第12話 無色の魔力

「喰らえっ!!」

「グギャッ!?」



ホブゴブリンの側頭部に小石が衝突し、通常種のゴブリンならば頭を撃ち抜く威力はある一撃だったが、ホブゴブリンには致命傷には至らなかった。



「グギィイッ……!!」

「あ、あれ?」



頭から血を流した状態でホブゴブリンはナイトに振り返り、両目を血走らせながら迫る。ナイトは後退りしながらスリングショットを構え、今度は顔面に目掛けて放つ。



「このっ!!」

「グギィッ!!」



顔面に向かって放たれた小石をホブゴブリンは右手で受け止め、万力の如き握力で握り潰す。それを見てナイトは掴まれたら確実に身体が引きちぎられると判断し、距離を取ろうとするが既に壁際まで追い込まれていた。


ハルカからナイトへ狙いを切り替えたホブゴブリンは、彼が逃げられない様に両手を広げて退路を断つ。徐々に迫りくるホブゴブリンに対してナイトは冷や汗を流し、スリングショットと収納鞄を地面に下ろす。



(仕方ない……やるしかないか)



車内にいるハルカにナイトは一瞥すると、彼女は涙目で震えながらも様子を伺っていた。ナイトの事を助けたいとは思っているのか杖は握りしめているが、ホブゴブリンの迫力に気圧されて動けない様子だった。



(あんまり人前では使いたくはなかったけど、仕方ないよな)



迫りくるホブゴブリンに対してナイトは素手で構えると、魔族に伝わる格闘術「流拳」の準備を行う。いくらホブゴブリンが強いと言ってもミノタウロスのゴンゾウには遠く及ばず、ホブゴブリンが殴りかかってきた瞬間にナイトは反撃カウンターで仕留める自信はある。



(さあ、かかってこい!!)



攻撃を誘うためにナイトは敢えて隙を見せると、それに気づかずにホブゴブリンは拳を握りしめる。しかし、ホブゴブリンが殴り掛かる前に頭上からゴブリンの鳴き声が響く。



「ギギィッ!!」

「ギィイッ!!」

「グギィッ……」



ホブゴブリンが顔を見上げると、数匹のゴブリンが巨大な「鉈」を穴底に目掛けて投げ飛ばす光景が見えた。ホブゴブリンは空中で鉈を掴み取るとナイトに構え、まさか刃物を持ち出してくるとは思わなかったためにナイトは冷や汗を流す。



「ちょっ!?流石にそれは……」

「グギィイイイッ!!」



鉈を持ち出してきたホブゴブリンにナイトは焦りを抱き、彼が扱う流拳は打撃にしか反撃を繰り出せず、刃物などで切り付けられた場合はナイトの肉体では攻撃を受け流せない。


ナイトの師匠であるサキュバスのライラならば斬撃さえ受け流して反撃を繰り出せるが、それは彼女の肉体が人間よりも柔らかいだから可能な芸当であり、のナイトでは同じ真似はできない。



(やばい!?あんなのまともに喰らったら死ぬ!!)



ホブゴブリンが鉈を振りかかる瞬間、ナイトは両手を構えて受け止める体勢を取る。刃物に対してナイトの流拳は通用しないが、それでも他に方法はなかった。



「グギィイイッ!!」

「うおおおっ!!」



全力で鉈を振り下ろしてきたホブゴブリンに対し、両手を構えた状態でナイトは昔の出来事を思い出す――






――流拳を覚えたての頃、ナイトはゴンゾウの攻撃を受け流して反撃する事には成功したが、人間よりも遥かに頑丈な身体を持つゴンゾウに殴ったせいで拳を痛めてしまう。



『いてててっ……ほ、骨が』

『だ、大丈夫か!?すぐに魔王様の元へ連れて行くからな!!』

『へ、平気だよ。これぐらい……あだだっ!?』

『無理をしちゃ駄目よ。拳が壊れたら大変でしょう』



流拳を使用しても人間ナイトの肉体では魔族のゴンゾウに損傷を与える事ができなかった。殴られた側よりも殴った方が重傷を負ってしまい、このままでは折角覚えた技術も宝の持ち腐れだった。



(やっとコツを掴んだと思ったのに……これじゃあ、使い物にならない。やっぱり人間の俺じゃここまでが限界なのか?)



