第18話 王都

「――ナイト君!!あれが王都だよ!!」

「あれが……王都!?」



橋を通り抜けた後、ナイト達を乗せた商団の馬車は遂に王都へ辿り着く。ハジマリノ王国の王都はどの街よりも高い城壁に囲まれ、城門には大勢の人間が並んでいた。



(ここが人間の国の王都か……俺の正体がバレない様に気を付けないと)



城壁に配備された見張りの兵士の数を見てナイトは冷や汗を流し、自分が魔王に仕えている事を絶対に隠し通す必要があった。普通の人間は魔族を忌み嫌っており、そんな魔族を束ねる魔王を何よりも恐れていた。


アイリスは魔王の中で唯一人間に関心を抱き、将来的には人間の国と交流を深めたいとまで考えている。だが、彼女の夢を果たすためには他の三人の魔王を打倒しなければならず、そのためには「勇者」の力が必要だった。



(何としても勇者を見つけ出さないと……ハルカとも一応は仲良くなれたし、この調子で他の勇者候補生とも仲を深められるといいな)



ここまでの道中でナイトはハルカの信用を得たのは間違いなく、出発前は碌に話しかける事もできなかったが、今ではハルカの方から積極的に話しかけてくる。



「私、実は王都に行くの初めてなんだ~」

「えっ!?そうなの?今まで行った事なかったの?」

「うん、小さい頃から行ってみたいとは思ったけど、魔法の修業のために別の街に暮らしていた期間も長かったから今まで行けなかったの」

「へえ、魔法の修業か……やっぱり難しいの?」

「当然だよ!!毎日何時間も瞑想をさせられたり、とっても苦い薬を飲まされる事もあるんだから……ううっ、思い出すだけで気分悪くなってきた」

「そ、そう……大変なんだね」



ナイトは魔法を使えないが魔力を操作する術は身に着けており、硬魔を覚えるのも苦労した。しかし、本物の魔術師であるハルカもナイト以上に苦労したらしく、厳しい修行の日々を思い出すだけで顔色が悪くなる。


ちなみにサキュバスなどの魔族は生まれた時から魔法を扱えるため、修行などは一切行わない。ライラの場合は滅多に魔法を使わないが、彼女は魔法に頼らないだけで使えないわけではない。魔王であるアイリスは生まれた時から膨大な魔力を所持しており、魔族だけではなく人間が扱う魔法は全て覚えているらしい。



(魔族と違って人間の魔術師は色々と苦労してるんだな。けど、魔法を扱えるのは少し羨ましいな)



魔力が「無色」であるナイトは残念ながらどの系統の魔法も扱えず、せいぜい魔力を実体化させる技術しか扱えない。それでも十分に役立っており、魔族や魔物との戦闘では有効活用していた。



「さあ、御二人とも到着しましたよ。我々は荷物の検査を受けなければならないのでここまでです」

「ゴーマンさん、ここまでありがとうございました」

「あ、ありがとうございした!!」



商団の馬車が城門の前に立ち止まり、王都に入る前に警備兵から荷物の検査が行われる。ナイトとハルカは部外者であるため、二人は先に城門を潜り抜ける。



「ここが王都か……凄い列だな」

「うわ~……こんなにたくさんの人が並んでるの初めて見たよ」



城門の前には大勢の人間が列を為しており、警備兵の許可が下りた者から城下町に入っていく。ナイトとハルカの出番が回ると、中年男性の兵士が確認を行う。



「君達、見たところ子供のようだが二人だけでここまで来たのか?保護者の方は一緒じゃないのかい?」

「えっと、俺達は……」

「私達は勇者学園に入学するために来ました!!ほら、ナイト君も儀式を受けた時に貰った証を出して!!」



兵士の言葉にハルカは自慢げにハジマリノ王国の紋章が刻まれた水晶のペンダントを差し出す。こちらのペンダントは選定の儀式で合格した者に渡され、ナイトも同じ物を受け取っていた。二人がペンダントを見せると兵士は驚いた表情を浮かべる。



