第15話 心優しき魔族
「はあっ……ようやく森を抜ける事ができたよ。何だかナイト君と一緒にいると大変な目にばっか合ってる気がする」
「ちょっと、人を疫病神みたいに言わないでよ……地味に傷つくな」
「冗談だってば。何度も助けてくれてありがとうね」
商団の馬車の中でナイトはハルカと共に外の様子を眺めながら話し合う。こうして彼女とゆっくり話せるのも今だけであり、王都に辿り着けば一緒に話す機会も減るかもしれない。
(一緒に入学するといっても同じクラスに配属されるか分からないんだ。もしも別々のクラスになったら会う事も難しいだろうな……)
事前に入手した情報によれば勇者学園は「戦士」の素質がある生徒と「魔術師」の素質がある生徒に分けられているという。ナイトは前者でハルカは後者なのは間違いなく、一緒のクラスになる可能性は限りなく低い。
同じ学年のクラスメイト同士ならば接点もあるだろうが、別々のクラスとなると行動を共にするのは難しく、疎遠となってしまう可能性がある。しかし、これまでの出来事でナイトはハルカとの距離は大分縮んだと感じており、このまま彼女と別れるのは寂しく思う。
(魔王様のためにも将来勇者になる人材とは仲良くなっておいて損はない……いや、違うな。きっと俺はハルカと友達になりたいと思ってるんだ)
任務を抜きにしてもナイトはハルカと仲良くなりたいと思った。人間の友達など十年ぶりであり、この機会を逃さずにナイトはハルカと仲良くなれる方法を考える。
(どうすればハルカともっと仲良くなれるかな?女の子が喜ぶような贈り物とかあったかな……)
収納鞄の中からナイトはハルカが喜びそうな道具がないか探そうとした時、急に商団の馬車が急停止した。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「す、すいません!!御二人とも無事ですか!?急に前の馬車が止まって……」
急に馬車が止まったせいでナイトとハルカはもつれあい、お互いに抱き合う形となった。ハルカはナイトの胸元に顔を埋める形となり、頬を赤く染めて慌てて離れる。
「ご、ごめんなさい!!」
「い、いや……こっちこそごめん」
「本当にすいません。おい、いきなり危ないだろ!!こっちは大事なお客さんを乗せてるんだぞ!!」
「す、すまねえ!!けど、前が大変な事になってるんだよ!!」
先頭車両の人間に後続に続いていた馬車の人間達は文句を告げるが、一番前を走っていた馬車の御者が前方を指差す。彼が指差した先には大きな川が流れており、大人数でも渡れる巨大な橋が存在した。。
「何だ?橋がどうかしたのか?」
「別に壊れてるようには見えないが……」
「馬鹿!!手前を見ろ!!橋の手前にとんでもない化物が寝転がってるだろうが!!」
「「「化物?」」」
商団の馬車に乗り込んでいた人間全員が下りると、橋の入口の方に全身が青色の鱗で覆われた巨大な生物の姿を確認した。ナイトは一目見ただけで生物の正体を見抜き、驚愕の声を上げた。
「まさか……サイクロプス!?」
「サ、サイクロプスだと!?」
「あの有名な魔族の!?」
「ええええっ!?」
橋を塞ぐように寝転がる生物の正体がサイクロプスだと知った途端、誰もが顔色を青ざめた。サイクロプスは魔族の中ではミノタウロスやサキュバスと並んで有名な存在だった。
サイクロプスは山や森の奥地に生息する種であり、滅多に人間の前に姿を現さない。正確は温厚で他の魔族と違って人間を毛嫌いしておらず、餌に関しても肉よりも果物や野菜を好んで食すので魔族の中では大人しい生物だった。しかし、サイクロプスを本気で怒らせると取り返しのつかない事態を引き起こす。
縄張りを侵されたり、自分や仲間に危害を加えようとする者が現れるとサイクロプスは激怒して見境なく暴れ回る。過去にサイクロプスの子供を誘拐した人間がいたが、その時は子供を取り返しに来た親のせいで街一つが滅ぼされたという。
