第11話 上位種
白色魔術師は聖属性特化の魔術師であり、怪我を治療する「回復魔法」や死霊系の魔物を滅する「浄化魔法」を得意とする。ハルカの場合は回復魔法の初級呪文の「ヒール」と浄化魔法の一種である「ライト」しか扱えない。
ハルカは幼い頃に「適性の儀式」を受けた際に白色魔術師の素質がある事が判明し、両親の知り合いの魔術師の元で修行を受ける。仮に選定の儀式が受かっていなければ今も師の元で魔法を学んでいたという。
「私のお師匠様は凄い魔術師なんだよ。上級の回復魔法も扱えるし、骨折ぐらいの怪我ならあっという間に治せるんだから」
「へえ、そうなんだ」
「……ねえ、もう少し驚いてもいいんじゃない?上級の回復魔法を使える人なんて王都でも滅多にいないんだよ?」
「え、いや……わあっ、凄いね!!」
「何だかわざとらしいんだけど……」
ナイトの反応にハルカは不満そうな表情を浮かべ、自分の師匠がどれほど凄い人なのかを語る。だが、残念な事にナイトの主君であるアイリスは全ての属性の魔法を使い分ける事ができた。
(魔王様は回復魔法も全部使えるんだよな……)
子供の頃のナイトが怪我をした時はアイリスが回復魔法ですぐに治してくれた。彼女は魔族の中でも並ぶ者がいない程の魔力の持ち主で有り、全ての属性の上級魔法を習得している。だからハルカの話を聞いてもナイトには凄さがいまいちよく分からなかった。
(人間の魔術師は上級魔法を使える人は珍しいのか。しっかりと覚えておこう)
ハルカとの会話で人間の国の常識を学び、改めてナイト達を乗せた馬車は王都へ向けて移動を再開した。御者は地図を取り出してこれからの順路を説明した。
「ここから少し進んだところに森があります。ここを通り抜ければ王都まで一直線です」
「森か……危険な場所じゃないですよね」
「ご安心ください。この森には人を襲う様な魔物は住んでませんから」
「それならいいけど……」
御者の言葉にナイトは嫌な予感を抱き、念のために剣以外にも役立ちそうな武器を用意しておく――
――しばらく時間が経った後、馬車は森の中を移動していた。この森に生息する魔物の中に人間を襲う危険種は確認されておらず、何事もなく森を抜ければ王都まで最短距離で辿り着けるはずだった。
「ね、ねえ……この森、何だか雰囲気が変じゃない」
「確かに……動物や虫の鳴き声が聞こえないな」
「大丈夫ですよ。この森で魔物に襲われた事なんて一度もありませんから」
森の中は異様な静けさに包まれ、不気味な雰囲気を漂わせていたが馬車は進み続ける。念のためにナイトは魔力感知を怠らず、何時でも戦える準備を行う。
「森を抜けるまでどれくらい時間が掛かります?」
「それほど大きな森ではないので後少しで抜けられると思いますが……うわっ!?」
「きゃっ!?」
走行中の馬車の足元の地面が崩れ去り、落とし穴に嵌められたと気付いたナイトはハルカに抱きついて彼女だけでも守ろうとする。
「掴まってろ!!」
「わああっ!?」
「うひぃっ!?」
「ヒヒンッ!?」
落とし穴の底に馬車は転倒し、馬と御者は地面に叩きつけられる。車の中に居たナイトはハルカともつれあい、この時に彼女のローブがはだけてしまう。
「むぐぅっ!?」
「きゃうっ!?」
ローブに覆い隠されていたハルカの大きな胸が露になり、ナイトの顔面に押し付ける形で倒れ込む。サキュバスのライラにも劣らぬほどの胸の大きさにナイトは唖然とした。
(で、でかい……その上に柔らかくて気持ちいい)
ハルカの胸に顔面が挟まれる形となったナイトは鼻血を噴き出し、地面に衝突した際の衝撃で出たのか、あるいはハルカの胸に興奮して鼻血が出たのかは分からない。しかし、ナイトが下敷きになったお陰でハルカは怪我をせずに済んだ。
「いたたたっ……ナ、ナイト君、大丈夫?」
「へ、平気……それよりも早く退いてくれるかな?」
「わわっ!?ご、ごめんなさい!!」
自分がナイトを押し倒していると知って慌ててハルカは離れると、鼻血を拭いながらもナイトは起き上がる。彼は他の人間と比べて異様に身体が柔らかいため、落下の衝撃も耐え切る事ができた。
車内から抜け出すとナイトとハルカは穴底で倒れている馬と御者を確認し、どちらも生きてはいるが意識を失っていた。落とし穴は思った以上に深く掘られており、抜け出すのは難しそうだった。
「ど、どうしてこんな場所に落とし穴なんて……」
「これは……人間の仕業じゃないみたいだ」
「え?」
ナイトは魔力感知を行うと、いつの間にか複数の魔力に取り囲まれている事に気が付く。穴底から地上を見上げると、魔物の集団が待ち構えていた。
――ギィイイイッ!!
