第7話 藤田准教授


 で、それと同じ薬剤を、私も新型の睡眠薬や精神安定剤として、藤田准教授から飲まされていた。それも、あの事件の1週間前からです。



 大体、私にした所で、他人の夢の中に入って、その人と全く同じ夢を見るなんてどう考えても変でしょう。このように考えていくと、私も、植田先生も、そして吉川明も、全て、藤田一郎准教授の実験の被害者なのかも知れませんね……」



「しかし、あの吉川明は、そりゃ大学入学後は、勉強そっちのけのどうしようも無い遊び人だったし、性欲も異常に強かった事は認めるが、本当は気の小さい真面目な男で、大学の期末試験日が近づくと、青い顔をして私の賃貸マンションに転がり込んできたもんだよ。



 そこで、私が仮の家庭教師役を買って出て何とか彼を大学を卒業させたようなものなんだ。そんな気の小さい彼が、もし本当に実効犯なら、あんなに堂々としている筈が無いのだが……」



「そこが、「ドリーム・コントロール実験」の恐ろしい所です。彼は、藤田准教授の強力な暗示と最新の薬剤により、自分の行った行為を全く認識してい無いのです。多分、藤田准教授は、現実に覚醒している人間の思考をもコントロールできる薬剤の開発にある程度は成功していたのじゃ無いかしら。だから彼自身は自分のした事に全く記憶がなく、あんなに平然としていられるのでしょうね……」



「うーん」と、植田教授は、黙り込んでしまった。



 今、神田川梓は、推理作家らしく全ての謎を明快に解き明かしてくれた。……だが、この話自身が彼女の単なる推理の域を超えての、一種の空想や妄想であった場合、やはり、真の実行犯は自分となってしまうでは無いか?



 特に、植田教授自身が最近感じる事が多くなったのだが、最近は夢と現実の世界の境界の徐々にボーダーラインがはっきりしなくなってきている。これは、危険な兆候だ。



 大体が、この、約1時間の会話自体が、万が一、本物の夢だったとしたならば、自分は一体どうすればいいのか?さきほど、軽い目眩を覚えたのだが、これは彼がナルコプレシーに入る前の前兆である事は、自分でも自覚している。



 本当に、今までの会話自体が果たして本当に真実なのだろうか?



 そう思うと、植田教授は、彼女の推理力と探求力に敬意を表しつつも、この2年間、警察の目を恐れてビクビクと暮らしてきた自分の心が少しは軽くなってもいい筈なのに、一向にそのような気分になれ無い事に、自分でも十分納得ができたのである。



ともかくも、植田教授は、彼女の推理を裏付けるべく、早速、自分でも藤田一郎の隠された素顔の調査に直ちに入る事にした。



 ともかく、急がなければなら無い!



 まだ目眩(めまい)のする体で、植田教授は立ち上がって、一旦、自分の郷里の大学の自分の研究室に向かう事にした。何としても、真実を把握しなければなら無い。



 神田川梓は、いかにもそれらしい尤もらしい結論を出してみせたが、それは本当に信用できうるのだろうか?



 自分は、誰かによって、あるいは何かの組織によって、総てを操られているだけでは無いのか?その黒幕を、神田川梓は藤田一郎准教授だと、断言したが?果たして、そうなのか?

 結局、どれほど考えても答えはで無い。



そこで、藤田一郎は、最後の賭に打って出る事にした。つまり同級生の藤田准教授に直接会って、神田川梓が調べたと言う「ドリーム・コントロール実験」の真偽と、神田川梓が何処までの真実を語ったのかと言う点を聞いてみる事にしたのだ。



 勿論、あの変態的小説『彷徨える生殖器』のアイデアについても聞いてみたかったのだ。藤田はどこまで自分の事を彼女に話しをしたかをもである。



1週間後、植田教授は藤田准教授とJ大学医学部精神神経科の藤田准教授の研究室で会っていた。高校卒業以来、十数年ぶりの再会であったが、お互いに、高校生時代、本当はライバル同士として相当に意識していた思い出が蘇ってきた。



 感傷に浸る間もなく、植田教授は、今までのいきさつを簡単に述べた。



 特に自分の自宅近くで起きた母子強姦(不同意性交)殺人事件の話しと、その犯人は吉川明であると、神田川梓が断言した事まで話した。そして、藤田准教授が、「ドリーム・コントロール実験」によって、薬物やその他の方法で、他人の夢や現実の人間の思考のコントロール実験にある程度成功しているのでは無いか?との、彼女の説まで述べたのである。



 しかし、藤田准教授が話した事は、神田川梓の言った事とは大きく異なっていたのだ。



 特に、その事件のあった1週間前、神田川梓は藤田准教授から特殊な薬剤を処方されたと言っているが、実際は、その日も含めて彼女はほとんど病院には顔を出してい無いと言った。それはカルテを見れば必ず証明できる筈だと言いきったのである。勿論、医者には守秘義務があるので、そのカルテは見せられ無いが、と釘を刺されたのだが……。