「サ、サイクロプスがどうしてこんな所に……」
「お、落ち着け!!絶対に刺激するなよ、もしも怒らせたら取り返しがつかないからな!!」
「馬鹿、声がデカいんだよ。起きちまったらどうする!?」
「お前もデカい声出すな!!」
「馬鹿共め、喧嘩している場合か?」
商団の主であるゴーマンが現れると、騒いでいた者達も静まり返る。流石に大勢の人間の上に立つだけはあり、サイクロプスを目にしてもゴーマンは冷静な態度を振舞う。
「あれが噂に聞く魔人サイクロプスか……」
「か、会長……ここは迂回しましょう。今ならまだ気づかれていません」
「馬鹿を言うな。この橋以外に馬車が通れる橋などないぞ」
「ですが、あんな化物が居たのではどうしようもありませんよ……」
「…………」
サイクロプスに対して怖気づく商団の人間達の姿にナイトは複雑な感情を抱く。確かに一般人からすれば魔族のサイクロプスは恐ろしい存在だと認識されてもおかしくはないが、ナイトとしてはサイクロプスという種族が噂ほど危険な存在ではない事はよく理解していた。
(確かにサイクロプスは怒らせたら怖いけど、本当は心優しいんだ)
子供の頃にナイトはアイリスに連れられて魔族の国に訪れたばかりの頃、最初に彼の友達になってくれたのはサイクロプスだった。
『キュロロッ』
『えっ……お花?僕にくれるの?』
『キュロッ♪』
家族が死んで一人で悲しみに明け暮れていた時、ナイトを慰めてくれたのは子供のサイクロプスだった。そのサイクロプスは両親を亡くし、可哀想に思ったアイリスが保護した子供だと後に知る。
自分と同じく家族を亡くして寂しいはずなのに、他の子供が悲しんでいる姿を見て慰めようとするサイクロプスの優しさにナイトは心が救われた。ナイトはすぐにサイクロプスと仲良くなり、彼の事を「ロプス」と名付けた。
『ロプス君、俺達ずっと友達だよ!!』
『キュロロッ!!』
ロプスとナイトは種族の垣根を越えて仲良くなり、子供の頃はいつも一緒に遊んでいた。後にミノタウロスのゴンゾウとも仲良くなり、三人一緒に遊んでいた日々を思い出す。
(ロプス君は元気にしてるかな……ん?)
昔を思い出しながらナイトは橋の手前で寝転がるサイクロプスに視線を向けると、妙に見覚えがある気がした。ナイトはこれまでの出来事を思い出し、もしかしたらと思ってサイクロプスに近付いてみる事にした。
「皆さんはここに居てください。ちょっと様子を見てきます」
「ナ、ナイト君!?」
「駄目だ!!戻ってくるんだ!!」
「殺されるぞ!?」
唐突にナイトがサイクロプスの元に向かって駆け抜け、それを見た者達は慌てて引き留めようとした。だが、彼等が止める前にナイトはサイクロプスの元に辿り着く。
「やっぱり……ロプス君じゃん」
「キュロォッ……?」
橋を塞ぐように寝転がっていたサイクロプスの正体はナイトの親友のロプスである事が判明し、彼は寝ぼけ眼でナイトを見上げる。最初はナイトだと分からずに不思議そうな表情を浮かべるが、彼の正体に気が付くと驚いたように鳴き声を上げる。
「キュロロロッ!!」
「ひいいっ!?起きちまった!!」
「やばい、早く逃げろ!!」
「ナイト君!!危ないから早く逃げてっ!!」
「だ、大丈夫だから……皆は離れてて」
ロプスが鳴き声を上げただけで商団の人間は震え上がり、ハルカは必死に逃げるように呼び掛ける。だが、ナイトは親友のロプスが人を襲うような乱暴者ではない事を良く知っていた。
(どうしてロプス君がこんな所に……これも魔王様の仕業か!?)
魔王領にいるはずのロプスをハジマリノ王国に連れ出せる存在など限られており、アイリスが転移魔法でロプスを連れ出したとしか考えられなかった。彼女が何を考えてロプスを連れ出したのかは不明だが、とりあえずは落ち着かせようとする。
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