第6話 新たな犯人
医者が、患者の病名を他人に明かす事は刑法違反であろうが、別に、植田教授は藤田准教授の患者では無いし、あくまでこれから書かれるであろう小説上に展開される空想上の犯人像を提供しただけだ。
それだけの理由では、藤田准教授を刑法上での守秘義務違反や、名誉毀損罪には問え無いだろう。
「まあ、これから、毎日、ゆっくり眠れられれば、直ぐに症状は改善するでしょう」
そう言って、アメリカから輸入され、3ヶ月前に厚生労働省から認可されたばかりの最新型の睡眠薬と精神安定剤を2週間分処方されたと言う。問題は、これからであって、それらの薬剤を飲んで寝た日の約1週間後の夜の事である。
彼女は、その晩、摩訶不思議な夢を見たそうなのだ。その夢とは、自分が植田教授の見ている夢の中に入りこんで、あたかも植田教授の真横で行動しているような感じの夢なのであったという。その夢の中で、植田教授が、夢遊病者のようにフラフラと歩きながら、母子強姦(不同意性交)殺人を行うというものであったと言うのだ。
しかも何と、2日後、石川県の某市で、何と自分の見た夢そっくりの母子強姦(不同意性交)殺人事件があったとのニュースがテレビで流れたでは無いか!
早速、元大学に、植田准教授の現在の住所や、現在の職業を尋ねると、既に北陸の某市に引越しているという。グーグルの地図検索で調べてみると、殺された例の母子家庭の家と、植田教授の家とはあずか数百メートルしか、離れてい無いのである。
この不思議な体験が、彼女に例の小説『彷徨える生殖器』を書かせる格好の材料になった事は間違いが無いのだ。
こうして、稀代の変態的小説『彷徨える生殖器』は執筆される事になったのだが、彼女は、更に驚愕的な事を言い放ったのだ。
「確かに、でも、先生はあの事件の真犯人、つまり実行犯では無いのですよ」
「それはさっきもあなたは言ってましたね、私が真犯人じゃ無いと。では、あの藤田一郎が真犯人なのですか?」
「確かに、他人の見る夢をコントロールする研究を自分の研究の最終のテーマにしている藤田准教授は、黒幕と言えば、やはり黒幕なのでしょう……。
特に、かって、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)で寝ている人の見ている夢の内容の解読に成功したと言うニュースが流れた話を引き合いに出されて、あちらは夢の解読の研究で精一杯だったろうが、私は本人の見る夢自体を実験者のほうからコントロールする実験に、もう遙か以前から取り組んでいるんだ。と大笑していました。しかし、藤田准教授も実効犯そのものではありません、残念ながら」
「では、一体、誰が?どうやってあの事件を……」
数分の沈黙が流れた。どうやら彼女は、推理作家らしく、全てを理解しているらしい。
「私は、あの奇妙な夢とその夢を見た2日後に発見された石川県母子強姦(不同意性交)殺人事件の事を徹底的に調べました。
一時は、藤田准教授が本当の犯人では無いか?とも疑いましたが、大学病院でアリバイを確認すると、藤田准教授は、あの奇妙な夢を私が見た日、つまり母子強姦(不同意性交)殺人事件のあった日は、大学病院に夜12時まで残っていたし、次の日の朝6時前には大学病院に出勤されてます。
事件のあった北陸の片田舎の町と東京の距離差を考えてみると、藤田准教授が実効犯で無い事は確かです。
では、逆に、本当に植田先生が、夢を見ながら夢遊病者のように行動したのでしょうか?
しかし、ナルコプレシーと夢遊病とサヴァン症候群・アスペルガー症候群の合併症を有した人物など、小説上での空想の話ではありえるかもしれ無いけれど、現実問題としては極極、希有なケースであり、痴漢ぐらいはするかもしれ無いけれど、殺人や強姦(不同意性交)までする程の凶悪さを植田先生は持っているのだろうか?
