第3話 殺人と強姦(不同意性交)


 次の日の朝、例の平屋の一軒家付近は、付近の用水が氾濫して、床上浸水十三軒、床下浸水十五軒もあった。



 この日は、朝から晴れていたので、各家で、泥水の吐き出しや、畳の日干しが行われていた。また、市の環境衛生課職員が、塩化ベンゾニコルム等の消毒薬を持参して、消毒作業を行っていたのだが、あの平屋の一軒家だけは明らかに床上浸水をしているにもかかわらず、家人の姿が全く見あたら無い。



 何処かへ旅行しているのかとも思ったものの、市の職員が勝手口に行って見てみると、勝手口のドアの窓ガラスがガムテープを貼られたまま破られている事に気がついた。



 市の職員は、直ちに地元の警察に連絡をして両者立ち会いの上、勝手口の破られた窓ガラスの中から家のドアのカギを開けて踏み込んでみた。



 ……しかし、そこには、汚泥に覆われた、母親と、超美少女で近所でも有名であった一人娘の死体があったのだ。



 直ぐに、地元警察の刑事や鑑識係が現場にやって来たが、床上浸水の住宅のため、犯人のものと思われる足跡は残っていず、それどころか、指紋はもとより犯行の証拠品は何一つ残っていなかったのである。

 せめて、床上浸水にさえなってなければ、犯人の足跡の型ぐらいは残っていた筈なのだ。鑑識係は歯ぎしりして悔やんだが、少女の体内には犯人の精液も一滴も残っていなかったのだ。



「こ、これは、やっかいな事件になるなあ……」と、ベテランの刑事が一言漏らしたが、正に、その言葉通りの展開となっていったのである。



 この事件は、連日、テレビや新聞で流されたが、大雨でほとんどの証拠が洗い流されている事から、最初から、難事件になる事が予想された。

 ……逆に言えば、植田教授にとっては、もっけの幸いであったのだが。



 ただ、唯一の証拠となりかね無い『夢日記』は、当日分を含めて大学の大きなシュレッダーで数十年分を一挙に処分した。



 あと、問題は、指紋等であるがそれも犯行時(あくまで、自分の夢の中での話ではあるのだが)、ゴム手袋をしていた筈だからほとんど心配は無いであろう。



この予感は、的中した。石川県警は100人体制の捜査本部を立ち上げたが、ほとんど、犯人の目星は付かなかったのである。



 何故と言うに、あの事件のあった平屋は、当該市町村の市街地の町外れにあり、犯行時間は司法解剖の結果、真夜中の12時から2時頃とされたが、その時間帯に不審な物音を聞いた人は誰もいなかった近所付き合いもうまくいっておりトラブルらしきものは、一切無いと言うのである。



 しかも、かの氾濫した用水にそって大きな農道が、北陸自動車道や国道と繋がっている。もし犯人が、車でやって来て、農道の近くで車を止めて、そのまま忍び足で、当該家屋まで来れば、誰も気付か無いでは無いか?



 単独犯か複数犯かでも意見が分かれた。少女を強姦(強制性交)した犯人は、ゴム製品を使っているから精液の採取ができ無い。つまり、犯人が何人で強姦(強制性交)したかさえ、ハッキリ断定できなかったのである。



 一度だけ、警察が植田教授に聞き取りに来た事があったが、「何故、東京のあの超一流大学を辞めたのですか?」と言う、全く、質の違う質問であった。



「あんな一流大学では、教授になるのが精一杯ですが、今の地方大学なら将来は学長をの声もありましたので、色々熟慮の上、今の大学に来たのです」と答えた。これには、警察も納得して帰って行ったのである。



 しかしそれでも、一抹の不安は残ったため、あの「タイムカプセル」内に、ビデオカメラを設置。寝ている自分を毎日撮影した。

 万一、自分に夢遊病の気があるとすれば、寝ている最中に何らかの行動を起こす自分が撮影されるだろう。しかし、自分の思いとは裏腹に、あの日以降のビデオをいくら検証してもベッドから動き出す自分は全く映っていなかったのである。



 ……では、自分は夢遊病でも無いのか?一体、あの日、犯行を行ったのは、本当の自分なのか?夢の中の自分なのか?それとも、全く別の第三者なのか?



 大学の研究室で色々と考えているうちに、例の痴漢事件をふと思い出していた。その事件は、今回の事件とは真逆の例で、自分では全く記憶が無いのに、相手は痴漢行為をしたと言い張るのである。

 


 うーん、ナルコプレシー(瞬間睡眠)に、夢遊病か?



 では、自分は何物なのだろう。……ただ、単に夢を見る事のみを楽しみに生きてきた単なる一善人に過ぎ無い筈なのに。



  犯罪を犯す気持ち(犯意)など、これっぽっちも無かった。しかし、現実には、殺人と強姦(不同意性交)を、「夢の中で行い」、実際それが「夢の中の通り」行われたのである。これは一体いかなる事なのか?



 判例集を引っ張り出してもかような事件の例はやはり存在しなかった。



 あえて言えば、宮崎勤事件の連続幼女殺人事件がある。

 宮崎勤死刑囚は、公判で「ねずみ男が現れて犯行を指示した」と述べていたらしい。

 そのため、学者によっては解離性人格障害(いわゆる二重人格)を指摘しており、また、公判中には、検察に都合のいいように、統合失調症の薬を飲まされていたと言う噂話も聞いていたものの、自分の場合とは病気の質も内容も大幅に違うのだ。参考にすらなら無い。



 ただし、小説や漫画や映画ではこの夢遊病者の犯罪は取り上げられる事が多い。    例えば夢野久作氏の『ドグラ・マグラ』では、主人公の少年が自分の母親を夢遊病の状態で殺害したと言う描写がある。だがこれが自分の事件と同じとは、とても思えなかったのだ。



 そこに、例の瞬間記憶の問題がからんで来る。この瞬間記憶とは一種のアスペルガー症候群かサヴァン症候群の症例がその時に出現したのでは無いのかと自分なりには考えているのだが、それが故のなせる事件なのだろうか?考えれば考えるほど答は出なかったが、自分への捜査の手はうまい具合に伸びて来なかった。



 やがて、事件から2年余りが過ぎた。「人の噂も75日」の例え話のとおり、例の事件は迷宮入りのまま落着していきそうな感じとなった。



 しかし、ここに思いもかけ無い事が起こってしまったのだ。



 あの「神田川梓」が、何と、念願の江戸川乱歩賞を受賞したのだが、だが、その小説を買って読んでみると、その小説の主人公はどう考えてみても自分と瓜二つなのだ。



 出身県が、自分は石川県であり、小説の中では鳥取県の違い。また、自分は法律の専門家で、小説の中の犯人は心理学者と、ささいな所は変えてあるが、主人公の小さい頃からのエピソードなどは、皆、自分の小さい時からの、そのものでは無いか!



 その小説は、題名を『彷徨える生殖器』といい、あの『ドグラ・マグラ』を彷彿とさせるかのように、夢遊病にプラスしてナルコプレシーの症状を同時に持つ主人公が、真犯人となっている小説である。



しかもそれだけではなく、自分の同級生しか知ら無いようなエピソードがその小説には相当数並んでおり、それが、最後は連続強姦(不同意性交)殺人事件へと発展していくものの、犯人は、超一流大学の准教授(その後、郷里の大学教授に転身)であり簡単に捕まら無い粗筋になっている。……この点も正に自分とぴったりの話では無いか?






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