森の中に魔物の鳴き声が響き渡り、その声を聞いてナイトは確信を抱く。自分達を落とし穴に嵌めたのは「ゴブリン」と呼ばれる人型の魔物だと知る。
ゴブリンの外見は全身が緑色の皮膚に覆われ、鬼を想像させる恐ろしい形相、体長は一メートルほどしかないが人間に近い体型をしていた。魔物の中でも珍しく群れを成して行動する魔物だった。
人に近い姿をしているがゴブリンは魔族ではなく魔物であり、力は大して強くないが頭脳は優れているので人間のように罠を張って獲物を捕らえたり、自ら武器を製作して襲い掛かる厄介な魔物である。ナイトも何度か戦った事があるが、魔物の中でも面倒な相手だと認識していた。
「あ、あれってまさかゴブリン!?どうしてこんな場所に……」
「こいつらの生息地域は山岳地帯のはずだけど……いや、今は呑気に話している場合じゃないな」
十数匹のゴブリンの姿を見てハルカは顔色を青ざめ、そんな彼女を庇うようにナイトは前に立つ。その一方でゴブリン達はまだ意識がある二人に狙いを定め、落とし穴の上から石を投げつける。それを見てナイトは車の中に避難する様に指示した。
「車の中に隠れて!!」
「う、うん!!」
「「「ギィイイッ!!」」」
落とし穴に嵌まったナイト達にゴブリンの群れは容赦なく石を投げつけ、それらに当たらない様に気を付けながらナイトは車の中にハルカを避難させる。この状況では剣は役に立たないと判断し、収納鞄の中から使えそうな武器を取り出す。
(こういう時はあれが役に立つな!!)
ナイトが収納鞄から取り出したのは子供の玩具の「パチンコ」を想像させる武器であり、そんな物を取り出したナイトを見てゴブリン達は笑い声を上げる。
「ギャギャギャッ!!」
「ギィイッ!!」
「ギギィッ!!」
「笑ってられるのも今の内だぞ……おらぁっ!!」
自分の武器を見て笑うゴブリンに対し、足元に落ちている小石を拾い上げて狙いを定める。ナイトが取り出した武器はただの玩具などではなく、魔族の「アラクネ」と呼ばれる魔族の協力の元で作り出された「スリングショット」だった。
アラクネとは上半身が人間で下半身が蜘蛛に酷似した魔族であり、彼等は様々な糸を作り出す事ができる。ナイトが所持するスリングショットはアラクネの糸を利用して作られており、ゴム紐よりも伸縮性が高い糸を利用して作り出されている。その糸から繰り出される威力はただの小石でもゴブリンの身体を撃ち抜くには十分だった。
「喰らえっ!!」
「ギャアアッ!?」
「ギィッ!?」
「ギギィッ!?」
スリングショットから繰り出された小石がゴブリンの一匹に的中し、頭を撃ち抜かれたゴブリンは落とし穴の中に落ちていく。仲間が一瞬で殺された光景を見て笑っていたゴブリン達は唖然とするが、その隙を逃さずにナイトは新しい小石を拾い上げてスリングショットを繰り出す。
「次!!」
「ギャウッ!?」
「もう一丁!!」
「ギャアアッ!?」
二匹目と三匹目は胸元を撃ち抜き、確実に心臓を貫いて仕留めると、他のゴブリンは慌てて落とし穴から離れる。姿が見えなければ狙いようがなく、スリングショットを下ろしてナイトは脱出の方法を考えた。
(この落とし穴をよじ登るのは時間が掛かりそうだな。それに俺一人だけ逃げるわけにもいかないし、どうするべきかな……)
車の中に隠れているハルカを放ってはおけず、馬も御者も意識を失っているだけで死んではいない。この状況をどうやって切り抜けるのかナイトは悩む中、落とし穴の上から一際大きなゴブリンが落ちてきた。
「グギィッ!!」
「うわっ!?」
穴底に降り立ったのは普通のゴブリンよりも倍近くの身長を誇り、ナイトよりも体格が大きいゴブリンが現れた。ナイトは一目見ただけで大柄のゴブリンの正体が「上位種」だと気付いた。
魔物の中には特定の条件で肉体が進化する種が存在し、それらの存在は「上位種」と呼ばれる。ナイトの目の前に現れたのは野生のゴブリンが進化を果たした「ホブゴブリン」と呼ばれる魔物であり、通常種よりも倍近くの身長と筋肉質な体型をしている。
「なるほど、お前が群れの長か」
「グギィイイッ!!」
「ホ、ホブゴブリン!?こんな化物までいるなんて……」
車内から様子を伺っていたハルカはホブゴブリンの出現に驚き、そんな彼女の声を聞いてホブゴブリンは顔を向ける。
「グギィッ!?」
「えっ……な、何?」
「しまった!?ハルカ、しっかり隠れてろ!!」
ホブゴブリンはハルカを見た瞬間に目つきが代わり、ナイトはゴブリンの厄介な性質を思い出す。ゴブリンは人間を相手にする時は男性よりも女性を好んで襲い掛かる事が多い。理由は男性よりも女性の方が肉体が柔らかい者が多いため、ハルカを見つけた瞬間にホブゴブリンは彼女を餌と定めて襲い掛かろうとした。
「グギィイイッ!!」
「ひいっ!?」
「させるかっ!!」
車に隠れているハルカに向かってホブゴブリンは飛び掛かろうとしたが、それを阻止するためにナイトはスリングショットを放つ。狙いはホブゴブリンの頭であり、側頭部に目掛けて小石を発射した。
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