話しは違いますが、第46回江戸川乱歩賞受賞作品の首藤瓜於先生の『脳男』とその続編の『指し手の顔 脳男2』では、完全なるサヴァン症候群である主人公の鈴木一郎を医学的に緻密に正確に描いていますが、私が、『彷徨える生殖器』で、サヴァン症候群やアスペルガー症候群を引用せざるをえなかったのは、主人公の連続強姦(不同意性交)魔が驚異的な瞬間記憶力を有しているという設定に、せざるをえなかったからなのです。
植田先生に、そう言う意味では、ある種の瞬間記憶力を有している事は、かっての同級生の藤田准教授も確信を持って言っていました。
所で、私は、ネットや図書館で色々と文献を調べているうちに、藤田准教授が医学専門誌の月刊『精神医学研究』に30歳の時に発表された論文を探し当てる事ができました。
その論文名は『ドリーム・コントロール実験の現状と今後』と題されたもので、藤田准教授は、生涯の目標として、自分が何らかの方法で他人の見る夢を自在にコントロールでき無いか?その研究過程と今後の目標行程が載ってました。
今の所は、他者催眠暗示によるコントロールで、ある程度まで他人の夢をコントロールできる所まできているが、将来は、メラトニン、エンドルフィン等の脳内神経伝達物質の配合量を微妙に調節し、薬の効果時期を他人のREM睡眠時(人間が夢を見る時間帯)にうまく作用するよう設定し、ニューロン(脳神経細胞)間のグルタミン酸等々の流れを増量したり遮断したりして、その間に、スタンリーキューブリック監督の映画『時計じかけのオレンジ』のように特殊な映像を強制的に見させて、自在にその夢をコントロールできるようにしたい、と……。
この論文を読む限り、確かにかっての国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の研究の遙か先に視線を置いており、藤田准教授がその研究に異常に取り組んでいた事が理解できます。
そして、これが完成したならば、次なる実験、つまり他人の夢だけではなくて、他人の現実の人間の思考そのものをコントロールするのだ、と。……まるで、これはマッド・サイエンティストの考え方そのものじゃありませんか!
その月刊誌を発見してから数日後の事、J大学付属病院で私はある人物が、この病院に通っているのに偶然出くわしたのです。
一体、誰だと思います?
何と、先生の大学の同級生でG社勤務の吉川明じゃ無いですか。私は彼の後をそっと着けてみたのです。案の定、藤田准教授の勤務している精神神経科に向かうではありませんか。
不審に思った私は、私は、自分の受け持ちの編集者でもある吉川明の、あの母子強姦(不同意性交)殺人事件のあった時のアリバイをG社に確認してみました。やはり私の思った通り、あの事件を含めての、前後約1週間弱、彼はG社に出社していなかったのです。
では、どこに行っていたと思います?彼は、実は石川県に行っていたのです。これは同じ出版社の別の編集者に、彼の車のカーナビの履歴を調べてもらって分かったのです。高速道路等を使えば、例の母子家庭の家へは、カーナビ付きの車でぶっ飛ばせば約半日強で辿り着けるのです。
きっと、植田先生は、彼に、自分の郷里の家の近くにめちゃくちゃ可愛い女の子がいる事を、いつか、彼に話されたのでは無いのですか?」
「確かに、時期は覚えてい無いが、そんな事を言った記憶はある事はあるが……」
「そこなんです。少年漫画の『金田一少年の事件簿』じゃ無いけれど、『謎は全て解けた!』のです。
あの、事件の本当の実効犯は、先生の同級生の吉川明編集者だったのです。
彼には、常人とは違うような女好きで性衝動があったのを、あの藤田一郎准教授が、彼の精神的疾患を治療していく内に、それが徐々に開放されていったからですよ。
あの遊び人で、常人離れした性欲の持ち主で、女性抜きでは生きていけそうも無い吉川明が、出版社の激務に追われて精神的にも相当参っていたのを、これは私の推論ですが、あの善人ずらした藤田准教授が、例の「ドリーム・コントロール実験」での新しい薬剤の被験者として、彼を選んだのでしょうね……」
「そ、それは一応は分かるが、しかし私が目が覚めると、実は、私の部屋の中には、血染めのハンマーや、ゴム製品も置いてあったのは、じゃ、どう説明したらいいんだ」
「それは、実行犯の吉川明は、私達のように決して眠ってはおらず、例の母子家庭の家に入って母子殺害や小学校の少女の強姦(不同意性交)殺人を行ったばかりか、植田先生の家にも侵入して、ワザと証拠の物品を置いていったのです。
植田先生に罪を擦り付けるためにね……。
前の東京の大学を辞められた後、一度、彼が夏休み中に植田先生の自宅に遊びに来た事がある筈でしょう。それ故、彼にはここら辺の土地感もあった筈です。大体、植田先生は、ゴム製品の中の精液をご自分のものだと思っておられるかもしれませんが、処分さえされていなけらば、DNA鑑定をすれば別人のものだと即分かった筈ですが……」
「しかし、例えそうだとしても、夢の中で、私はまがりなりにも少女を強姦(不同意性交)をしている訳だから、例え、私が真の実行犯で無いとしてもだよ、私の下着は汚れていなければなら無いが、それほどでは無かったように思っている。では、これは、ではどう説明すれば……」
「それが、前段階の「ドリーム・コントロール実験」の最終段階で開発された薬剤を飲まされて作りだされた夢だからじゃ無いでしょうか?つまり、吉川明は、事件の前日に、植田先生宅に進入し、冷蔵庫にでも入っていたジュースか何かに、例の薬剤を混ぜておいた。
この私が、見た夢と同じ夢を、ね。
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