いま。


わたしはもうかれこれ

60年ちかくも生きてきているということを

ふだんは殆ど忘れている


なにかで賞をもらったりだとか

えらく人から喜んでもらえただとか

目指していたことに挫折しただとか

えらく人から憎まれてしまっただとか


感動したり絶望したり

いろんなことが本当に沢山

起きてきたのだけど


わたしはそのどれにも

たいして関心がない


全部他人事のように

感じることもある


とんでもなく長い時を生きてきた自分に

びっくりしすぎて

もうそんなの嘘としか思えなくて

ただぼんやり戸惑うだけで

一日中途方に暮れるときがある


どこへ向かっているのかなんてことも

いまだによくわからないし

そもそもどこも

目指していない気もするし


そんなときは

なんにも聞こえなくなるもので

今ここにある空気を

ゆっくり吸って

身体の中身を感じながら

ゆっくり吐いて


卵の殻のような光の中に

ゆらゆらと浮いたようになっていると

猫がご飯ちょうだいって鳴く声で

目が覚めて地面に落ちて


風の音がさやさやと

聴こえてくる



わたしという生物にはつねに

今しか存在してないということに

過去も未来もありはしなくて

今だけはここにあるということに


あらためて

はっとしたりして


それは実のところ

とてつもない幸せのような

案外残酷でもないような


急に腑に落ちるような

気分になりながら


インスタントコーヒーを入れて

ずるずるとすする


いま。







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わたしのうた。 御願崎冷夏 @uganzaki

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