第26話 神に認められた人間

「ひゃはははっ!!どうだ、これが我の本当の力だ!!」

「くっ……お前、馬鹿か!?ここが何処だか分かってるのか!?」

「ふんっ、減らず口を叩くな!!ぶっ殺してやる!!」



魔力を完全開放したインキュバスは先ほど比べ物にならない移動速度でナイトに迫り、彼の腹部に目掛けて蹴りを叩き込む。あまりの衝撃にナイトは血反吐を吐き、馬車の方へ吹き飛ばされた。



「がはぁっ!?」

「わあっ!?な、何々!?」



馬車の扉を破壊してナイトはハルカが眠っている車内に入り込み、激しい揺れと音で目を覚ましたハルカは口元から血を流すナイトを見て驚く。



「ナ、ナイト君!?大丈夫!?」

「くぅっ……平気とは言い難いかな」

「ほう、まだ生きているのか。人間の癖に意外と丈夫なんだな」



攻撃を受ける直前にナイトは腹部に硬魔を発動させて防いだつもりだが、あまりの威力に完全には防ぎ切れずに吹き飛ばされた。そんな彼の元にインキュバスは迫り、それを見たハルカは慌ててナイトを引っ張って反対側の扉から逃げ出す。



「ナイト君、しっかりして!!あの人は何なの!?」

「あいつは……魔族だ。人間に化けて街に潜んでたんだ」

「ま、魔族!?」



ハルカは魔族と聞いただけで顔色を真っ青に変え、普通の人間からすれば魔族は畏怖の対象であり、彼女が怯えるのも無理はない。どうにかナイトを連れて逃げようとするが、インキュバスは馬車の上に立って狂ったように笑い声を上げる。



「ひゃはははっ!!逃がす思ってるのか!?お前等二人ともまとめて殺してやる!!」

「くそっ……ハルカ!!俺の事はいいから早く逃げて!!」

「で、できないよ!!一緒に逃げよう!!」



ナイトはハルカだけでも逃がそうとするが、彼女はそれを拒否してナイトの身体を引っ張るのを止めない。その一方でインキュバスは服を破って背中の羽根を広げると、夜空へと舞い上がる。


空に跳び上がったインキュバスは月の光に照らされ、両手の爪を刃物のように鋭く尖らせる。空から一直線に下りてナイト達を八つ裂きにするつもりらしく、牙を剥き出しにして大声を上げた。



「死ねぇっ!!人間ども!!」

「ハルカ!!」

「ひうっ!?」



上空から向かってくるインキュバスを見てナイトはハルカを守るために彼女に抱きつき、ハルカも迫りくるインキュバスの姿を見て恐怖のあまりに目を閉じてしまう。だが、二人の元にインキュバスが辿り着く前に大きな影が差す。



「ふんっ!!」

「ぐはぁあああっ!?」

「えっ!?」

「……な、何だ!?」



インキュバスの悲鳴を耳にしたナイトとハルカは振り返ると、いつの間にか二人の前に赤髪の女性が立っていた。その女性は警備隊の隊長を勤める「モウカ」で間違いなく、彼女の右手にはインキュバスの頭が掴まれていた。信じられない事に空から降りて来たインキュバスの頭をモウカは虫でも掴み取るように受け止め、力尽くで地面に叩きつける。



「たくっ、妙な魔力を感じてきたらまさか魔族が入り込んでるとはね……あんたが辻斬りの犯人かい?」

「き、貴様……ぐええっ!?」

「どうした?あんたの力はその程度かい?」



モウカに頭を掴まれた状態で地面に叩きつけられたインキュバスは必死に振りほどこうとするが、いくら力を込めてもびくともしない。普通の人間ならば魔族であるインキュバスを取り抑える事など不可能なはずだが、常人離れした怪力でモウカはインキュバスを抑えつける。



「ば、馬鹿な!?何故人間如きにこれほどまでの力が……ぐええっ!?」

「人間様をあんまり舐めるんじゃないよ!!」

「「ええ~!?」」



片手でインキュバスを持ち上げたモウカは力任せに振り回し、地面に何度も叩きつける。圧倒的な力で痛めつけられてインキュバスは白目を剥く。



(なんて腕力だ!?まるでミノタウロス並の怪力だ!!)



人間離れした怪力でモウカはインキュバスを一方的に痛めつけ、彼女が手を離した時にはインキュバスは背中の羽根は千切れ、全身の骨が折れていた。普通の人間ならば死んでもおかしくはない大怪我だが、まだ意識はあるのかインキュバスは呻き声を上げる。



「ば、馬鹿な……何故、人間如きに……」

「お~流石は魔族だね。こんだけ痛めつけてもまだ息があるのかい」

「き、貴様ぁっ……舐めるなぁっ!!」

「わっ!?」

「こいつ、まだこんな魔力を……」



インキュバスは魔力を高めると全身の怪我が治り始め、それを見たモウカは面白そうな表情を浮かべて背中の大剣を抜く。



「そうそう、簡単にやられたらつまらないからね。さあ、全力で掛かってきな!!」

「おのれ、この下等種族がぁああっ!!」



全身の怪我を治したインキュバスは背中の羽根を広げると、再び空中に浮き上がる。ナイトは逃げるつもりかと思ったが、インキュバスは上空から降下して加速しながら突っ込む。


モウカは迫りくるインキュバスに対して笑みを浮かべ、彼女は大剣を上段に構えると両腕の筋肉が盛り上がり、血管が浮き出る程に力を込める。そしてインキュバスが目前に迫った瞬間、大剣を振り下ろした。



「兜割りぃいいっ!!」

「ッ――――!?」



インキュバスの肉体は真っ二つに切り裂かれ、大量の血飛沫が派手に飛び散る。残されたのは血塗れのモウカだけであり、彼女は地面にめり込んだ大剣を引き抜いて鼻で笑う。



「三下が……準備運動にもならなかったね」

「…………」

「こ、怖い……」



人間よりも遥かに優れた力を持つはずの魔族をモウカは一方的に叩きのめし、彼女がその気ならば一撃で始末する事もできた。ナイトはあまりにも人間離れした力を誇るモウカに冷や汗を流す。



(この人は普通の人間じゃない……を持っているんだ)



モウカの力の秘密は才能や努力などではなく、神に認められた人間にしか与えられない「加護」の恩恵を受けた人間なのだとナイトは気が付く。

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