第16話 最後の仕掛け
「――アイリスちゃん、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。ロプス君はナイトさんの友達なんですから、ちゃんと役目を果たしてくれますよ」
「う~ん……それならいいんだけど」
川の向こう岸にてアイリスとライラはナイト達の様子を観察していた。二人とも双眼鏡越しにロプスの動向を伺う。
アイリスがロプスを呼び出したのは「悪役」を勤めてもらうためであり、彼の役割は狂暴な魔族のふりをしてハルカに襲い掛かり、それをナイトが阻止すればハルカは彼に恩を感じ、お互いの距離がより縮まると確信していた。
「私の見立てではハルカさんは陥落寸前ですね。最初は嫌っていた男の子が何度も自分を助けてくれたら女の子なら意識しないはずがありません」
「……もしかして選定の儀式に派手な光を放ったのはわざとだったの?」
「ええ、あの時は敢えてナイトさんが嫌われるように仕組みました。好きの反対は無感情と言いますし、あの時はどんな形でもいいのでハルカさんに強い印象を抱かせる必要があったんです」
「流石はアイリスちゃん、性悪魔王のあだ名は伊達じゃないわね」
「何ですかその不名誉な渾名は!?私ってそんな風に呼ばれてたんですか!?」
自分の渾名を初めて知ってアイリスはショックを受けるが、ここまでは彼女の思惑通りに事は進んでいた。草原で襲い掛かった「ボア」も森で襲撃してきた「ゴブリン」と「ホブゴブリン」も偶然現れたのではなく、ナイトがハルカに信頼されるために用意したアイリスの仕掛けだった。
「ナイトさんに作戦を伝えなかったのが功を奏しましたね。もしも事前に襲われる事を把握していたら、ナイトさんの性格的に考えてハルカさんに罪悪感を抱いてまともに話す事もできなかったでしょうね」
「それはそうかもしれないけど、最後にロプスちゃんを呼び出すのはやり過ぎじゃない?ナイトちゃんだって今までの事がアイリスちゃんの仕業だと気付いちゃうでしょう」
「まあ、いいじゃないですか。これからしばらくの間はナイトさんは戻れないんですし、お別れをさせてあげましょう」
「もう、変な所で優しさを見せるんだから……」
ナイトは勇者学園に入学する以上は魔王領には当分は戻れず、ロプスと次に会えるのは何時になるか分からない。だからアイリスはロプスを連れてきたのだが、彼女の思いやりが思わぬ事態を引き起こす――
――橋を封鎖するサイクロプスの正体が親友のロプスだと気付いたナイトは冷や汗が止まらず、その一方でロプスは久々に会えたナイトに嬉しそうに両手を上げる。
「キュロロッ♪」
「ロ、ロプス君久しぶり……俺も敢えて嬉しいよ」
「キュロロロッ!!」
喜びのあまりにロプスは胸板を何度も拳で叩き、その光景は傍から見ればナイトに対して威嚇をしているようにしか見えない。遠くから様子を伺っていたハルカと商団の人間達は話し合う。
「ど、どうしますか?今のうちに逃げるしか……」
「馬鹿を言え!!あんな子供を見捨てて逃げるつもりか!?」
「だけど、俺達に何ができるんだよ!?相手はあの恐ろしい一つ目の巨人なんだぞ!!」
「くそっ、せめて役立つ物があれば……」
「ナイト君……あ、そうだ!!」
ハルカはナイトが荷物を馬車に置いてきた事を思い出し、彼女は急いでナイトの収納鞄を持ち出す。
「確かこの中に入れてたような……えっと、欲しい物を頭に浮かべて鞄の中に手を入れるといいんだっけ?」
ナイトと雑談していた時に収納鞄の使い方を教わったハルカは鞄の中に手を入れると、自分が望む物を頭に思い浮かべる。そして鞄から手を抜くとナイトの「スリングショット」を手にしていた。
「あった!!これを使ってあの怪物の注意を引けばナイト君を助けられるかも……」
スリングショットを手に入れたハルカはナイトの収納鞄を背負って外に飛び出す。今の所はサイクロプスは何故か大人しくしているが、もしもナイトに襲い掛かれば今度はハルカが助ける番だった。
(ナイト君待っててね!!今度は私が役に立つから!!)
これまでナイトに何度も救われたためにハルカは恩返しをしたいと思い、彼の役に立つためにナイトの元に向かう――
――その頃、ナイトはロプスから事情を聞いていた。ゴンゾウやライラと違ってロプスはまだ人間の言葉を話せないが、ジェスチャーを交えて意思疎通を行える。
「キュロッ、キュロロッ」
「ふむふむ、つまり魔王様に頼まれて俺に会いに来たんだね?」
「キュロロッ」
「なるほど、自分が悪者のふりをすれば俺が喜ぶと聞いてずっとここで待ってたけど、中々来ないから眠っていたというわけか……」
ロプスからここまでの経緯を知らされ、ナイトがアイリスの企みに気付いた。予想通りにこれまで襲って来た魔物も全てアイリスの仕業であると知り、深いため息を吐く。
(魔王様、また良からぬことを考えたな……もしも俺がハルカを守り切れなかったらどうするつもりだったんだろう?)
