第24話 魔族の襲撃
「じゃあ、私は職員室に戻りますね~御二人とも寄り道しないで宿屋に向かってください」
「は~い、またねポチ子ちゃん」
「ハルカ……一応は先生だよ」
ポチ子と別れた後、ナイトとハルカは言われた通りに学園の裏門へ向かう。本当なら校舎内を見学したい所だが、二人とも私服なのでポチ子以外の学校の人間に見つかったら妙な誤解を生む可能性もあった。
裏門に向かう途中、ナイトは魔力感知を行って校舎内の人間の数を把握した。勇者学園というだけはあって普通の学校とは異なり、強い魔力を持つ人間の反応がいくつかあった。
(魔力が大きい人ばっかりだな。もしかしたらこの人達が先生なのかな?)
校舎内には魔族にも匹敵する魔力の持ち主も存在し、将来の勇者となり得る人材を育成するのならば、指導者も相当な実力者でなければ勤まらないかもしれない。
「あと少し経てば私達もここで勇者になるために勉強する事になるんだよね。何だか不思議な気分だな……一昨日までは普通に暮らしてたのに」
「俺も同じ気分だよ」
「そういえばナイト君は旅人だったよね?今までどんな旅をしてきたの?」
「え、いやそれは……あ、馬車があったよ!!」
ハルカの質問にナイトはしどろもどろになりながらも裏門の前に待機している馬車を指差す。馬車の前には兵士が待機しており、二人が近付くと頭を下げてきた。
「お待ちしておりました。もう宿屋へ向かいますか?」
「え?あ、はい……お願いします」
「ではこちらにどうぞ」
「…………」
ナイト達が訪れるのを分かっていたかのように兵士は馬車の扉を開くと、二人が中に入るとすぐに動き出す。この時にナイトは兵士を見て不思議に思うが、先に馬車の中に入ったハルカは眠たそうに欠伸を行う。
「ふああっ……何だか急に眠くなってきたよ」
「色々あったからね、きっと疲れが溜まってるんだよ」
ここまでの疲労が一気に押し寄せてきたのかハルカはナイトの肩に頭を乗せ、眠たそうに瞼を擦る。
「ごめん、少しだけ肩を借りるね……宿屋に着くまで眠っていい?」
「い、いいけど……」
「ありがとう……むにゃむにゃっ」
女の子と密着する機会が少ないナイトはハルカに頭を乗せられて意識してしまうが、当のハルカはすぐに眠ってしまった。ナイトは彼女のために収納鞄から毛布を取り出して被せてやる。
ここまでの道中で色々とあったせいかハルカは深い眠りにつき、しばらくは起きそうになかった。ナイトはハルカが起きないように気を付けながら馬車の内装を調べた。
(俺達が学園に向かう時の馬車と同じだな……ん?何だこれ?)
ナイトは馬車の隅に小さな箱が置かれている事に気づき、不思議に思ったナイトはハルカを横にさせて自分は木箱を調べる。
「これは……」
木箱の中身を確認したナイトは目を見開き、箱の中にはお香のような物が入っていた。臭いは吸い込むだけで眩暈を覚え、慌てて蓋を閉じて頭を抑える。
(まさかこれって……なるほど、そういう事か)
木箱の中身に気が付いたナイトはハルカに振り返り、彼女のためにある行動に出た――
――しばらく時間が経つと、馬車が到着した場所は宿屋などではなく、人気が無い広場へ辿り着く。運転手の兵士は笑みを浮かべて馬車を覗き込むと、中では呑気に眠りこけるナイトとハルカの姿があった。
「すぅっ……すぅっ……」
「ううんっ……」
「くくくっ、馬鹿な人間どもだ」
兵士の正体は魔族であり、少し前にライラから「はぐれ魔族」と呼ばれた男だった。男の正体は「インキュバス」と呼ばれる魔族であり、サキュバスと対を為す存在だった。
サキュバスは基本的には女性しか生まれないが、極稀に男性を産む事がある。その男性はインキュバスと呼ばれ、サキュバスと同様の能力を持つ「亜種」だった。魔物の上位種のように魔族の中には特殊な進化をする存在を「亜種」と呼ばれる。
