第25話 無色の魔力の特徴

「き、貴様!!何時から気が付いていた!?」

「最初に会った時からお前の事は怪しいと思ってたよ」

「馬鹿な!?人間如きに俺の正体を見破られるはずがない!!」



サキュバスと同様にインキュバスは人間に限りなく近い容姿をしており、角も羽根も尻尾もバレない様に人間の兵士に化けていた。鎧と兜で角と羽根も完璧に隠していたはずだが、ナイトが正体に気付いた理由はだった。



(お前と会った時に魔力を一切感じなかった。きっとライラさんや魔王様のような魔力を隠蔽する魔道具を隠し持ってるな)



ハジマリノ王国に訪れる際、アイリスとライラは正体がバレない様に魔力を封じ込める魔道具を装着している。この魔道具を装着すれば魔力を消すができるため、魔力感知を扱える人間でも気付かれる恐れが無い。しかし、この魔道具の欠点は完全に魔力を抑える点だった。


魔力は全ての生物の体内に宿る生命力その物であり、魔術師ではない普通の人間でも魔力を持っている。それなのにインキュバスが化けた兵士は魔力が微塵も感じ取れず、それを怪しく思ったナイトは最初から警戒していた。魔力を隠せば自分の正体がバレるはずがない過信していたインキュバスの失態である。



(こいつの顔は見覚えないからうちの派閥じゃないな。他の魔王の手下の可能性もあるけど、ライラさんの話だと魔王の配下が王都にいるのは普通は有り得ない)



他の魔王の手下に手を出せば色々と面倒な事態に陥るが、ナイトの優れた直感が目の前のインキュバスは「はぐれ魔族」だと見抜いた。その一方でインキュバスは人間如きに殴られて怪我を負った事に怒りを抱く。



「き、貴様!!人間の分際でよくも!!」

「怒っても怖くないよ。魔力を抑える魔道具を取り付けている限り、お前は本来の力を出せないだろ?」

「な、何故それを知っている!?」

「……あっさり認めるなよ」



インキュバスは図星を突かれて焦った表情を浮かべるが、ナイトは心底呆れた表情を浮かべた。仮にナイトが逆の立場だとしたら魔道具の詳細を明かすような発言はしないが、これでインキュバスは魔道具のせいで能力が制限されている事が確定した。


だが、ナイトが気になるのはインキュバスがハルカに触れようとした時、自分の能力を行使しようとした節がある。もしも魔道具の効果で能力が制限されているのであればハルカを操る事はできないはずだが、試しに何をしようとしたのか尋ねる。



「お前、さっきハルカに触れて何をするつもりだった?能力も使えないくせに……」

「インキュバスを舐めるな!!魔力を封じられようと我が触れればどんな女も操る事ができる!!」

「なるほど……能力を完全に封じ込めているわけじゃないのか」



またもや秘密をあっさりと明かしたインキュバスに内心呆れながらも、ナイトはインキュバスをハルカには触れさせない様に馬車の扉を閉める。その一方でインキュバスは警戒した様子でナイトに怒鳴りつけた。



「貴様の方こそどうやって催眠香を防いだ!?普通の人間ならば10秒も持たずに意識を失う強烈な代物だぞ!!」

「さあ……それは俺も知りたいぐらいだよ」

「惚けるな!!いったい何をした!?」



インキュバスの問いかけに対してナイトは曖昧な態度を取るが、実を言えばナイト自身もどうして自分が平気だったのかよく分からなかった。普通の人間よりも魔法耐性が高い魔術師のハルカさえも意識を失ってしまったが、ナイト自身は催眠香の影響は殆ど受けていなかった。




――ナイトが催眠香なる魔道具に耐えられた理由、それは彼の魔力が関係する。彼の師匠であるライラは無色の魔力を「純粋無垢」と表現したが、実は無色の魔力は他の色には染まらない性質を持つ。