「こ、これは勇者学園の入学希望者の方でしたか!!失礼しました、どうぞお通り下さい!!」

「ど、どうも」

「ふふん、もう私達は一般人じゃないんだよ。なんて言っても将来の勇者候補なんだからね」



ペンダントを見せた途端に兵士は態度を改め、この国では勇者候補生がどれだけ大切に扱われているのかが分かる。城門を潜り抜けると馬車を用意した兵士が待機しており、ナイト達を迎え入れた。



「勇者学園の入学希望の方はこちらの馬車にお乗りください。我々が責任をもって安全に運びますので」

「え~!?馬車でわざわざ迎えに来てくれるなんて凄いね!!」

「いや、きっと俺達以外の入学希望者も待ってたんだよ」

「その通りでございます」



ナイト達が乗り込んだ馬車以外にも数台の馬車が留まっており、これらの馬車は他の街から訪れる予定の勇者候補生を迎え入れるために用意されていた。


兵士が運転する馬車に二人が乗り込むと、王都に存在する勇者学園に向けて出発した。城下町は大勢の人間で賑わっており、窓から見える光景にハルカは興奮を隠しきれない様子だった。



「わあっ……これが王都なんだ。ゴーマン商会の馬車も乗り心地は悪くなかったけど、こっちの馬車の方が豪勢だね」

「まるで王子様になった気分だ……何だか豪華すぎて逆に落ち着つかないかも」

「ふふっ、その気持ち分かるよ」



想像以上の手厚い歓迎にナイトは驚かされ、ハルカも興奮が抑えきれない様子だった。しかし、馬車の中でナイトはこれからの事を考える。



(ここまでは順調に進んでいるな。でも、問題は入学した後だ……なんとしても勇者になりそうな人間を見つけないと)



ナイトの任務は将来的に勇者に選ばれそうな人物を見つけ出す事であり、同級生だけではなく上級生も調査しなければならない。最悪の場合、ナイトの手に負えない人間が勇者に選ばれた場合、どんな手を使っても始末しなければならない。



(魔王様は勇者の力を利用しようとしているけど、もしも魔王様の害を為す存在だとしたら俺の手で……)



魔王の側近として自分がどうなろうとアイリスの障害となり得る人物が勇者に選ばれた場合、ナイトは刺し違えても始末する覚悟はできていた。




『――ナイト、お前があの方の側近となるならばこれだけは忘れるな。魔王様の障害となる者はどんな手を使ってでも始末しろ。これは命令だ』




ナイトが魔王の側近に選ばれる前、四天王の一角を担う魔族に言われた言葉を思い出す。ナイトに格闘術を教えたのはライラだが、武器の扱い方を仕込んだのは「ホムラ」という名前の魔族だった。



(魔王様の敵となり得るなら相手が勇者だろうと確実に仕留める。そのためには俺自身も強くならないといけない)



王都に辿り着くまでの道中、ナイトは自分の力の無さを嫌というほど痛感した。ここに辿り着くまでにナイトは二度も指輪の力を借りてしまい、もしも指輪が無かったら今頃は死んでいたかもしれない。


勇者学園で自分自身を鍛え直し、同時に生徒を調査して将来の勇者となり得る人材を見極める。難しい任務ではあるがアイリスのためにナイトは命懸けで達成する事を誓う。



「よし、頑張るぞ」

「ナイト君、気合入ってるね!!よ~し、私も一人前の勇者になれるように頑張るよ!!」

「あ、うん……応援してるよ」

「あれ!?ナイト君も頑張るんでしょ!?」

「そ、そうだったね」



ナイトとしては別に勇者になるつもりはないため、ハルカと違って本気で勇者を目指すつもりはない。だが、勇者を見つけ出すまでどれくらいの時間が掛かるか分からないため、退学にならない程度に気を付けねばならない。



(勇者学園、いったいどんな場所なんだろうな……ん?)



何気なく馬車の窓から外を見た時、ナイトは違和感を抱いた。馬車は徐々に人通りが少ない場所に向かっており、やがて人気のない空き地へ到着した。

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