第13話 変身の力

(畳みかけろ!!ここで倒し切るんだ!!)



ホブゴブリンがふらついている間にナイトは両拳に硬魔を発動させ、顔面を何度も殴りつける。



「うおおおおっ!!」

「グギャギャッ!?」



反撃の隙も与えずにナイトは何度も顔面を殴りつけ、ホブゴブリンは鼻血を噴き出す。その光景を車内で見ていたハルカはナイトの強さに驚く。



「す、凄い!!あんな化物を一方的に……」

「う~ん、ちょっとまずい状況ですね。少し焦り過ぎてますね」

「えっ!?」



頭上から聞こえてきた声にハルカは驚いて見上げると、いつの間にか車の上に見知らぬ女性が立っていた。いったい何処から現れたのかと彼女は戸惑うが、女性はナイトを指差す。



「だ、誰!?」

「どうも初めまして。私は通りすがりの旅人です」

「あ、どうも……じゃなくて、そんなところに居たら危ないよ!?」

「私の事は気にしないでください。それよりもお友達さんが危ないですよ」

「えっ!?」



ハルカは女性の言葉を聞いて驚き、見た限りではナイトが一方的にホブゴブリンを殴りつけているようにしか見えない。しかし、徐々にホブゴブリンの顔色が良くなる。



「グギィイイッ!!」

「うわぁっ!?」

「危ない!?」



脳震盪から回復したのかホブゴブリンは拳を繰り出し、慌ててナイトは頭を下げるとゴブリンの拳が頭上を掠める。もしも反応が遅れていればナイトの頭は吹き飛んでいた。


最初の一撃で脳震盪を引き起こしたまでは良かったが、その後のナイトの攻撃は殆ど通じていなかった。いくら硬魔で固めた拳で殴りつけたとしてもであるナイトの腕力ではホブゴブリンに致命傷を与える事はできなかった。



「そ、そんな……全然効いてないの?」

「このままだと負けちゃうかもしれませんね。貴女の力で何とかできませんか?」

「む、無理だよ!!私は回復魔法しか使えないのに……」

「なら見捨てますか?」

「ううっ!?」



女性の言葉にハルカは口ごもり、自分がナイトの力になれるのならばなんとかしてやりたいが、良い方法が思いつかない。そんな彼女に対して女性は一粒の種を投げ渡す。



「これをあげます」

「え!?な、なにこれ?」

「とある植物の種ですよ。それを使えばあの魔物の動きを止める事ができるかもしれません」

「種って……こんなのどうすればいいの?」

「それは自分で考えてください。ほら、お友達君が危ないですよ」

「えっ!?」



ハルカはナイトの方を振り返ると、ホブゴブリンに両腕を抑えつけられた状態で壁際に追い込まれていた。どうにか掴まれた腕を硬魔で覆う事で握り潰されるのを防いでいた。



「ぐぎぎっ……!?」

「グギギギッ!!」

「た、大変!!何とか助けないと……あれ!?」



ナイトが追いつめられている姿を見てハルカは車から身を乗り出すが、先ほどまでいたはずの女性の姿が消えてしまった。いったい何処に行ったのかは気になるが、今はナイトを助けるために必死に頭を巡らせる。



(さっきの女の人、この種でどうにかしろと言ったけど……こんなのどうすればいいの!?)



女性から貰った種をどう使えばいいのか分からずにハルカは悩む中、ナイトを拘束したホブゴブリンは彼を力尽くで持ち上げる。



「グギィイイッ!!」

「うわぁっ!?」

「ナ、ナイト君!?ええいっ、もうどうにでもなっちゃえっ!!」



ハルカは種を強く握りしめると、ホブゴブリンに目掛けて全力で投げつける。この時に彼女の手が一瞬だけ光り輝き、投げ放たれた種に変化が起きた。



「え~いっ!!」

「ハルカ!?」

「グギィッ!?」



ナイトを持ち上げたホブゴブリンの背中に種が衝突した瞬間、身体に食い込んだ種から芽が出て急速に成長し、ホブゴブリンの全身に植物が纏わりつく。



「グギャアアアッ!?」

「こ、これは……まさか!?」

「ええっ!?」



ホブゴブリンは慌ててナイトを手放すと、自分の身体に纏わりついた蔦の様な植物を引き剥がそうとする。その間にナイトは戦闘態勢を立て直し、車内にいるハルカに話しかけた。



「ハルカ!!車の中にある俺の剣を!!」

「えっ!?」

「早くしてっ!!」

「わ、分かった!!」



ナイトの言葉にハルカは慌てて車の中に戻り、彼が持っていた剣を探す。だが、いくら探してもナイトの剣は見つからない。何故ならばナイトは外に飛び出す際に収納鞄に自分の剣を戻していた。


どうしてハルカに嘘を吐いて彼女を車の中に戻したのかというと、ナイトはハルカに姿を見られるわけにいかなかった。ここまでの戦闘で悔しい事にホブゴブリンに勝つためには今のナイトでは力不足だった。



(こいつを確実に倒すには俺の力が足りない……なら、これに頼るしかないか)



ネックレスに括り付けていた指輪を手にすると、車内からハルカが出てくる前にナイトは指輪を装着した。次の瞬間、彼の身体が光に包まれる。



「グギィッ!?」

「よし、この姿なら……って、何だこの格好!?」



光が消えるとナイトは女性の姿へと変化するが、露出度の激しい格好に変わっていた。事前にライラから特別な素材で構成された衣服と聞かされていたが、変身した途端に女性物の服へと変化した。


指輪の効果でサキュバスの魔力を取り込んだナイトは女性の姿へと変わり果て、この状態の彼は本物のサキュバスと同程度の身体能力を得ている。人間の時と比べて身体が軽くなり、今ならばホブゴブリンでも倒せる気がした。



(服装に関しては後でライラさんに文句を言おう……けど、今はこいつを仕留めるのが先だ!!)