(あの女狐がこの小僧に目を掛けているのは間違いない。見たところ、普通の人間のようだが……まあ、勇者学園に入学している時点でただの人間ではないか)
インキュバスの目的はライラと接触していたナイトを人質にして彼女を誘き寄せ、彼の命と引き換えにライラが仕える魔王と交渉するつもりだった。インキュバスは元々はとある魔王の元で働いていたが、先日にとんでもない失態を冒して追放されてしまった。
はぐれ魔族となった彼は必死に他の魔王に取り入ろうとしたが、追放されるほどの失態を犯した魔族が易々と受け入れられるはずがなく、今日まで一人で生きて来た。だが、ライラと遭遇した事でインキュバスは好機に恵まれた。
(あの女は恐らくは幹部級の魔族のはずだ。もしもこの人間が奴の弱みだとしたらつけ込む隙はある。しかし、男か……女だったらいくらか楽しめたがな)
サキュバスやインキュバスは異性を魅了する能力を持ち、もしもナイトが女性ならばインキュバスの能力で操り人形と化す事ができた。しかし、同性に対しては能力は通じにくい上に完全な僕と化す事はできない。
(まあいい、しばらくはこっちの女で楽しませてもらおうか。まだ幼いが肉体は十分発達しているようだしな)
ナイトに膝枕されているハルカを見てインキュバスは笑みを浮かべ、本来の目的はナイトの捕縛だが、一緒に付いてきた彼女もついでに自分の物にしようと扉を開く。
馬車の中に事前に設置しておいた木箱の中身は魔道具であり、インキュバスが魔力を込めると催眠効果を発揮する特殊な香りを放つお香だった。普通の人間ならばひと嗅ぎしただけで意識を失う代物だが、この二人の場合は随分と時間が掛かってしまった。
(流石は勇者候補生、普通の人間よりも魔法耐性が高いようだな。だが、吸い続ければ効果は発揮する)
魔力が高い人間ほどに魔法の耐性を持ち合わせ、ハルカも最初の内は意識を保っていられた。しかし、いくら耐性があっても香りを嗅ぎ続ければ徐々に意識を失い、香りを嗅ぐのを止めない限りは目を覚ます事はない。
完全に意識を失った二人を見てインキュバスは醜悪な笑みを浮かべ、木箱を懐に戻して二人を運び出そうとする。彼は生徒を送り迎えする人間に入れ替わって二人を連れ出したに過ぎず、いずれ二人が攫われた事は学園側の人間に気付かれてしまう。その前に彼は二人を連れて王都を離れるつもりだった。
「くくく、たっぷりと可愛がってやる……まずは女からだ」
「んっ……」
インキュバスは自分の能力が通じるハルカに手を伸ばすが、彼の手がハルカに触れる前に何者かに腕を掴まれた。驚いた彼は自分の腕を掴んだ人物に視線を向けると、それは気絶したと思われたナイトだった。
「おらぁっ!!」
「ぐふぅっ!?」
完全に油断していたインキュバスは顔面を殴られ、馬車の外に転げ落ちてしまう。ナイトはそれを確認するとハルカを馬車に残して自分は外に出る。インキュバスは顔面から鼻血を流しながらも自分を殴りつけたナイトに動揺する。
「き、貴様!?何故だ、どうして意識がある!?」
「たくっ……こんな物で俺達を嵌めたつもりだったのか?」
「なっ!?」
何時の間にかナイトの手元には木箱が握りしめられており、インキュバスは慌てて懐を確認すると何時の間にか木箱がなかった。殴りつけた際にナイトはインキュバスから木箱を奪い取っていた。
人間でありながら自分を殴り飛ばし、さらには木箱を盗み出したナイトにインキュバスは焦りを抱く。その一方でナイトは木箱の中身を確認し、魔道具の効果が切れたのか香りは感じられず、とりあえずは収納鞄にしまう。
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