第8話 精神感応(テレパシー)


神田川梓には、共犯がいる。しかも相当に深く仲のいい人間に違い無いのだ。しかも、犯罪にある程度関わっていた人間に違いが無い。それは、誰なのか?



 特に、母子強姦(不同意性交)殺人事件の時には、被害者の家の窓ガラスを破ったりの手口は、ある意味プロ並みであり、素人の域を超えている。それ故、植田教授には警察も目を付けなかったのだ。



 2週間後、植田教授は藤田准教授に、もう一度会っていた。今回は自分が見た夢と現実に起きた事件との関係を、心理学的に精神医学的に藤田准教授に聞いてみたかったのだ。



始めから終わりまで、ゆっくり話しを聞いて藤田准教授は思いがけ無い事を言った。



その状態は、医学的には未だに証明されてい無いが、一種の精神感応つまりテレパシー状態で、植田教授は、その犯行現場の夢を見たのでは無いか?との仮説である。



 それでは、どうして神田川梓はその状況を知り得たのか、これはあくまで藤田准教授の見立てであり、断言はでき無いが、今までの話を総合すれば、彼女には虚言癖や空想癖があるのでは無いか?



 つまり早い話が、彼女自身が、二重人格者では無いのか?もっと言えば犯罪者特有の性格や性質があるのでは無いか?更に言ってしまえば精神病質者サイコパスかもしれ無いと言う。そして、彼女にも、また精神感応つまりテレパシー能力があるかもしれ無いとまで言った。



 特に、彼女の書いた小説『彷徨える生殖器』を読んで、更に、その感じは深まったと言うのだ。……ただし、断言はでき無いが、との釘差しは忘れなかったが。



 結局、藤田准教授からの話により、植田教授は自分の見た夢と、現実の事件との不思議な関連性には何とか結論じみた答えは得る事ができたものの、今回も、真犯人には辿りつけなかったのである。



 まず、共犯者がいるのか?いるとすれば誰なのか?



 更に、探偵社に依頼して調てみても、あの事件の1週間前後の神田川梓の動向がハッキリつかめ無い事から、もしかしたら神田川梓自身が新たな小説を書くために、石川県にやって来て、車を使ってたった自分一人で自らあの犯罪を起こしたのだろうか?



 そうであれば、夢で見た通りの犯罪現場は小説の上等で自在に再現できるのだが……。



 しかし、彼女は何度も言うように女性であり、母親の殺害は可能でも、美少女の強姦(不同意性交)は不可能なのだ。この最大の矛盾点を論破でき無い限り、彼女の単独犯説も不可能な事は自明の理でもある。



そこで、植田教授は更にお金を注ぎ込んで、探偵社に頼んで神田川梓の共犯関係を探してもらったが、彼女の親戚にも友人にも、まして恋愛関係にもある人物に怪しい人物は、一人もい無い事が報告された。それは、藤田准教授に会った日から更に2週間後の事だった。だが、これは、予想外の事実だった。



 何故なら、いかなる共犯者らしき人物もい無いとすれば、あの石川県で起きた母子強姦(不同意性交)殺人事件の真犯人は、神田川梓の単独犯行になってしまう可能性が急に浮上してくるからだ。



 彼女には、あの事件の前後1週間前後の行動が実はハッキリし無いのである。彼女のアリバイ証明は、依頼した探偵社もお手上げだったのである。



ついに、植田教授は、最後の最後の賭に出るしかなくなった。



 彼女、神田川梓を追い込んで白状させるしか無い。だが、一歩誤れば、自分の新たな職も地位も総てが吹っ飛ぶ危険性がある。そんな危険な事が果たしてできるのだろうか?



根本的な疑問なのだが、万一、あの変態的小説『彷徨える生殖器』に書いてあるとおり、自分が本物の夢遊病者であって、あの事件を引き起こしたかもしれ無いと言う疑惑は、まだ、自分の心の中に漠然と残っている。



 しかし、やるしか無いであろう。このままでは、ただただ、自分自身を疑ってダラダラと生きていくだけの事になってしまうのである。



 植田教授は、神田川梓が以前ホテルで述べた話の矛盾点、つまり嘘の部分を洗い出してみた。



 まず、吉川明は、事件の翌朝、東京のJ大学医学部精神神経科で藤田准教授の診察を受けている。つまり吉川明が犯人である可能性はまず無い。



 出勤時間からも、藤田准教授が実効犯だと言う事もありえ無い。



 逆に、神田川梓の事件当日前後約1週間のアリバイがどうも不明である。



 また、神田川梓が口を極めて力説した藤田准教授の「ドリーム・コントロール実験」について、来月、医学誌に載せる予定の未定稿の原稿をコピーさせてもらったが、他人の夢を自在に操る実験もようやく、その1割値度が実現できるようになった所であり、とても覚醒している人間の思考のコントロールなど不可能だと記載してあった。



 これらの証拠を並べる事によって導き出される結論は、神田川梓が新たな小説を書くために、たった一人で犯行を行ったと言う単独犯説が濃厚になる。共犯者との共謀も考えられるが、共犯者らしき人物は今の所見当たら無いからだ。



 では、彼女は、どうやって母親殺しはともかく、小学6年生の美少女を滅茶苦茶に陵辱できたのか?