ハルカのお陰でホブゴブリンは蔦のような植物によって拘束され、攻撃を仕掛けるのは今が好機だった。ナイトはホブゴブリンに向かい合い、いざ殴りかかろうとした時に異変に気が付く。



「グ、グギィッ……」

「な、何?」



何故かホブゴブリンはナイトを見た途端に硬直し、様子がおかしい事に気づいたナイトは若干後退ると、ホブゴブリンは奇声を上げて身体に纏わりついていた植物を引きちぎる。



「グギィイイイッ!!」

「ひいっ!?」



ホブゴブリンは酷く興奮した様子で両腕を広げ、虚ろな瞳でナイトを見つめながら涎を垂らす。見られるだけで悪寒を感じたナイトはホブゴブリンの異変の正体に気付く。



(こ、こいつまさか……発情してるのか!?)



ホブゴブリンは魔物ではあるがサキュバスの気配を漂わせるナイトを見て欲情したらしく、どうやらサキュバスの魅力は魔物にも通じるらしい。興奮したホブゴブリンはナイトに目掛けて全力で飛び掛かってきた。



「グギャアアアッ!!」

「ち、近寄るなぁあああっ!!」



突進を仕掛けてきたホブゴブリンに対してナイトは拳を握りしめ、ありったけの魔力を右手に集中させる。すると男の姿の時よりも瞬時に魔力が右手に集積され、一瞬にして硬魔の発動に成功した。



(やっぱりこの姿の方が魔力を操りやすい!!きっとライラさんの魔力を取り込んだお陰だ!!)



変身するとナイトの魔力量は格段に増加し、硬魔も一瞬で形成できる。そしてお得意の「流拳」も利用して正面から突っ込んできたホブゴブリンに全力の一撃を繰り出す。



「くたばれぇええっ!!」

「ガハァアアアッ!?」



ホブゴブリンの胸元に目掛けて強烈な一撃を叩き込み、胸元が陥没する程の威力の反撃カウンターを受けたホブゴブリンは地面に倒れる。たった一撃でホブゴブリンを仕留めたナイトは自分の力に愕然し、変身前と比べて圧倒的な魔力と腕力を手に入れていた。



(こ、こんな化物を一撃で仕留めるなんて……これが魔王様の指輪の力か)



ホブゴブリンの始末を終えるとナイトは指輪を外し、元の姿と服装に戻った。その直後に車内から焦った様子でハルカが顔を出す。



「い、今の音は何!?大丈夫なの!?」

「あ、いや……えっと、なんか倒せたみたい」

「倒せたって……ええっ!?」



自分が見ていない間にナイトがホブゴブリンを倒した事にハルカは衝撃の表情を浮かべ、その一方で落とし穴の上から様子を伺うライラの姿があった。



「あら、もう終わっちゃった。もう少し女の子のナイトちゃんの活躍を見たかったのに」

「ギ、ギギィッ……!?」

「ごめんなさいね、もう貴方達に構っている余裕はないの」



ライラの傍には十数匹のゴブリンが横たわっており、ナイトがホブゴブリンを相手している間にライラはゴブリン達を始末していた。最後に残った一匹は首を絞め上げて容赦なく首の骨をへし折る。



「アガァッ!?」

「ふうっ……この程度の雑魚じゃお腹の足しにもならないわね」



ゴブリンが死んだ途端、急激に痩せ細ってミイラのように変化した。サキュバスは触れた相手の精気を奪い取る能力があり、それを利用してライラはゴブリン達を精気を吸いつくす。彼女はミイラと化したゴブリンを投げ捨てると、穴底にいるナイトを見下ろす。



(ナイトちゃん、あの程度の相手に苦戦しているようじゃまだまだね)



ホブゴブリンはゴブリンの上位種とはいえ、魔物の中では決して強い方ではない。単純な強さならばナイトが訓練で戦ったミノタウロスのゴンゾウの方が圧倒的に格上である。それなのにナイトがホブゴブリンに苦戦したのは理由があった。


結論から言えばミノタウロスは攻撃方面に特化した種族であるのに対し、ホブゴブリンは耐久力に優れた生き物だからである。ナイトの流拳は相手の攻撃を利用して反撃する格闘術だが、ホブゴブリンの場合は自分の攻撃力よりも防御力の方が優れていたため、流拳を繰り出しても大きな損傷は与えられなかった。その一方でゴンゾウの場合は攻撃力が防御力を遥かに上回るため、流拳の使い手にとっては絶好の相手ともいえる。



(流拳は決して万能ではないわ。この戦いを通じて理解してくれるといいけど……それよりもアイリスちゃんは最後の仕掛けは準備できたかしら?)



先に向かったアイリスの事を気にかかり、ゴブリンの始末を終えたライラは次の準備に移る――

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