第10話 魔物
――馬車を追いかけて来る魔物の正体は「ボア」と呼ばれ、野生動物の猪と酷似した生物であり、普通の猪の二回りは大きい体躯、槍の刃先のよう鋭い牙、そして一度狙いを定めた獲物は決して逃がさない危険生物だった。
人間は魔族と同様に魔物を危険視しているが、実際のところは魔族にとっても魔物は厄介極まりない生物である。過去に魔物を生み出しているのは魔族の仕業だと疑われた事もあるが、それは誤りで魔族の国でも魔物の被害を受けている。
(ボアがどうしてこんな場所に……いや、今はこの子を守らないと)
ナイトはハルカに振り返ると、彼女は荷物を抱えたまま馬車の隅で震えていた。魔物を見るのは初めてなのか、顔色を真っ青にしていた。
「あ、あれってもしかして……」
「魔物だよ。しかも俺達を狙ってる」
「そ、そんな!?早く逃げないと……」
「御者さん!!もっと早く走れないの!?」
「は、はい!!」
馬車を全速力で走らせるがボアの方がわずかに早く、徐々に距離を詰めていく。このままでは追いつかれるのは時間の問題であり、ナイトは荷物の中から役立ちそうな物を探す。
(ボアは嗅覚も鋭いから逃げ切れたとしてもいずれ追いつかれる。それならあいつの鼻と口を封じないと……)
収納鞄の中からナイトはマントを取り出し、他にも油と松明を取り出す。小さな鞄から色々な物を取り出したナイトにハルカは驚く。
「な、何それ!?そんな物どうやって入れてたの!?」
「俺の鞄は魔道具なんだよ。それよりも君、魔術師なんでしょ?あいつを追い払える魔法とか使えないの?」
「む、無理だよ!!私が扱えるのは簡単な怪我を治す「ヒール」と暗い場所を照らす「ライト」の魔法しか使えないから……」
「なるほど」
ハルカの言葉にナイトは彼女の正体が「白色魔術士」だと悟り、アイリスから魔法の知識は一通り教わっているので「ヒール」は回復魔法の初級呪文で「ライト」は杖先から光を生み出す魔法だと知っていた。どちらも戦闘に役立ちそうな魔法ではなさそうだが、この状況を打破するには十分だった。
ナイトは鞄から取り出したマントに油を塗り込み、松明に火を灯して迎撃の準備を行う。ボアは馬車の後方まで迫り、あと少しで追いつかれるという時にナイトはハルカに声をかけた。
「ライトの魔法であいつを目眩ましして!!」
「ええっ!?そ、そんなの無理だよ!!」
「他に方法はない!!死にたくなかったら魔法を使うんだ!!」
「は、はい!!」
ナイトが怒鳴りつけるとハルカは慌てて鞄の中から小さな杖を取り出し、馬車の後方から迫るボアに杖を構えた。迫りくるボアの迫力にハルカは怯えるが、そんな彼女の肩を掴んでナイトは声をかける。
「大丈夫、俺が必ず君を守る。だから今だけは言う通りにしてくれ」
「ナ、ナイト君……分かった、信じるからね」
ハルカはナイトの言葉を聞いて不思議と身体の震えが止まり、言われた通りに魔法の準備を行う。その一方でナイトは油を塗りたくったマントと松明を用意し、ハルカが魔法を発動させる前に目を閉じた。
「聖なる力よ、闇を照らす光となれ……ライト!!」
「フゴォッ!?」
「今だっ!!」
杖先から強烈な光が放たれた瞬間、馬車に迫っていたボアの目を一瞬だけ眩ませ、事前に目を閉じていたナイトはマントを投げつける。油が染みついたマントがボアの顔面に張り付き、続けて松明を投げつけてマントを燃やす。
「燃えろっ!!」
「プギャアアアッ!?」
「わああっ!?」
顔面に張り付いたマントが急に燃え出したせいでボアは転倒し、その間に馬車は離れる。ボアは必死にマントを引き剥がそうとするが、槍のように尖った牙がマントに食い込んで上手く離れず、無様に転げまわる事しかできなかった。
「今のうちに離れましょう!!もっと早く走らせて!!」