無色の魔力は他の魔力を退ける「退魔」の能力があり、試験の際にナイトが赤色魔術師の魔法を受けた際、硬魔の発動が間に合っていれば火傷を負わずに防げたはずである。


但し、一般人の殆どは無色の魔力を宿しているが、彼等の場合は魔力を操作する術を知らないため、魔法を受ければ無事では済まない。あくまでも無色の魔力が本領を発揮できるの魔力を操作できる人間だけである。


幼少の頃から無色の魔力を操作してきたナイトは危険を察知すると、無意識に魔力を身に纏う癖がついていた。先の試験でナイトが魔法を受けた時、硬魔の完全発動はできなかったが、微弱ながら魔力を両手に纏わせる事で損傷を最小限に抑えた。そうでもなければ普通の人間が魔法を受け止められるはずがない。




(何だかよく分からないけど、今なら負ける気がしないな)



魔道具によって本来の力を発揮できないインキュバスが相手ならば、自分一人でも勝機はあると判断してナイトは鞄を置いて身構える。一方でインキュバスはナイトに殴られた鼻を抑えながら起き上がり、腰に差していた剣を抜く。



「舐めるなよ人間風情が!!」

「そっちこそ、あんまり人間を舐めるなよ!!」



刃物の類で攻撃された場合は「流拳」だけでは対処できないが、硬魔を用いた「流魔拳」ならば問題ない。右手に集めた魔力を固めてインキュバスが振り下ろした剣の刃を受け止める。



「おりゃっ!!」

「ぐはっ!?ば、馬鹿な……貴様、人間ではないのか!?」



硬魔で剣を防がれて反撃の蹴りを受けたインキュバスは後退り、あっさりと自分の攻撃が当たったインキュバスにナイトは拍子抜けしてしまう。



(ライラさんだったら魔道具を付けていても俺より強いのに……こいつ本当に大した事ないな)



同じ魔族(性別は異なるが)でもライラと目の前のインキュバスでは格が違い、緊張していた自分が馬鹿みたいに思えたナイトは拳を硬魔を発動させた拳を構える。



(よし、魔力も大分回復している。これなら変身せずとも倒せるぞ)



身体を休ませれば体力と同じく魔力も回復し、これまでは防御に利用していた硬魔を攻撃へと利用する。拳を握りしめた状態から中指だけを少しだけ前に突き出す「一本拳」に変え、右手全体に纏わせていた魔力を変形させる。



(ただの硬魔じゃ倒せない。ここは「尖硬」だ!!)



中指を少し突き出した状態で魔力の形を歪めて「三角形」のように変化させ、練り固めた魔力を鋭く尖らせる事で一点に攻撃力を集中させる。硬魔の応用「尖硬」ならば変身せずとも魔物や魔族に損傷を与えられるはずだった。


インキュバスが動揺している内にナイトは踏み込み、全力の一撃を繰り出す。インキュバスの顔面に目掛けて放たれた一撃は顔が凹むほどの威力を喰らわせる。



「ぐはぁあああっ!?」

「どうだ!!」



鼻の溝の部分に尖硬で固めた中指を叩きつけられたインキュバスは悲鳴を上げ、大量の鼻血を噴き出しながら倒れ込む。普通の人間ならば死んでもおかしくはない一撃だったが、腐っても魔族であるインキュバスはこの程度では死にはしない。



「ぎ、ぎさまぁっ……もうゆるふぁんぞ!!」

「まだやる気か!?」

「ころひてやる!!」



呂律も回らない程に酷い怪我を負ったにも関わらず、両目を血走らせながらインキュバスは立ち上がると、鎧兜を脱ぎ捨てた。何をするつもりなのかとナイトは身構えると、インキュバスは笑みを浮かべて自分の指に嵌めていた指輪を掴む。それを見てナイトはインキュバスの意図を察して慌てふためく。



「まさか!?」

「くひひっ……まひょくのひからをみへてやる!!」

「止めろっ!!」



インキュバスが装着していた指輪は魔力を抑え込む魔道具であり、指輪を外した瞬間に本来の力を取り戻したインキュバスは全身から魔力を滲ませる。魔力が急激に高まり、怪我が治って元の姿へと戻った。

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