第14話 大商人の馬車

――ホブゴブリンを倒したナイトは落とし穴から抜け出すため、ハルカの魔法に頼る事にした。本人も今まで知らなかったがハルカの「回復魔法」は怪我を癒すだけではなく、植物を急速に成長させる力がある事が先ほどの戦いで証明された。



「癒しの光よ……ヒール!!」

「おおっ!?」



ホブゴブリンを拘束した蔓のような植物は枯れてしまったが、ハルカがもう一度回復魔法を施すと再び元気を取り戻す。そして今度は地上に向けて蔦を伸ばし、落とし穴の傍に生えている大木に絡まる。試しにナイトが全力で引っ張ってもびくともせず、これならば蔦をロープ代わりに利用して地上に戻る事ができる。



「よし、これなら登れそうだ。さあ、早く脱出しよう」

「え~……大丈夫かな?さっきのゴブリン達に狙われない?」

「とりあえずは俺が先に登って上の様子を見て来るから、ハルカはここで待ってて」



ナイトは蔦を利用して落とし穴の上に移動すると、地上ではミイラのように干からびたゴブリンの群れが散らばっていた。それらを見てナイトはライラの仕業だと悟り、魔物を相手にこんな芸当ができるのはサキュバス以外にあり得ない。



(戦っている途中、ライラさんの気配を感じたのは気のせいじゃなかったか……いったい何を考えてるんだ?)



この場所にライラが先ほどまで居たのは間違いないが、何の目的で自分達の後を追い掛け回すかのように行動しているのか気になる。しかし、今はハルカを安全な場所に連れ出すためにナイトは彼女に呼びかける。



「ハルカ!!ここまで登ってこれる!?」

「が、頑張ってはみるけど……でも、お馬さんとこの人はどうするの?」



ハルカは一緒に落とし穴に落ちた馬と御者に視線を向け、このまま見捨てる事はできなかった。ナイトとしても助けたい所だが、まずはハルカを安全な場所に避難させる必要がある。



(いったいどうすれば……ん?)



後方から無数の馬の足音が聞えたナイトは振り返ると、大きな馬車が何台も列を為して迫っていた――







――ナイト達の前に現れたのは王都に向かう途中の商団の馬車であり、彼等は落とし穴に嵌まったナイト達を救出してくれた。御者も意識を取り戻し、馬車は壊れてしまったが馬は奇跡的に軽傷で助け出す事ができた。



「皆さんのお陰で助かりました」

「あ、ありがとうございます……」

「なんとお礼を言えばいいやら……」

「はははっ、気にしないでください」



商団を率いるのは小太りの男性であり、年齢は40代前半で名前は「ゴーマン」という。王都でも有名な商人らしく、他の国との取引を終えて王都に向かう途中、落とし穴に嵌まったナイト達を発見して助けてくれた。



「それにしてもこんな場所で勇者候補生の方々と会えるとは……私の運もまだまだ衰えていないようですな」

「勇者候補生?」

「おや?勇者学園の生徒はそう呼ばれているのを知らないのですか?」

「もう、ナイト君たら……こんな時に冗談を言わないでよ」

「あ、うん……」



勇者学園の生徒は世間一般では「勇者候補生」と呼ばれている事をナイトは初めて知り、彼等は将来の勇者になり得る人材のために人々から期待されていた。ゴーマンがナイト達に親身に接してくれるのは「未来の勇者」になる可能性がある若者と縁を築けば、自分にも得があると判断したのかもしれない。



(どうやら善意だけで俺達を助けたわけじゃなさそうだな。でも、この国の商人と縁を作るのは悪くないかも。国の事情も色々と知ってそうだし、この機会に仲良くなっておこうかな?)



ハジマリノ王国の大商人と仲良くなっておけば有益な情報が手に入るかもしれず、好青年を演じながらナイトはゴーマンに話しかける。



「ゴーマンさんのお陰で助かりました。もし良かったら今度お店に寄らせてもらってもいいですか?」

「ほほう、それは有難いですな。しかし、学生の方が我が商会の商品を購入するのは厳しいと思いますが……」

「ちょ、ちょっとナイト君……ゴーマン商会は魔道具も取り扱っている凄いお店なんだよ。品物はどれも一級品で物凄く高いんだから」

「え、そうなの?」



ナイトの予想以上にゴーマンは王都でも指折りの大商人だったらしく、彼の店で扱われる商品はどれも高級品ばかりだった。しかし、この機会にゴーマンとは繋がりを持ちたいと思ったナイトは収納鞄の中から彼の興味が引きそうな物が無いのか探す。



「……ゴーマンさんのお店は武器も取り扱っていますか?」

「ええ、勿論ですとも。我が店ではありとあらゆる商品を販売しておりますから大抵の物は揃っていますよ」

「なら、こういうのもありますか?」



鞄からナイトが取り出したのはゴブリンを始末した時に利用した「スリングショット」であり、最初にそれを見たゴーマンは眉をしかめた。見た目は子供の玩具にしか見えないが、ナイトは紐の部分を指差す。



「これは玩具に見えるかもしれませんが、紐の部分はアラクネと呼ばれる魔族の糸で構成された特別な代物なんです」

「魔族!?そ、それは本当ですかな?」

「はい。この紐はいくら引っ張っても千切れる事はありませんし、伸縮性も優れているので自分の手で確かめてください」



魔族の素材を利用した道具だと知るとゴーマンは俄然興味を抱き、スリングショットを受け取って直に確かめる。ナイトの言う通りにアラクネの糸で構成された紐は伸縮性に優れ、試しにナイトが使用する場面を見て驚く。


ゴーマンが取り扱う商品の中で魔族の素材を利用さている代物は滅多になく、一見は玩具にしか見えないが力の弱い魔物ならば仕留められる武器と知ると、ゴーマンはスリングショットに釘付けとなった。



「こ、この武器はいったい誰が制作されたのですか!?いや、そもそもどうやって魔族から素材を回収したのか……」

「この武器は俺が子供の頃に知り合いの鍛冶師さんが作ってくれたんです」

「是非、その御方と合わせてください!!これほど素晴らしい物を作れる職人ならば我が商会に雇いたいほどです!!」

「う~ん……その人とは最近は連絡を取っていないので今はどうしているか分かりませんけど、ゴーマンさんがそこまでおっしゃるなら手紙を出しておきますね」

「ありがとうございます!!連絡が取り次第、私の元に来るようにお伝えください!!」

「な、何なのいったい……」



ナイトの言葉にゴーマンは感激し、自分の連絡先をナイトに教える。王都で指折りの商人と人脈を築く事ができたナイトは笑みを浮かべた。



(このスリングショットを作ったのは俺なんだけど……まあ、いいか)



スリングショットの製作者はナイ本人であり、子供の頃に仲良くなったアラクネの魔族に協力してもらって作った。この程度の道具ならば魔王領に戻ればいくらでも用意できるが、それは黙っておく。


王都行きの馬車は壊されてしまったが、ゴーマンの厚意でナイト達は王都まで商団の馬車に乗せてもらい、。最後尾の馬車に同乗させてもらう――

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