長年苦労して覚えた流拳だが、相手が自分よりも頑強な肉体を持つ存在には通じないと思い知らされ、ナイトは悔しさのあまりに涙を流す。そんな彼を見てライラは肩に手を置く。



『落ち込む必要はないわ。貴方にはまだ教えてない事があるの』

『えっ?』

『貴方にこれまで教えたのは反撃の方法だけ、ここから先は応用が必要になるわ』

『お、応用?』



ライラの言葉にナイトは顔を上げると、彼女はゴンゾウに対して自分に攻撃を加えるように伝えた。



『ゴンゾウ君、私の事を思いっきり殴ってくれるかしら?』

『お、俺が?』

『そうよ、遠慮はいらないわ。もしも手加減なんてしたら……お仕置きよ』

『……お、押忍!!』



ゴンゾウはライラの言葉に冷や汗を流し、彼女の要望通りに全力で拳を繰り出す。ナイトはライラが流拳を使用するのかと思ったが、彼女は信じられない事にゴンゾウの攻撃を素手で受け止めた。



『あんっ、中々良い一撃ね』

『なっ!?』

『う、嘘!?ゴンちゃんの一撃を……』



魔族の中でも腕力に優れたミノタウロス族のゴンゾウの一撃をライラは正面から受け止め、その光景を見たナイトは信じられなかった。サキュバスであるライラではゴンゾウの腕力には到底及ばないが、彼女は片手でゴンゾウの攻撃を受け止めた。


純粋な腕力ならばゴンゾウはライラを圧倒的に上回るはずだが、そんな彼の攻撃をライラは簡単に受け止めた。いったい彼女が何をしたのかとナイトは戸惑うと、いつの間にかライラの手に「光の靄」のような物が纏っていた。



『ライラさん、その腕は……』

『うふふ……これが私の硬魔よ』

『こ、硬魔?』



初めて聞く言葉にナイトは戸惑うが、ライラは右手を向けながら説明を行う。



『魔力を実体化させて圧縮する事で鋼のように硬くする事ができる。この硬魔と流拳を組み合わせればより強力な反撃ができるようになるの』

『そ、そんな方法があったなんて……』

『ごめんなさいね。もっと早くに教える事もできたけど、それだとナイトちゃんのためにならないと思って敢えて教えなかったの』

『え?』



ライラがナイトに硬魔を教えなかった理由、それはナイトに攻撃の受け流しの技術の習得に集中してほしいと考えた末の行動だった。本来ならば肉体を魔力で守る「硬魔」を覚えておいた方が色々と役立つが、それだとナイトが硬魔に頼り切りになる可能性があった。


仮にナイトが流拳の習得前に硬魔を覚えた場合、生身で攻撃を受ける際に反射的に硬魔を発動して攻撃を防ぐ可能性があった。そうなると相手の攻撃を受け止めて反撃を繰り出す流拳の習得に遅れが生じるため、敢えてライラはナイトが流拳を会得するまでは硬魔の技術を明かさなかった。



『流拳と硬魔、この二つを合わせる事で流魔拳が完成するわ』

『流魔拳……!?』

『二つの技術を極めた人間だけが扱える格闘術よ』

『『か、格好良い!!』』



ナイトとゴンゾウはライラの言葉に目元を輝かせるが、ライラはナイトの胸元を指差す。



『まずは自分の魔力を実体化できるように訓練しないとね』

『え?でも、俺は魔術師じゃないのに魔力なんてあるんですか?』

『当り前よ。どんな生物も必ず体内に魔力を宿しているのよ。練習すれば魔術師じゃなくとも魔力を扱う事はできるわ』

『そ、そうなんですか?』



適性の儀式を受けた際にナイトは魔術師の素質が無い事は判明したが、魔法は使えずとも魔力を操る事は不可能ではない。



『ナイトちゃんは魔法が使えないのなら無色の魔力の使い手ね』

『無色?』

『何色にも染まらない純粋無垢な魔力……私は好きよ』

『あ、ありがとうございます』



ライラの指導の元、ナイトは自身の「無色の魔力」を自由に引き出す訓練を行う――






(――ゴンちゃんと比べたらこんな奴、怖くもなんともない!!)



現実へと意識が戻ったナイトはホブゴブリンが振り翳した鉈に視線を向け、左手に意識を集中させて「無色の魔力」を纏う。自分の腕に見えない鎧をまとうイメージを行い、圧縮して硬質化させた不可視の魔力を纏う。



「うおりゃあっ!!」

「グギャッ!?」



頭上に目掛けて振り下ろされた鉈に対してナイトは左手を振り払い、刃の側面から弾き飛ばす。落とし穴に金属音が鳴り響き、狙いが逸れた鉈は地面に刺さる。いくら左手を「硬魔」で防護していても正面から受け止めればホブゴブリンの怪力に敵わずに押し潰される恐れがあり、軌道を反らして狙いを外させた。


見当違いの方向に鉈を振り下ろされたせいでホブゴブリンは隙だらけとなり、それを見逃さずにナイトは右手に硬魔を発動させ、今度は拳の部分に魔力を纏う。狙いはホブゴブリンの顎であり、全力の一撃を繰り出す。



「ここだっ!!」

「グギィッ!?」



人間に近い体型をしているためにホブゴブリンの急所も人間と同じであり、顎を撃ち抜かれたホブゴブリンは脳震盪を起こす。ゴンゾウとの特訓のお陰でナイトは自分よりも大きな敵との戦いには慣れていた。

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