が開いた。
さきに訪れた二つの陣営とはまったく異なる森厳とした雰囲気の中、皇帝の馬車はゆっくりと進む。馬を駆けさせるのは陣法に反するというのである。やっと本営に着いた皇帝を将軍は立ったままで迎えた。
「陣営において甲冑をまとった者は拝礼を行わないません。軍礼のみとさせて頂きます」
色めき立つ側近を制止し、文帝は大きく頷いた。
「見事な陣だ。さすが周将軍である」
将軍の名は
「これこそ真の将軍である。彼に比べれば他の二つの陣営など、子供のままごと遊びに等しい。一朝事ある時には、必ず周亜夫を大将軍として立てねばならん」
文帝から絶大な信頼を得た周亜夫は、その文帝の没後すぐ、後を継いだ景帝によって車騎将軍に任命される。そしてさらに後には、中原を揺るがす大きな戦乱の最前線に立つことになるのである。
☆
「淮南王さま。一通の書簡と、荷車に満載した本が届いております」
丞相の張釈之が知らせる。
王宮の書庫で竹簡を読みふけっていた劉安は顔をあげた。
戦国七雄のひとつ
ただ、それはとても整理されているとは言えない状態だった。棚には分厚く埃が溜まっており、本を取るたび盛大に舞い上がった。
「誰からだろう」
「
張釈之が言い終わるのも待たず、劉安は書庫を飛び出して行った。
「お待ちください、身元の確認が出来てからの方が」
「大丈夫だ」
劉安は振り返りもせず、叫ぶように言った。
「伍被はおれの昔からの親友だ。約束通り来てくれたんだ!」
「期日より少し遅れました。申し訳ありません」
伍被は穏やかな笑顔で頭を下げた。劉安はその両肩に手を置き、そして強く抱きしめた。
「淮南王さま」
「本当だ。おれがどれだけ待ったか……許さんぞ、伍被」
劉安は、ぼろぼろと涙をこぼす。
「あの、ところで王さま。その顔は」
やっと身体を離した劉安の顔を伍被は覗き込んだ。
「なんだ」
「真っ黒に汚れて、涙で縞模様になっていますが、どうされたのです」
書庫の埃が付いたままだった。
「そうだ、聞いてくれ伍被。ここ寿春は長安とは違う意味で古書の宝庫だぞ。
「ええっ、それは凄い」
「そうだろう、だからおれは最近は書庫に入り浸りなんだ」
「それで顔が煤だらけなんですね」
伍被は納得したように笑った。
「だがな、残念なことにすごく難解なんだよ。長安に伝わる文献と照らし合わせてみればその神髄を知ることもできるのだろうが」
確かあの北側の棚の左から十七番目に置いてあった竹簡にその解説があったんだが、と劉安は首を振る。
ふむ、と伍被は背後の荷車を振り返った。
「それでしたら、おそらく筆写したものがあると思います。楚辞に関する資料を写した記憶がありますから」
「え。筆写?」
劉安は伍被の顔を見た。
「なんで、そんな事を」
問われた伍被は、逆に不思議そうに劉安を見た。
「淮南王さまが御国で読んでいただけたら、と思ったのですが」
「ええっ」
劉安は絶句した。また新たな涙がこぼれた。
「何年もの間、朝から晩までそんな事ばかりやってるから振られるんでしょ」
荷車に積んだ竹簡の上から声がした。十代初めと思われる少女がそこに座っていたのだ。
少し癖のある黒髪を後ろでまとめ、きりっとした目で二人を見下している。
しばらく考えた劉安は手を打った。
「ああ、そうか。伍被が心に決めた女性がいると言っていたのは彼女の事か」
「そんな訳ないでしょう。あの頃、こいつは産まれてもいませんでしたよ。どれだけ私を少女趣味だと思っているのですか」
ともに淮南国へ来てくれ、と劉安が伍被を誘った時の話だ。
「じゃあ、誰だ?」
「姉の子で、名前は……」
伍被が説明する間もなく、少女は荷車の上から、ひらりと飛び降りた。
「
柔らかくも、強い意志を感じさせる声で少女は言った。
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