 藤田准教授に言わすと、彼が以前に彼女に処方した薬は、今の内科医ですら簡単に処方しているような弱い薬(主に、ベンゾジアゼピン系のマイナー・トランキライザー)ばかりで、彼女の言うような特別変わった薬では無いと言った。



 更に驚いた事に、石川県での母子強姦(不同意性交)殺人事件の犯人は、絶対に吉川明ではありえ無いとも断言したのだ。何故なら、事件のあった日のその週のほぼ毎日、吉川明を自分は診察していたと断言したのだ。



 カルテは見せれ無いが、それも、確信を持って言えると言う。



 何故、藤田准教授がそこまでハッキリ記憶しているかと言うと、その日の翌日、石川県で起きた母子強姦(不同意性交)殺人事件のニュースをテレビで見て、そう言えば、同級生で東京の超一流大学の准教授にまで出世した植田教授が、今は、石川県内にある某私立大学の法学部の教授になって、その事件現場近くに住んでいる話しを風の便りで聞いており、変な事件に同級生の植田教授が巻き込まれなければ良いのだが、と思ったからだと言う。



 藤田准教授は、勉強では、数学以外、どれほど努力しても植田教授に勝てなかった事から、常に、植田教授を常にリスペクトして生きて来たと言うのである。



 自分が夢のコントロール実験に興味を抱くようになったのも、高校時代のホームルームの時に、植田青年が、



「自分は、現実の世界よりも、夢の中の世界に住みたい。夢の中では、自分は、スーパーマンにも宇宙飛行士にも、そしてAV男優にすら、なる事ができるからなあ……」と言って、クラス中の笑いを誘っていた事が大きな理由だったと言ったのだ。



 そこで、自分は、次の推理小説が書けずに悩んでいる美人推理作家に、自分の同級生であった植田茂樹を思い出し、世の中には、天才的な頭脳や直感的記憶力、また人間の五感を超えた能力を有する人間も極少数だがいるのだという話をした所、神田川梓は顔を輝かせて、是非その人間を題材にした小説を書いてみたいと言い出したため、若干、自分の記憶に残っている植田教授の話しを、例として面白ろ可笑しく話した事は認めたのだった。



しかし、神田川梓が口を極めて褒めたような「ドリーム・コントロール実験」も、現実には、ようやく約1割程度まで、寝ている人間の夢のコントロールができるようになった所で実験は進んだ所であり、現実の覚醒中の人間の思考までコントロールするには、今後あと何十年かかるか、全く分から無いと言っていたのだ。



「大体が、我が郷里の中学校始まって以来の秀才・天才と言われた君の事だ。少し考えてもらえれば即分かる事だろうと思うが、他の人間の夢自体を、薬剤や微量の脳内神経伝達物質程度で、こちらの思うような夢を見させる事が、どれほど困難な事か、少し考えてみれば馬鹿でも分かるやろうが……」と、藤田准教授は、さすがに怒ったように言った。



ああ、これは、一体、どういう事なのか?



 大学時代の同級生の吉川明が真犯人で無いとすれば、一体、誰が真犯人なのか?



 植田教授は、大手出版社G社の別の知り合いに、例の事件の約1週間前後の吉川明の動向を、聞いてみた所、何と吉川明はその事件の1週間前後、毎日、会社に出勤していたと言うのだ。ただ多分に毎日からの激務や気苦労からか、若干、鬱状態らしき状態にある事は間違いなかったらしいが……。



これでは、他に思い当たる人物は、一人もい無いでは無いか?まさか、あの神田川梓が、実は、吉川明の役を果たしていたと言うのか?



 彼女は、前の大学で、植田教授に痴漢されたと言い張った人間である。この前のホテルでは、いかにも、植田教授に好意的に話しをしていたように思えるのだが、それが、もしかしたら、総てがこの自分、植田教授を落とし入れる罠だとしたら……。



 しかし、石川県で起きた母子強姦(不同意性交)殺人事件では、小学6年生の絶世の美少女は、何人の人間に暴行されたかも分から無いほどの、非道い暴行陵辱を受けていたと言う。少女の女性器の裂傷状態から、鑑識が、そう認定したのだ。



 神田川梓はれっきとした女性であり、また、植田教授が覚めた時、精液がたっぷり詰まったゴム製品や、血染めのハンマーが、自分の「タイム・カプセル」の家の中にあった事は事実なのである。



 女性である神田川梓には、母親の殺害は可能であっても、小学6年生の美少女を犯す事だけは、できなかった事になる。それとも、誰か共犯者がいるのだろうか?そもそもである。

 あの変態的小説『彷徨える生殖器』を読めば、あの事件の真犯人は、間違いなく植田教授を指しているのである。



 これこそ、彼女なりの、この自分への隠れた復習と取る事はでき無いだろうか?



 植田教授は、一つの仮説を立ててみる事にした。






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