一応はアイリスも万が一の場合に備えてナイト達が魔物に襲われた時に傍に居たのだが、彼女とライラは特殊な方法で魔力を完璧に消していたのでナイトの魔力感知でも捉える事はできなかった(尤も二人ともナイトを信頼しているので彼がボアやゴブリン程度の魔物に後れを取るなど微塵も心配してなかったが)。
他の人間に怪しまれる前にロプスを一刻も早く逃がす必要があり、彼に適当にやられたふりをして帰るように伝える。
「ロプス君、久々に会えて嬉しいけど今は魔王様の元に早く帰った方が良いよ。今度会う時はいっぱい遊んであげるから、今日の所は戻ってくれる?」
「キュロロッ……」
「そんなに寂しそうな顔しないでよ。俺だってロプス君と別れるのは辛いんだからさ……ほら、最後に抱きしめてあげるから」
「キュロロッ♪」
ナイトとの別れを惜しむロプスは最後に彼を抱き締めようと近付く。しかし、両腕を広げてナイトに迫る姿はまるで彼を襲い掛かろうとしているようにしか見えず、様子を伺っていた人間達が騒ぎ出す。
「ま、まずいぞ!!あのサイクロプスに捕まっちまう!!」
「早く何とかしないと本当に殺されるぞ!?」
「しかし、どうすれば……」
「ナイト君!!こっちだよ!!」
大人達がみっともなく騒ぐ中、自分の杖とスリングショットを手にしたハルカが駆けつける。ナイトは彼女の声に驚いて振り返ると、ロプスが後ろからナイトを抱き上げる形になった。
「キュロロッ♪」
「うわっ!?」
「ナ、ナイト君!?今助けるからね!!」
ロプスに後ろから抱き上げられたナイトを見てハルカは彼が捕まったと勘違いし、先のボアとの戦闘で利用した「ライト」の魔法を利用した目眩ましを思いつく。
「ナイト君、目を閉じて!!」
「ちょっ!?それはまずいよ!!」
「キュロッ?」
杖を構えたハルカを見てナイトは本気で焦った表情を浮かべるが、彼女はもう魔法を発動させてしまった。
「聖なる光よ、闇を照らしたまえ……ライト!!」
「ギュロロロッ!?」
「うわわっ!?」
杖先から閃光が放たれ、強烈な光を浴びたサイクロプスはナイトを手放してしまう。ナイトは光が放たれる寸前に目を閉じたので助かったが、目眩ましを受けたロプスを見て顔色を青ざめる。
ハルカとしてはナイトを助けるつもりで魔法を使ったのだろうが、最悪の事態を引き起こす。サイクロプスはたった一つしかない眼を刺激されると、怒りのあまりに暴れ狂う習性を持つ。
――ギュロロロロッ!!
完全に頭に血が上ったロプスは瞼を見開き、充血した眼でハルカを睨みつける。あまりの迫力にハルカは悲鳴を上げる事もできずに腰を抜かしてしまう。ボアやホブゴブリンとは比べ物にならない迫力を放つロプスに彼女は震え上がる。
「あ、ああっ……」
「ハルカ!!逃げろ、早く逃げるんだ!!」
「ギュロロッ!!」
切れたロプスは親友であるナイトの言葉も耳に届かず、自分に閃光を放ったハルカの元に向かう。
「ロプス君!!落ち着いて……うわぁっ!?」
「ギュロロロッ!!」
「ひいっ!?」
自分に飛び掛かってきたナイトに対してロプスは無造作に腕を振り払い、ミノタウロスのゴンゾウを上回る膂力でナイトは吹き飛ばされる。
(まずい!?受け身を取らないと……)
咄嗟の事だったので流拳を発動させる暇もなく、ナイトは地面に叩きつけられる。どうにか受け身を取って衝撃を最小限に抑えたが、それでも身体中に痛みが走って上手く動けない。
(くそっ……ロプス君にやられるのなんて何時ぶりだ?)
戦いを好まないロプスはゴンゾウと違ってナイトと訓練は行わず、子供の頃から喧嘩などしたことはなかった。だが、暴走したロプスを放ってはおけず、ナイトはハルカに逃げるように促す。
「ハ、ハルカ!!早く逃げろ……殺されるぞ!!」
「だ、駄目……腰が抜けて動けないの」
「くそっ……ロプス君、止めろ!!」
「ギュロロッ!!」
ロプスはナイトの言葉が聞こえていないのかハルカの元に迫り、このままでは彼女の身が危ない。ナイトはどうにかハルカを救おうとするが、身体が痺れてまともに動けない。
(くそっ!!またこれを頼るしかないのか!?)
人前での使用は控えたかったが、ナイトはハルカを救うためにサキュバスの指輪を手にした。これを使えばナイトは変身してハルカを助けられるかもしれないが、他の人間に正体を知られてしまう。しかし、今は迷っている暇はなかった。
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