第17話 魔王様の誤算

「……ねえ、アイリスちゃん。これも作戦通りなのかしら?ナイトちゃんが吹き飛ばされちゃったけど」

「はわわわっ」

「あ、やっぱりまずい状況なのね!?」



ロプスにナイトが吹き飛ばされた光景を見てアイリスとライラは焦った表情を浮かべ、まさかハルカがナイトを助けるためにあのような行動を取るなど想定外だった。



「ナイトちゃんは……良かった、意識はあるようね。受け身の上手さは相変わらずね」

「それよりもロプスさんを止めないとまずいですよ。こうなったら私の魔法で……」

「駄目よ!!こんな場所でアイリスちゃんが派手な魔法を使ったら王都の連中に気付かれるわ!!今でもまずい状況なのに……」



王都には魔王のアイリスや四天王のライラでも警戒する人間達が存在し、彼等に気付かれないように二人とも魔力を抑える魔道具を装着していた。だから魔法の類は一切扱えず、手助けに向かうのは難しい。


悩んでいる間にもロプスはハルカの元に迫り、ナイトが指輪を嵌めようとする。これ以上は見ていられずにライラは助けに向かおうとした。



「もう見てられないわ!!こうなったら私が行くしか……」

「待ってください!!そういえばナイトさんは指輪を何回使いました?」

「え?」



アイリスの言葉にライラは考え込み、ホブゴブリンとの戦闘で既に一度使用している。



「確か二度目だと思うけど……あ、でも数日前にゴンゾウちゃんとの組手で二回は使用してるわね」

「それならライラさんが最後に魔力を込めたのは何時ですか?」

「それも数日前に……あっ!?」

「もしかしたら……何とかなるかもしれません」



ライラとアイリスは双眼鏡でナイトの様子を伺い、彼が指輪を嵌める姿を伺う――






(――もうこれしかない!!)



ハルカを救うためにナイトは痺れた身体を無理やり動かして指輪を掴み、自分の指に嵌め込む。しかし、何故かいつもと違って女性の姿に一瞬で変化せず、髪の毛が伸びて身体の痺れが抜けていく。



「あれ?どうして……」



いつものように身体が光に包まれる事もなく、胸も大きくなければ服装も変わらない。しかし、肉体自体は確かに女性に変化していた。


これまではライラのように肉感的な美女の姿に変化したが、今回は黒髪のスレンダーな体型の美少女に変化した。何がどうなっているのか分からないが、この姿ならば服装も変化しないのか都合が良かった。



(よく分からないけど、これなら女だとバレないかも……よし、行くぞ!!)



ロプスがハルカに襲い掛かる前にナイトは駆け出し、いつもの姿では胸が大き過ぎて動きにくかったが、この姿ならば問題なく全力で動けた。



「どりゃあっ!!」

「ギュロッ!?」

「ふえっ!?」



ナイトはロプスに飛び掛かると、首元を締め付けて抑え込む。ロプスは慌てて彼女を引き剥がそうとするが、先ほどと違って簡単には引き剥がせない。



「ハルカ!!早く離れて!!」

「えっ!?ナ、ナイト君……なの?」

「いいから早く逃げろ!!」



ハルカは自分が助けてくれたのがナイトだと知って驚き、いつもと違う姿に戸惑うが言われた通りに離れる。その一方でロプスはナイトの腕を掴んで力尽くで引き剥がす。



「ギュロロッ!!」

「うわぁっ!?」



いくら変身しても身体能力が上昇したといえど、ミノタウロスを上回る怪力を誇るサイクロプスには敵わない。だが、ナイトは力の差を補う技術を身に着けていた。



「ギュロォッ!!」

「舐めんなっ!!」



地面に倒れたナイトにロプスはのしかかろうとしたが、両足に硬魔を発動させて足払いを仕掛ける。



「ギュロッ!?」

「お仕置き!!」



体勢を崩したロプスが地面に倒れ込むと、ナイトはロプスに跨る。そして離れた場所にいるハルカに声をかけた。



「ハルカ!!俺の武器を!!」

「う、うん!!」



ナイトの言葉にハルカはスリングショットを投げ渡すと、ロプスの眼にスリングショットを構える。



「ロプス君、これ以上に暴れるようなら……マジで怒るよ」

「ギュ、ギュロロッ……」



顔面に武器を構えられた状態で怒鳴りつけられたロプスは大人しくなり、冷静に戻った途端に充血していた目も戻る。ナイトはそれを深々と溜息を吐き出し、武器を下ろして指輪を外す。