植田教授が頭を悩ましていた所、突然、例の探偵社から電話があった。話しの中身は、彼女を秋葉原の場末にある、いかがわしい店に入る所を見た人物がいたと言うのだ。そして、そのいかがわしい店とは、レズビアン専門店だと言うのだ。



 繋がった!植田教授には、総ての謎が解けたように思えた。



 もし、神田川梓が単独で犯行に及んだとすれば、レズビアンで男役の女性が腰に巻いて付ける男性器の張り型を使って、あの美少女を陵辱したに違いが無いのだ。



そこで、彼女の小説を真似て『闇夜にうろつく性食鬼(せいしょくき)』と名付けた下手な小説を急いで書き上げ、G社の吉川明にコンタクトを取ってもらった。

 理由は、自分も下手なりに推理小説を書いてみたが、ここは、江戸川乱歩賞を受賞された神田川梓先生に、是非、読んでもらい、その簡単な批評をいただきたい言う事にしたのだ。



 今回も、意外に簡単に彼女の了解をもらえた。



 今度は、ホテルではなく、吉川明の勤務する大手出版社G社の会議室でと言う事になった。ここで、白黒を付けるのだ。



 その運命の日、彼女は、いつものトレードマークの鼈甲縁のサングラスをかけてラフなスタイルで現れた。まさか、自分が石川県で起きた母子強姦殺人事件の真犯人と書いてある小説とも知らずに、植田教授の書いた自分のとよく似た題名の小説に目を通しだした。



 徐々に、彼女の顔にはほんの少しの怒りの色が現れてきたのだ。



 それと言うのも、その植田教授の書いた小説とは、東京の超一流の大学在学中に推理小説の賞をもらい、数作は何とか書けたものの、とうとうある時期小説が書けなくなってしまった美人女性推理作家の話であったからだ。

 行き詰まった彼女は、そこである実験を決行するのであった。



 つまり、推理小説を書くために、あえて、現実に殺人事件を引き起こす事にしたのである、と。



 特に、彼女には特殊な能力があった。現代科学では未だに認められてはい無いものの、精神感応テレパシー能力である。その力を使ってかっての大学で自分に痴漢行為をした准教授(現教授)の夢をコントロールし、本人が勝手に自分で夢遊病者だと思い込んで自分自身が強姦(不同意性交)殺人の犯人だと悩み苦しんでいくと言う粗筋であった。



 しかもその母子強姦(不同意性交)殺人事件の現場の状況を元に、『闇夜にうろつく性食鬼(せいしょくき)』と名付けた小説を発表、某推理小説の新人賞を受賞したと言う粗筋になっているのだ。



 だが、彼女はさっとその小説に目を通した後、更にとんでも無い事を言い出したのだ。



「なるほど、今度は、私が男性器の張り型を使っての真犯人だと言う粗筋なのですね。

 まあ、よくもこんなくだら無い話しを考え付くものだわね……。



 私は以前に、今、横に座っている吉川明さんが真犯人だと言ったけど、それは植田教授をワザと油断をさせておいて、その間に、警察の捜査の進展を待ったのだけれど、でも、進展は全く無かったのよ。



 私が前に言ったように、本当に、吉川明さんが犯人だと思っているのならとっくに警察に情報を提供していますよ。あの、カーナビの履歴の話しも全部作り話しなんですよ。



 それに、藤田准教授の「ドリーム・コントロール実験」は、実はそれほど進展してい無い事も、本人から聞いてとっくに知っています。



 実は、私には、特殊な能力があって、医学的には未だ証明されてはいませんが、他人の見ている夢をそのまま見たり、もっと言えば他人の夢自体をある程度、私の力でコントロールできるのです。そして、その特殊な能力から導きだされた最初の結論は、植田教授の単独犯行説なのですが、ある時、私はある人物に急に疑いを抱き始めました」



「その人物とは、一体、誰なのです?神田川さんが、何か思い当たる点がある人物なのですか?」



「それが、大いにあるのです。前にも言ったように、あの事件のあった日の夜、私は、特殊な偶然、これは精神分析の創設者のフロイド博士の弟子のC・G・ユング博士の唱える『意味のある偶然性の一致:シンクロニシティ』と言いますが、私は、偶然にも、植田教授と同じ日に植田教授が見た夢とほぼ同じ夢を見たのです。



 それから、約1週間後、植田教授の多分かっての同級生と言う人物から、事件のあった場所と植田教授の家が近い事、植田教授は瞬間記憶力がすごいから、闇夜でも歩いてその家に家に行ける事、それにかっての同級生しか知ら無いような、植田教授の数々の奇行やエピソードが多数書いてあった手紙を受け取りました。



 植田教授は、私が『彷徨える生殖器』を書いたヒントになったのは、藤田准教授からのアドバイスが多かったと思っておられるでしょうが、実は最大のヒントになったのは、その手紙をもらった事であり、それがあの小説執筆の大いに参考にもなったのです」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る