「はい!!」
「す、凄い……まさかこんな方法を思いつくなんて」
地面を転げまわるボアの姿を見てハルカは唖然とするが、完全にボアの姿が見えなくなるまで油断はできず、ナイトは御者を急かして馬を走らせた――
――ボアの魔力が感じ取れない距離まで逃げ切ると、馬車を一旦停止させて馬達を休ませる。手持ちの道具を色々と失ったが勇者候補であるヒカリを守りきれたのは不幸中の幸いだった。
「ふうっ……まさかこんな場所で魔物と遭遇するなんて」
「私もびっくりしたよ!!最近外で魔物はよく見かけるとは聞いてたけど、あんな恐ろしい魔物が街の近くにうろついていたなんて……」
「御二人のお陰で本当に助かりました。なんとお礼を言えばいいか……」
「……いえ、気にしないでください」
ナイト達が乗り込んだ馬車の御者は女性であり、ボアから逃げ伸びれた事を感謝する。しかし、もしもボアが追いかけて来た場合に備えて一刻も早く王都に向かう必要があった。
「王都まではどのくらいかかりますか?」
「そうですね、順調に進めば夕方頃には辿り着けると思いますが……」
「夕方か……」
ハルカの暮す街から王都はそれほど離れていないらしく、今日中に王都に辿り着けると知ってナイトは安心する。しかし、王都に辿り着く前にボアが追いついてきた時に備えて準備をしておく。
(確か魔王様から貰ったあれがあるはず……)
収納鞄の中からナイトが取り出したのは「剣」だった。一通りの武器の扱いは仕込まれており、大抵の武器は使いこなす事ができる。念のために剣を腰に装着すると、それを見てハルカは驚く。
「それってやっぱり魔道具なんだね!!しかも収納機能がある魔道具なんて……もしかして君ってお金持ちだったりする?」
「え?どうして?」
「収納型の魔道具は物凄く高いんだよ。場合によっては家を建てるぐらいのお金で売られている事もあるんだから」
「そ、そうなの?」
ナイトはアイリスから借り受けただけなので知らなかったが、魔道具は本来は高価な代物ばかりであり、特に収納機能が搭載された魔道具は高級品として扱われている事を初めて知った。
(魔王様、そんなに貴重な魔道具を貸してたんなら言ってくれればいいのに……)
魔王領に暮らし続けていたナイトは人間の国の常識を把握しきれておらず、自分が所持する魔道具の価値も把握していなかった。王都で当分の間は暮らす以上は早々に常識を身に付けなければならず、そのためにはハルカと仲良くなって彼女から色々と話を聞く必要があった。
(えっと、女の子と仲良くする時は気遣いが大事だとライラさんが言ってたな。とりあえずは褒めてみるかな)
ライラの助言を思い出したナイトはハルカとの距離を縮めるため、先ほどの魔法の事を褒めてみる。
「さっきは本当に助かったよ。ハルカの魔法のお陰であいつの目を眩ませる事ができた」
「そ、そう?私としては何が何だか分からなかったけど……」
「本当に助かったよ。ハルカがいなかったら助からなかったと思う」
「えへへ……そう言われると照れるね」
魔法を褒められたハルカは満更でもない表情を浮かべ、そんな彼女を見てナイトは先ほどの出来事を思い出す。ハルカの話を聞く限りでは彼女は「
――この世界における魔術師は色で分類されており、属性ごとに分かれている。魔法の属性は「風」「火」「水」「雷」「地」「聖」「闇」に別れ、得意とする属性の色合いによって呼び方が異なる。風属性の場合は「緑」火属性の場合は「赤」水属性の場合は「青」雷属性の場合は「黄」地属性の場合は「紅」聖属性の場合は「白」闇属性の場合は「黒」と色分けされていた。
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