これまでは指輪を外すと肉体が光に包まれて元に戻ったが、今回は指輪を外すと一瞬で男の肉体に戻ったが、髪の毛の長さは変わらなかった。どうやら今までの戦闘で指輪に込められたライラの魔力が切れかけているらしい。



(そう言う事か……指輪の魔力が少なかったから今回は完全に変身できなかったのか。けど、これなら誤魔化せそうかも)



サキュバスの姿に変身すると誤魔化す事はできなかったが、今回は髪の毛が伸びた以外は大きな変化はなかった。



「ナイト君、大丈夫!?」

「う、うん……この子も大人しくなったよ」

「キュロロッ……」



ナイトに押し倒されたロプスはつぶらな瞳でハルカを見上げるが、先ほどまで襲われていた事を思い出してハルカは距離を取る。彼女は髪の毛が伸びたナイトを見て不思議に思う。



「ナイト君、その髪どうしたの?」

「えっとこれは……ちょ、ちょっと特別な魔道具を使ったんだよ」

「魔道具?」

「うん、一時的に身体能力が高くなる魔道具を使ったんだ。この魔道具を使うと反動で髪の毛が伸びるというかなんというか……」

「へえ~……そんな魔道具があるんだ」



ハルカはナイトの言葉を聞いて納得し、実際に魔道具の中には条件付きで能力を上昇させる物も存在する。だが、ハルカはナイトの姿をじっと見て首をかしげた。



「でも、そんなに凄い魔道具があるならさっき襲われた時も使えば良かったのに……」

「き、貴重な魔道具だからできれば使いたくなかったんだよ。それよりもハルカは大丈夫?」

「うん、私は平気だよ。また助けてくれてありがとうね」

「キュロロッ……」



二人が話し込んでいる間にロプスは眠りこけ、そんな彼にナイトは呆れてしまう。思いっきり暴れて疲れたらしく、しばらくは起きる事はないだろう。ここでようやく商団の人間達が駆けつけた。



「き、君達大丈夫かい!?」

「流石は勇者候補生だ!!まさかこんな凶悪な魔族を抑え込むとは……」

「是非とも学園を卒業したらうちの商団の護衛になってくれないかい!?」

「あはは……遠慮しておきます。それよりも先を急いだ方が良いと思いますよ」



ロプスが離れたお陰で今ならば橋を渡る事ができた。ナイトの言う通りに商団の馬車は橋に向かうと、ナイトは眠っているロプスに別れの言葉を継げる。



「またね、ロプス君」

「キュロッ」



ナイトの言葉にロプスは薄目を開いて親指を立て、どうやら狸寝入りしていたらしい。ナイトは笑みを浮かべて商団の馬車に乗り込む――






――商団の馬車が去った後、ロプスの元にアイリスとライラが訪れる。二人の姿を見かけるとロプスは起き上がって嬉しそうに腕を振る。



「キュロロロッ♪」

「ロプス君、久しぶりね。元気にしてた?」

「お疲れ様でした。さあ、魔王領に戻りましょうか。さっきの人たちが王都の警備兵に報告する前に帰らないと」

「それじゃあ、手はず通りに私は王都へ向かうわ。ナイトちゃんの事は任せて頂戴」



アイリスはロプスを連れて転移魔法で魔王領に一足先に帰り、ライラは任務のためにナイトが先に向かった王都へ向かおうとした。だが、別れる前にナイトの変身の変化の理由を尋ねる。



「アイリスちゃん、さっきのナイトちゃんは何だったの?いつもと違う姿だったようだけど……」

「あの姿は魔力が足りなくて完全に変身できなかったんですよ。言うなれば半サキュバス化と言えばいいですかね」

「半サキュバス化……」

「まあ、あの状態でも普通の人間よりは強くなれますし、問題ないと言えば問題ないですかね」

「そう、ならいいわ」



疑問が解けたライラは王都へ向けて出発し、残されたアイリスはロプスと手を繋いで帰る準備を行う。



「さあ、私達は帰りますよ。もう暴れたら駄目ですからね」

「キュロロッ……」

「そんなに寂しそうな顔しなくても大丈夫ですよ。ナイトさんとはまた会えますから……」



転移魔法を発動させてアイリスはロプスを連れて魔王領へと引き換えした――

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